第七十六話 唯一の手がかり
ギルドマスターのギブソンと代表議長のバッカスから相談を持ちかけられたアンジェリカ。国の中枢にいる議員の一人が帝国と通じているとのこと。その流れから、情報収集のためパールをリンドルの学校に入学させてほしいと言われたアンジェリカであったが…。
「どういうことなのか、説明してもらえるのよね?」
血のように紅い瞳を向けたアンジェリカにギブソンが頷く。
「はい。件のガラム議員ですが、私的な交流をもつ者が少なく、本人も非常に寡黙な人物です。また、彼の使用人たちは先代から長く仕える忠誠心が高い者ばかりであり、情報収集が一向に進みません」
ふむ。
「ただ、彼には八歳になる幼い娘がいます。この娘が何かしらの情報をもっている可能性があります」
なるほど。だいぶ読めてきた。
「その娘はリンドルの旧王国学園に通っています。が、行き帰りは護衛付きの馬車を使っており、屋敷から出ることもほとんどありません」
「で、パールを入学させてその娘に接近させ情報を得たい、と」
「仰る通りです。彼女は唯一の手がかりと言っても過言ではありません。うまくいけば真の企みや、なぜ彼がこのような行為に及んでいるのかも明らかになる可能性があります」
たしかに、話を聞く限りこの件に適任なのはパールだろう。子どもだらけの学校に大人が潜入するのは無理がある。
それに、大人よりも同じ子どものほうが心も開きやすい。情報も取得しやすいだろう。
だが──
「心配だわ」
アンジェリカは深いため息をつく。
「そ、それはごもっともだと思います。ですが、パール様は幼いとはいえまがりなりにもAランク冒険者。そうそう危険な目には……」
ギブソンがやや焦った様子で言葉を紡ぐ。
「……そうじゃないわよ。あの子は生まれてからずっと森のなかで過ごしてきたのよ? 同年代の子と交流したこともまったくないわ」
そもそも、人間そのものと交流をもち始めたのもわりかし最近である。冒険者の活動を始めてたくさんの人間と関わるようにもなったが、それも基本的に遥か年上ばかりだ。
「もし……もしあの子が学校でいじめられたり仲間外れにされたりしたら……」
僅かに俯き普段より低い声で言葉を絞り出すアンジェリカの様子に、ギブソンとバッカスは背筋が凍る感覚に陥る。
「そのときは学校も含めて国ごと地図から消しちゃうかも……」
とんでもないことを言い出した。
ギブソンとバッカスはすでに顔面蒼白である。彼らは玉のような汗を額に浮かべたまま、ごくりと喉を鳴らした。
「……まあ、それは冗談よ」
再び小さくため息をついたアンジェリカは、冷めた紅茶のカップに手を伸ばす。
ギブソンとバッカスはほっと胸を撫で下ろすが、目の前にいるのが過去にいくつもの国を滅ぼしてきた真祖であることを再認識する羽目になった。
「ひとまず話は分かったわ。でも、これに関しては私の一存で決めることはできない。パールが嫌だと言えばそこでこの話は終わりよ。それでいい?」
アンジェリカとしては、パールが年の近い子どもたちと交流を図る機会ができたのはいいことだと考えている。
もちろん、諸々の不安はあるのだが。
「も、もちろんです! そこはパール様の意思を尊重しますのでご安心ください」
少なからず希望を見出せたことに二人の表情が明るくなる。
とりあえずパールに聞いてみるからと言い残すと、アンジェリカは客間から姿を消した。
屋敷に戻ったアンジェリカは、さっそくパールに先ほどの話をしたのだが……。
「ええーー!? 学校!? 行く行く!!」
案の定ノリノリだった。そう言うと思ったわよ。
正直なところ、ギブソンたちにはああ言ったものの、アンジェリカはいじめや仲間外れといったことはあまり心配していない。
パールには人の心を掴む何かがある。それに、贔屓目なしに見てもパールはかわいい。ほんとかわいい。おそらくすぐクラスの人気者になるだろう。
心配があるとすればそこである。つまり、モテすぎてしまったら、ということだ。
変な虫がついたらどうしよう……。
まだ入学させてもないのに、そのようなことを考え一人悶々とするアンジェリカであった。
翌日、アンジェリカはパールを伴い冒険者ギルドへ足を運んだ。昨日の話を詰めるためである。
ギブソンの話によると、学園は初等部と高等部が設けられているとのこと。年齢で細かくクラス分けされているわけではなく、学力と特殊技能のレベルによってクラスが決まるらしい。
「ガラム議員の娘は初等部の特級クラスに所属しています。高い学力と特殊技能をもつ子どものみが入れるエリートクラスです」
どうやら件の娘はかなり優秀らしい。まあうちの娘も優秀さでは負けないけど。
「あの、ギルドマスターさん。特殊技能って何ですか?」
「剣術や魔法のことです。ガラム議員の娘はクラスでも上位に位置する魔法の使い手と聞いています」
「すごーい。そうなんだー」
キラキラと瞳を輝かせるパール。
いや、あなたの魔法もっと凄いからね?
「それと、今さらなのですが……」
「何?」
「学園は独立した機関なので、バッカス殿や私の力で便宜を図るといったことができません。なので……」
「つまり、パール自身の力で特級クラスに入らなければいけない、ということね?」
まあそんなことだとは思っていた。
「まあそれに関しては想定通りよ。問題ないわ」
いつか必要になると思い、パールにはさまざまな教育を施してきた。主にフェルナンデスが。
魔法は真祖直伝なのでなおさら問題ない。
「ありがとうございます。転入の手続きはこちらで進めておきます。試験は筆記と実技があり、ほかに転入者がいるのなら一緒に受験することになります」
「えーと、つまり私は試験で高得点をとればいいんですよね?」
「その通りです。何としても特級クラスに入るため、パール様には全力で試験を受けてもらいたいと思います」
「分かりましたー!」
元気よく返事をしたパール。
後日、ギブソンはこのときの発言を心から後悔することになる。
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