第七十四話 重要な会議
アンジェリカ邸のテラス。
丸いテーブルを囲むのは屋敷の主人であるアンジェリカに娘のパール、エルミア教の教皇ソフィア、Sランク冒険者のキラ、吸血鬼ハンター兼メイド見習いのルアージュの五人。
なお、アンジェリカの背後にはメイドのアリアと執事のフェルナンデス、ソフィアのそばには聖騎士のレベッカが控えている。
「それでは、これより会議を始めます」
やや重苦しい空気のなか口を開いたのはキラ。
「まず一つめの議題は……」
テーブルを囲む面々の顔つきが真剣になる。
「風呂上がりのルアージュが裸で屋敷内を徘徊する問題についてです」
アリアにフェルナンデス、パールがこくこくと頷く。
「びっくりするからやめてほしい!」
とパール。
「目のやり場に困ってしまいます」
とは唯一の男性であるフェルナンデス。
「シンプルに迷惑」
辛辣な意見を直球でぶつけるアリア。
「うぅ……。旅をしながら一人で生活してきたのでついぃ……。すみません……」
ルアージュはもじもじしつつ申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
「そうね、パールの教育にもよくないから今後は気をつけるように」
アンジェリカが話をまとめる。
「では次の議題ですが……」
その後もいくつかアンジェリカ邸での生活に関する議題について話し合いが行われた。同席しているソフィアやレベッカには関係ない話だが、二人とも興味津々である。
「では、これが最後の議題です。アルディアスさんの子どもたちの名前を何にするか話し合いましょう」
アンジェリカをはじめとした全員が強く頷く。実はアルディアスの許可も得ているのだ。
「誰か候補がある人は……」
アンジェリカがすっと手を挙げた。
「はい、お師匠様」
「チョコにショコラ、ココアでどうかしら?」
最強と評される吸血鬼が考案したとは思えない甘々な名前をドヤ顔で発表したアンジェリカ。
「えーと、お師匠様。子フェンリルはみんな男の子なんですけど……」
「ちょっと甘々すぎとゆーか、美味しそうな名前だよね」
キラとパールに困惑した顔を向けられアンジェリカは唇を尖らせる。
「じゃあ、はい!」
「ソフィアさんどうぞ」
「奏と書いてメロディ、聖闘士でセイント、大空でスカイはどうでしょう!? 古代語を今風な読みにしてみました!」
これしかないでしょと言わんばかりに身を乗り出して提案するソフィア。
そこはかとなく漂うキラキラ感に全員が微妙な顔つきになる。
「うーん、悪くはない……と思いますけど……」
「とりあえず候補にしておいたら?」
腕を組んで唸るキラにアンジェリカが助け舟を出す。
結局、そのあともいくつか候補が出たものの決定にはいたらなかった。
「これについては再度議論が必要ね。次はアルディアスも交えて話し合いましょう」
アンジェリカの提案に全員が賛同したので、この日の会議は終了の運びとなった。
「さあ、では食事にしましょう」
そう、今日ソフィアやレベッカが訪れたのは先ほどの会議に参加するためではない。
今日はパールの誕生日。アンジェリカ邸でお祝いの食事会を開くことになり、ソフィアやレベッカを招待したのだ。
なお、パールの正式な誕生日は不明であるため、アンジェリカが森から連れ帰った日を誕生日としている。
ダイニングのテーブルには、いつにも増して豪華な料理が並べられた。万能メイド、アリアが趣向を凝らした自慢の料理がテーブルを華やかに彩る。
「パール、七歳の誕生日おめでとう」
ダイニングの上座に座るアンジェリカがパールに祝いの言葉をかけると、キラやソフィア、レベッカたちが次々とそれに続いた。
「ありがとう、ママ! お姉ちゃんにフェルさん、ソフィアさん、レベッカさん、キラちゃん、ルアージュちゃんもありがとう!」
頬を少し赤く染めたパールは、一人ひとり視線を巡らせつつ感謝の気持ちを述べる。
皆が絶品料理に舌鼓を打ち始めると、アリアは一度厨房へ下がり何かを携えて戻ってきた。
「アリア、それは何?」
「リンドルの超人気レストランで提供されている高級ワインとジュースです。この日のためにご用意しました」
どこか自慢げな表情を浮かべるアリアが、二本のボトルをテーブルの上にコトリと置いた。
「そんな人気店のワインとジュース、よく手に入れられたわね。市販してるわけじゃないんでしょ?」
アンジェリカがアリアに怪訝な目を向ける。
「そうなんですよお嬢様。でも、ギルドマスターをちょっと脅し……じゃなくて協力してもらって何とか入手できました」
「……へえ。まあせっかくだからいただくわ」
アンジェリカにジト目を向けられたアリアは、少し慌てた様子でワインのコルクを抜く。
アリアはボトルを傾け、緋色のワインをトプトプとグラスへ注ぐとアンジェリカの前へ差し出した。
綺麗な色。
アンジェリカの第一印象はそれだった。グラスに顔を近づけ香りを楽しむ。長期にわたり熟成された芳醇な香り。
これが美味しくないはずがないわね。
アンジェリカはグラスに口をつけようとしたのだが──
「あ。忘れてた」
アリアにジュースを注いでもらっていたパールが何かを思い出したように口を開いた。
「ママ。ギルドマスターさんがギルドへ来て欲しいって言ってたよ。バッカスさん? も交えて大切な相談があるんだってー」
グラスを口へ運ぶ手を一瞬止めたアンジェリカは、そっと小さくため息をつく。
バッカスも交えて相談となると、何かしら国に関わる問題が起きたに違いない。
いや、それにしても最近私への相談多くない?
まさかこのワインで帳消しにするつもりじゃないでしょうね。
アンジェリカは諦めた様子でグラスに口をつけると、一息にワインを飲み干した。
熟成された見事な風味だが、僅かに残る苦味と酸味が気になった。
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