閑話 我の名は 3
今回も簡単に終わるはずの仕事だった。
ランドールから帝国へ向かう商隊を襲い、積荷を奪って商人と護衛を皆殺しにする。
すべてあいつの指示だ。
これまでの襲撃はすべて成功している。なかには多少まともな護衛もいたが、そもそもただの人間がダークエルフの魔法に敵うはずはないのだ。
獰猛な目をしたダークエルフの女、ウィズは慣れた作業のように商隊へ魔法を放った。
あとは接近して一人残らず斬り刻み、逃げる奴は魔法で焼き尽くすだけだ。
「つまらん仕事だ」
不満げな表情を浮かべたまま纏っていたローブを脱ぎ捨てる。服の上からでも分かる見事な双丘とくびれた腰。男を虜にする扇情的な肢体を晒し、ウィズは商隊へと歩みを進めた。
そのとき──
向かって右方向からいくつもの閃光が迫ってきた。
「!?」
それが魔法だと気づくのにやや時間を要してしまった。なぜなら、このような魔法を目にするのは初めてだからだ。
かろうじて回避したウィズだが、土煙が収まってから周りを見まわして驚愕した。周囲にはいくつものクレーターができている。
恐るべき魔法の威力──
これほど威力が高い魔法の使い手はダークエルフのなかにもそれほどいない。
嫌な汗が背中を伝うが、同時に喜びも湧きあがる。
これほどの使い手と戦える機会は少ない。
ウィズは魔法が放たれた方向に視線を向ける。
商隊の護衛……ではなさそうだ。だが無関係でもないだろう。となると、別働の護衛だろうか。
目を凝らすウィズの視界に、魔法を放ったと思わしき者の姿が映り込む……が。
「……は? こ、子ども……?」
小さな岩山の上に立つのは小さな女の子。美しい金色の髪が印象的なその女の子の背後には、いくつもの魔法陣が展開されていた。
「……あの子どもがさっきの魔法を?」
とてもではないが信じられず、ウィズは目眩を起こしそうになる。
が、次に耳へ届いた言葉にウィズはさらに混乱してしまう。
堂々とした佇まいで名乗りをあげた少女は、自らを真祖の愛娘、聖女、Aランク冒険者と口にした。
意味が分からない。
「は?? 真祖の娘? んで聖女でAランカーの冒険者?」
まったく理解できず頭を抱えるウィズ。
いやいや、てことは吸血鬼ってこと? どう見ても人間にしか見えないんだが。
そもそも吸血鬼で聖女っておかしいでしょうよ。
そんなことを考えていると、再び先ほどの魔法が岩山から放たれた。
「……くっ!」
風にのって少女の笑い声と煽る言葉が聞こえてくる。
「かわいい顔して戦闘狂かよ!」
この距離で戦うのはまずい。こうなったら接近して……!
子どもに手をかけるのは趣味じゃないが、こっちも仕事だ。が、先ほど言っていた真祖の娘、というのが気になる。
仮にそれが真実だとすれば、真祖の娘に手をかけた私は間違いなく敵と認識される。それがどのような結末を招くのかは言わずもがなだ。
真偽を考えたところで分からない。仮に真実としても、死体まで消してしまえば足はつくまい。
ウィズは考えをまとめると、猛烈な勢いで少女が立つ岩山へ駆け出した。
「キラ、来たぞ!」
「ああ、奴をパールちゃんに近づけるわけにはいかない。私も魔法で援護するから何とか食い止めて!」
見事な双丘を揺らしながら迫ってくるウィズの姿を確認すると、まずケトナーが岩陰から飛び出した。
ケトナーの姿を視界に捉えたウィズは、走りながら背中の剣を抜き払う。
「どおりゃああーー!!」
大剣でウィズの胴を薙ごうとするケトナー。だがウィズはそれを飛んでかわすと、そのままケトナーに斬撃を放った。
間一髪かわせたケトナーだが、着地したウィズの横蹴りをまともに喰らい地面を転がる。
『炎矢!』
岩場の陰から姿を現したキラが援護射撃する。
さらに、反対側からフェンダーも駆けつけてまたたく間に乱戦となった。
「ちっ! やはり別働の護衛がいたか!」
ウィズは忌々しそうに呟くと、手のひらに集めた魔力をキラに放った。
岩場が粉々に砕かれ、衝撃でキラも地面を転がった。
「てめぇぇぇぇ!」
フェンダーが自慢の大型ハンマーで踊りかかるが、ウィズはすべての攻撃を剣で受けとめる。
と、そのとき──
上空から無数の細い光が降ってくるのを全員が目にした。まるで光の雨である。
「やばい! パールちゃんの魔散弾だ!」
キラは叫ぶなりケトナーとフェンダーの頭上に魔法盾を展開させた。
一方、ウィズも迫る危険を認識し素早く魔法盾で身を守る。
「ちっ! 仲間もろともかよ! めっちゃくちゃじゃねーか!」
やはりあいつが一番の手練れだ。あれを何とかしないとこっちの戦いにも集中できない。と言うよりいろいろとヤバすぎる。
ウィズはケトナーたちからやや距離をとった。
『闇の鎖』
ウィズが魔法を唱えると、顕現した黒い鎖がケトナーたちを拘束した。
「な、何これ!?」
「くっ! 動けん!」
「まずいぞ! お嬢、逃げろ!」
フェンダーは岩山の上に立つパールに向けて叫んだ。
これであとはあいつだけだ。あの子どもさえ始末すればもう邪魔はいない。魔法は強力だが接近戦への対処はできないだろう。
ウィズは剣を携えたまま岩山を駆け上る。
「いた」
本当に子どもだ。まだ六歳くらいなんじゃないか?
だが情けをかけることはできない。
ウィズはパールに駆け寄り真正面に立つと、上段の構えから雷のような斬撃を繰り出した──が。
「ふふふー! 残念でーしたー!」
ウィズの剣はパールに届かない。片手で一瞬のうちに展開した三枚の魔法盾にウィズの剣撃は阻まれた。
「なっ──!」
驚愕の色を浮かべるウィズ。
さらに、パールは右手でウィズの腹に触れ──
『魔導砲!』
瞬時に展開した小さな魔法陣から放たれる魔導砲。
密着した状態からのゼロ距離砲撃である。
超強力な一撃を至近距離から喰らったウィズは吹き飛ばされ、岩山から転げ落ちた。
「ふふふー! どうだ、私の魔導砲の威力はー! ひっく」
パールは腕を組んで満足げな笑みを浮かべた。
「な、なんてガキだ……! これは本格的にヤバい……」
岩山から転げ落ちたウィズは、腹を押さえてうずくまる。魔法によるダメージはもちろん、転げ落ちた際に全身を強かに打ち大きなダメージを負ってしまった。
これはもう撤退しかない。仕事を完遂できないのは不本意だが、命あってのものだねだ。
ウィズは忌々しげな表情のまま岩山の上に視線を向ける。
「ガキンチョめ覚えてろよ……!」
奥歯を噛み締めたウィズは、飛行魔法でふらふらと飛びながらその場をあとにした。
ウィズが立ち去ったことでケトナーたちを拘束していた鎖もとけた。三人が慌てて岩山へ登ると、そこには大の字に寝転がるパールの姿が。
「パールちゃん!」
ダークエルフにやられたのだと勘違いした三人は大いに慌てたのだが、ただ眠っているだけと分かり心から安堵した。
パールたちの活躍? により商隊の被害は最小限に留められた。パールを連れた三人はギルドに戻ると、何があったのかをギルドマスターにすべて報告した。
迎えに来たアリアにも事情を話し、ケトナーとフェンダーも一緒に屋敷へ連れ帰ることに。
もちろん、アンジェリカに謝罪するためだ。
三人とも震えあがるほど説教されたのは言うまでもない。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも面白いと感じてもらえたのなら↓の⭐︎で評価していただけると励みになります。ブックマークもうれしいです!




