第七十八話 弁償します
リンドル学園の特級クラスへ入るための筆記試験を受けるパール。あまりにも簡単すぎる内容に戸惑いつつも、教師や学園長が驚愕するほどの知識量を示し大天才かもと評されるのであった。
リンドル学園の中庭は普段とは違った賑わいを見せていた。生徒たちの視線の先にはクラス選別筆記試験の結果が貼りだされている。
当事者たちだけでなく、在校生まで注目している理由は──
「ま、満点……?」
「嘘……初めて見た……」
「しかも、七歳の女の子らしいぞ」
試験の結果は、パールがぶっちぎりの満点で一位だった。何でも学園始まって以来の快挙らしい。
「おお、やったね。ママたちも喜んでくれるかな?」
試験結果を確認したパールは、実技試験が行われる場所へ移動する。実技試験は運動ができる屋内施設で実施されるようだ。
広大な敷地の一角に建つ大きな建物。外から見る限りではなかなか堅牢な造りである。外壁の素材も頑丈なものを使用しているようだ。
入り口のそばで椅子に座っていた人に試験を受けにきた旨を伝えると、なかで待っていいと言われたのでパールは建物のなかへ足を踏み入れた。
「うわぁ……」
ウッドデッキに用いるような硬い木材を使用した板張りの床に高い天井。間仕切りがひとつもないため、かなり広々としている。
試験に使うのだろうか、目を向けた側の壁際には五つの的が用意されていた。天井には直径三十センチ程度の球体がいくつも吊るされ光を放っている。おそらく屋内を照らすための魔道具だろう。
ふらふらと建物内を歩きつつ見学していると、在校生らしい人たちが何人か入ってきた。
あれ? ここって試験会場だよね?
そのあとも次々と生徒が入ってくる。が、皆んな壁に近いところに集まっている。
え、もしかして試験の見学とか?
そんなことを考えているうちに、先ほど一緒に試験を受けた四人と先生もやってきた。いよいよ実技試験が始まるらしい。
「はい、試験を受ける方はこちらに集まってください。ほらそこ! 見学するならもっと壁際に寄りなさい」
やっぱり見学か。試験の見学なんかして楽しいのかな? 不思議がるパールだが、原因が自分であることには気づいていない。
「では試験内容について説明します。と言ってもやることは簡単です。あちらを見てください」
試験の進行を担う教師、ラムールが指さした方向へ全員が目を向ける。
そこには先ほど見た壁際の的が。やはりあれは試験に使うものらしい。
「皆さんには、ここからあの的に魔法を放ってもらいます。一番得意な魔法で構いません。一度に複数の的を狙うのもありです」
ふむふむ。
「あの、先生」
やや年上と見られる受験生の少年が手を挙げる。
「的に当たらなかった場合、魔法が壁に直撃してしまいますが、それは……」
うん、それ気になるよね。
「問題ありませんよ。この建物は魔法による模擬戦闘を想定した設計を採用しています。壁を強化する魔道具を使用し、壁そのものも魔法で硬化させているんです」
ふむ。
「過去には、講師として訪れたAランク冒険者の二人が激しい模擬戦を繰り広げましたが、そのときも建物が損傷することはありませんでしたから」
そうなんだ。だからギルドマスターさんは全力でって言ってたのかな?
そこまで徹底的に強化してるなら問題ないよね。
「では、受験番号の順にお願いします。足元の線を越えないように注意してください。見学者が多いですが、気にせず落ち着いて頑張りましょう」
ラムールの合図で試験が始まる。
パールの順番は一番最後だ。出番までほかの受験生の様子を見ているのだが……。
ん? 皆んな手加減してる?
魔法を発動させるまでの時間が長いうえに、威力を抑えてるのか的に当たっても壊せない。そもそも、的に当たらない者もいる。
ちなみに、誰一人手加減や手抜きはしていない。
パールが規格外なだけであり、子どもの魔法など普通はこの程度のものだ。
そう言えば、自分と年が近い人の魔法見るの初めてかも……。もしかして、これが普通……?
微妙な焦りを感じ始めるパール。自身の規格外な力を少し認識し始めたようだ。
よし、少し手加減しよう。
うんうんと一人頷く。そうこうしているうちに、パールの順番が回ってきた。
「さあ、それでは最後、パールさんお願いします」
「はい!」
トテトテと所定の位置へ向かう。
途端に見学者たちのあいだにざわめきが広がる。すでに、パールが筆記試験で満点をとった少女であるとバレているようだ。初等部だけでなく高等部の生徒も興味深そうにパールを見ている。
「おい、あの子だろ? 筆記で満点とったの」
「あんな小さな女の子が?」
「ていうか、めちゃくちゃかわいい……」
見学者たちのやり取りが自然と耳に届く。もしかして期待されてる……? ほんの少し緊張してしまう。
「パールさん、いつでもいいですよ」
「は、はい」
ダメだダメだ。集中しないと。
パールは魔力を練り始めると、両手を前方へ突き出し手のひらを正面に向けた。
『展開』
パールの前に直径一メートル前後の魔法陣が五つ展開する。途端に大きくなるざわめき。
「な、なんだあの魔法?」
「凄い……あんな緻密な魔法陣を五つ同時に……?」
「しかも一瞬で展開したぞ……」
見学している誰もが驚愕の表情を浮かべ様子を眺めている。
よし、できるだけ被害は最小限に……。
「んーーー『魔導砲』!!」
五つの魔法陣から一斉に放たれる閃光。
刹那、凄まじい炸裂音が響きわたり爆風が吹き荒れる。
あ、ヤバいかも。
その場にいたすべての者は目を疑った。
壁際の的は影も形もなく消失し、背後の壁にはいくつもの大きな穴が空いていた。
床にへたりこんで口をパクパクさせているラムール。見学していた生徒の多くも、目の前の惨状に腰を抜かしている。
「な、なに……さっきの魔法……?」
「見たことない……まさか独自魔法? あり得ない……」
「嘘でしょ……こんなことって……」
当のパールも固まっていた。冷や汗がつーっと頬を伝う。
「パ、パールさん……?」
ラムールに声をかけられハッと我に返ったパールはすぐさまその場に平伏した。
「す、すみませんでしたーーーー! 加減はしたんですけど……! 壊れた壁は弁償するんで!」
「い、いえ! 大丈夫ですよ。試験中の事故みたいなものですし……アハハ」
ラムールは穴が空いた壁に目をやると乾いた笑いを漏らす。ん? この子さっき加減したって言った? まだ本気じゃないってこと……?
背中にぞくりと寒いものを感じ、ぶるりと体を震わせる。
「と、とりあえずこれで試験は終了です! 結果は先ほどと同じ場所へ後ほど貼り出します。では、皆さんお疲れ様でした!」
教師にも生徒たちにも強烈すぎる印象を残し、パールの受験は終わったのであった。
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