閑話 我の名は 1
いつも本作品をお読みいただきありがとうございます。閑話を三話ほど挟んでから新章をスタートしますので、またよろしくお願いいたします。かなり冷え込む時期になりましたので、皆様体調には十分お気をつけください。※いつも感想やイイねをありがとうございます!のたうち回って喜んでいます☆
「あ。お師匠様おはようございます」
「ママおはよー」
まだ朝の早い時間帯ではあったが、アンジェリカ邸のダイニングルームではキラとパールが朝食をとっていた。
「おはよう。今日はずいぶんと早いのね」
アンジェリカは二人に声をかけながら向かい側に着席する。
「ええ。今日はギルドへ行く日なので」
「ああ、そう言えば昨日そう言っていたわね」
「むぐむぐ、昨日ギルドマスターさんからねもぐもぐ、案件を渡されたんだーむぐむぐ」
左手にフォーク、右手にパンを掴んだパールが補足してくれるが……。
「パール、食べながら喋るのやめなさい」
目を細めたアンジェリカに注意され、パールはおとなしくもぐもぐし始めた。
やっぱりこういうことはちゃんと注意しなきゃね。この子が恥をかくことになるかもしれないんだから。
きちんと母親らしいこともしているアンジェリカである。
「ごちそうさまー! キラちゃん、私ちょっと準備してくるね」
パールはそう告げるとパタパタと足音を立てながらダイニングをあとにした。
「パール、パタパタ走るんじゃないの」
「はーい!」
元気よく返事したパールだが、閉まった扉の向こう側からは相変わらずパタパタという音が響いていた。
「はぁ。あの子はほんとに……。すっかりお転婆娘に育っちゃったわ」
「まあお師匠様の娘ですしね」
こめかみを押さえて眉間にシワを寄せるアンジェリカに、キラは正直な意見を告げる。
「どういう意味かしら?」
「あーっと、ごちそうさまでした! 私も準備しなきゃ……!」
アンジェリカからじろりと視線を向けられたキラは、慌ててその場を離脱しようとする。
まったくこの弟子は。
はぁ、と軽くため息をついたタイミングでダイニングの扉が開き、メイドのアリアが入ってきた。
「キラ、おやつにコレ持っていきなさいよ」
アリアは小さな革袋をキラに差し出した。
「なにこれ?」
「この前ソフィアさんがお土産に持ってきてくれたのよ。デュゼンバーグで流行ってるチョコレート菓子なんだって」
キラは革袋からチョコを一つ取り出すと、包装を剥がして口に放り込んだ。
「んん……美味しっ。あ、これってチョコのなかにウイスキーが入ってるのね」
口のなかでチョコの甘味とほのかな苦味、芳しいウイスキーの風味が絶妙に絡み合う。
「いいねこれ。アルコール結構きついけど美味しい。ケトナーたちにも分けてあげよっと」
「お酒入ってるからパールにはあげちゃダメよ?」
「分かってるよ。ありがとうね」
アリアから受け取った革袋を大事そうに携え、キラはダイニングをあとにした。
-リンドル・冒険者ギルド-
朝は冒険者ギルドがもっとも混雑しやすい時間帯だ。すでに多くの冒険者がたむろしており、朝だというのに熱気で肌がじっとりと汗ばむ。
パールがギルドに足を踏み入れると、テーブルに足をのせて行儀悪くくつろいでいた冒険者たちが慌てて足をおろした。
「お嬢はざーっす!」
「お嬢ちゃーっす!」
「お嬢今日もかわいいっす!」
次々と挨拶してくる屈強な冒険者たちに愛想を振りまきながら、パールたちは受付へ向かう。
「ケトナーたちはまだ来てないのかな?」
キラが室内を見回すと、奥まった場所にあるテーブルでケトナーとフェンダーが複数の冒険者と談笑している様子が目に入った。
「パールちゃん、ケトナーたち呼んでくるから受付お願いしていいかな?」
「はーい」
パールは慣れた様子で冒険者たちの隙間を器用にすり抜けつつ受付のカウンターへと進んだ。
「トキさん、おはようございます!」
「はい、パールちゃんおはようございます」
メガネが似合う美人受付嬢、トキがにっこりと笑みを返す。
「今から例の討伐に出かけるので手続きをお願いします」
「はい。ギルドマスターから窺ってますよ。パールちゃんたちなら心配ないとは思うんだけど……。ちょっとよく分からない部分が多いから気をつけてくださいね」
トキは少し心配そうな視線をパールに向けつつ、依頼内容をまとめた書類を手渡した。
「はい! ありがとうございます!」
元気よく答えたパールは、受け取った書類を胸の前に抱えてキラたちのもとへ向かった。
「それじゃあ、依頼内容の再確認をするわね」
テーブルについた三人にそう告げると、キラは書類に目を落とす。
「昨日ギルドマスターから聞いた通り、依頼そのものはいたってシンプルよ」
依頼内容は盗賊の討伐である。
何でも、最近国境近くで商隊ばかりを狙った盗賊が出没しているらしい。
しかも、ただ積荷を奪うだけでなく、その場に居た者を皆殺しにするという残忍な手口とのこと。
商隊も冒険者や傭兵を護衛に雇うなど自衛したようだが、それでも被害があとを断たないらしい。
リンドルのギルドからも何人かの冒険者が護衛依頼を受けたようだが、誰一人戻ってこないとのことだ。
そのため、盗賊がどのような奴等なのか、人数はどれくらいいるのかといった情報がまったくといっていいほどない。
「依頼そのものはシンプルだが、討伐対象の情報がまったくないのは不気味だな」
Sランク冒険者のケトナーが顎をさすりながら呟く。
「ああ。もしかしたら人間じゃねぇ可能性もある」
フェンダーも腕を組んだまま、珍しくまじめな表情だ。
「まあ、だからこそうちらのパーティに話が来たんでしょうよ」
三人のSランカーと一人のAランカーで構成されるこのパーティは、間違いなくリンドルの冒険者ギルドにおける最大戦力である。
しかも、そのうち二人は真祖から直接手ほどきを受けている手練れだ。
高難易度や情報不足の案件を回されるのはある意味仕方がないことである。
「もしかしたら、とんでもなく強い種族の敵が待ち構えてるかもってことだよね」
ちょこんと椅子に座るパールが口を開く。
「その可能性はあるよね。まあこの面子なら何が来ても大抵は大丈夫だろうけど」
キラは苦笑いを浮かべながら手元の書類を折りたたむ。
「じゃあさっそく出かけようか。今日ランドールに出入りする商隊は二つ。そのうちのどちらか、もしくは両方が襲撃される可能性がある。私たちは近くに潜んで様子を見て、敵が現れたら殲滅する」
キラの言葉に頷いた三人は、目的地へ向かうためすぐさま準備に取りかかった。
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