第七十二話 賑やかなる森
パールから治療を受けたもののまだ目覚めないルアージュだったが、アルディアスも交えたテラスでのティータイム中にアリアから目を覚ましたと報告があった。
客間の扉を開けたアンジェリカたちの目に飛び込んできたのは、ベッドの上で半身を起こしたルアージュの姿だった。
どうやら、パールの力でダメージはほぼないようだが、なぜか不思議そうな表情を浮かべている。
「ルアージュ、もう起きて大丈夫なの?」
アンジェリカから声をかけられたルアージュがぼんやりとした顔で視線を向ける。
「あ……はいぃ。あの……私って……」
「……もしかして、あまり覚えてない?」
無理もないと思った。散々ダメージを受けてさらに血まで吸われたのだ。記憶が曖昧になっていても仕方がない。
「はいぃ。あの、アンジェリカ様。私はあいつを倒せたのですよ……ねぇ?」
「ええ。たしかにあなたが剣であいつの心臓を貫いたわ。あいつは私たちの目の前で灰になって消滅した」
ベッド脇の椅子に腰掛けたアンジェリカは、優しく諭すようにそのときの状況をルアージュへ説明した。
「そう……ですかぁ。私……ルナの仇をとれたんですねぇ……」
そう呟くように口にしたルアージュ。
記憶は曖昧でも、今ごろになってやっと実感が湧いてきたのだろう。少し俯いたルアージュの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
肩を震わせながら嗚咽し始めたルアージュの頭を、アンジェリカは優しく撫でた。
「よく頑張ったわね」
その一言にルアージュの感情が堰を切ったように溢れ出す。ルアージュはベッド脇に座るアンジェリカに抱きつき大声で号泣し始めた。
アンジェリカがやや困った顔をパールに向けると、彼女もまた号泣していた。なぜだ。
五分ほどたっぷり泣いたあと、ルアージュはやっと落ち着きを取り戻した。
「す、すみませんでしたぁ。アンジェリカ様には助けてもらったばかりか、こんなに甘えてしまってぇ……」
先ほどの大泣きぶりがさすがに恥ずかしくなったのか、ルアージュの顔は少々赤い。
「まあいいわ。それよりあなた、体はどう? ダメージはもうないと思うけど」
「あ、はいぃ! 傷もすっかり治ってますし、痛いところもまったくありません!」
ベッドの上でぐるぐると肩を回す。本当にすっかり治ったようだ。
「あなたを治療したのはこの子、娘のパールよ」
自慢げに胸を張るパール。やだかわいい。
「そ、そうだったんですねぇ。パールちゃん、ありがとうございましたぁ」
ベッドの上でぺこりと頭を下げる。
「それで、あなたこれからどうするの? 仇討ちは終わったし家に戻るの?」
「はい……。父に報告しないといけませんしぃ。あと妹のお墓にも」
そう口にしたあと、少し黙り込んだルアージュだったが……。
「あの、アンジェリカ様。報告が終わったらまたここへ戻ってきていいでしょうかぁ?」
いきなり意味不明なことを言い出した。
「いや、どうしてよ。もう仇も討ったんだしここにも私にも用はないでしょ」
「妹の仇を討てたのもアンジェリカ様のおかげですぅ。だから、そのご恩をお側で返したいんですぅ」
いや、そういうのいらないし。
「お願いしますぅ。何でもしますからアンジェリカ様のお側に置いてくださいぃ」
うるうると涙を溜めて訴えるルアージュ。
「ママ……。私はルアージュちゃんと一緒に暮らすの楽しそうって思うんだけど……」
まさかの援護射撃。パール砲炸裂である。
「ええぇ……。でも、アリアが……」
アンジェリカは人間嫌いのアリアにちらりと目を向ける。
「私は……別にいいと思いますよ。私が屋敷にいないときにメイドの仕事やってもらうとか……」
アリアお前もか──
実は、先ほどパールから人間をもっと好きになってほしいと言われたことも多少影響している。
「はぁ……。分かったわ。好きにしなさいよ」
こうして、新しく屋敷の住人が増えたのであった。
翌日、報告のために屋敷をあとにしたルアージュだったが、三日もしないうちに戻ってきた。
本当に報告だけして戻ってきたようだ。そして、彼女が戻ってきたまさにその日、アンジェリカを取り巻く環境はさらに賑やかさを増した。
アルディアスが出産したのである。母親と同じく白銀の毛を纏った子フェンリルが三頭も産まれた。
パールもルアージュも大喜びである。平静を装っていたアンジェリカであったが、実は誰よりも喜んでいたのはここだけの話。
何せモフモフ要員が一気に増えたのだ。喜ばないはずがない。
産まれてきた赤子はすでに大型犬くらいの大きさはある。アルディアスの話によれば成長も早いとのこと。
「ああ……かわいいいい……」
すでにパールはすっかり子フェンリルの虜である。
キラやルアージュ、果てはアリアまでもが子フェンリルから離れない。
ソフィアやレベッカがやって来る頻度も増えそうだ。
それにしても……。
真祖に聖女、Sランカーのハーフエルフ、吸血鬼ハンターの人間、神獣フェンリル×四頭。
昔に比べてずいぶんと賑やかになったものだ。
でも、こういうのも悪くないかもね。
子フェンリルから離れないパールたちを眺めつつ、アンジェリカはそんなことを考えるのであった。
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