第七話 終わりの始まり
ジルジャン王城 謁見の間。
凛と立つアンジェリカの周りには、王国騎士団の騎士と王宮魔術師が10人以上折り重なるように倒れていた。全員死んではいないものの、意識は刈り取られている。
「な──!ななっ……!なっ……!」
玉座に座る若き国王は、目の前で起きたことが信じられず言葉もうまく出せずにいた。それでも国王としての威厳を保とうと努めるが、すでに顔面蒼白で足も震えている。
誰もが信じざるを得なかった。
目の前にいるのは間違いなく人ならざる者であること。
そして絶対に敵対してはいけない存在であると。
-さかのぼること一時間前-
転移魔法で王都にやってきたアンジェリカとフェルナンデスは、国王に会うため予定の時間に王城へ足を運んだ。
「さあ、楽しみねフェルナンデス」
どこか楽しそうなアンジェリカと対照的に、フェルナンデスの表情はすぐれない。
「お嬢様……やはり私は来るべきではなかったと……」
「面白そうな話をもってきたのはあなたじゃない」
「むっ……」
城門をくぐり衛兵に用件を告げると、すぐに案内係の役人がやってきた。どうやらそのまま謁見の間へ案内してくれるようだ。
「こちらでございます」
案内してくれた役人は恭しく頭を下げて戻ってゆく。
広々とした謁見の間の両サイドにはそれぞれ5人くらい、計10人ほどが立ち並んでいる。おそらく王国の中枢にいる者たちだろう。
そしてレッドカーペットの奥、玉座に鎮座するのは国王、ジルジャン・ハーバード15世。
さすがに500年も経つとあの子の面影はまったくないわね、なんて考えつつアンジェリカは謁見の間をまっすぐ歩いてゆく。
チラと周りを見やると、重鎮たちの顔色が悪い。真祖の姫が直接やって来るとすでに伝え聞いているようだ。
玉座から5mほど離れた位置でアンジェリカは立ち止まった。
通常の謁見であればここで跪くのだが、そもそもアンジェリカにそんな気はない。
立ったまま、まっすぐ国王の顔を見る。うん、あまり賢そうには見えないわね、それがアンジェリカの抱いた印象である。
いつまでも跪く様子がない彼女に対し、やや苛々している国王とおろおろしている重鎮たち。
国の中枢を担う彼らでも、さすがに真祖に対し跪けと命令はできないようだ。
嫌な沈黙が続く。
先に沈黙を破ったのはアンジェリカだった。
「挨拶に来てあげたわよ」
通常なら不敬罪で処刑レベルの発言である。
驚きで息が止まりそうな重鎮たちと、怒りで顔を真っ赤に染める国王。
「こっ、この無礼者がっ!!余を誰だと思っておるのだ!!」
我慢できず国王がキレた。
「王よ!真祖の姫君に対しかような言葉は……!」
慌てて国王を諌めようとする重鎮たち。
「黙れっ!このような不敬許されようか!」
どうやら余計にエキサイトしたようだ。
「……フフフ……」
思わず笑ってしまった。こんなのが今の国王なのか。
「な、何がおかしい……」
「いえ、まさかあの子の子孫がこれほど愚かな人間とは思わなくてね。」
侮蔑するような視線を向けながらアンジェリカは素直な思いを吐露した。
「き、貴様あああっ!!!」
「黙りなさい」
激昂した国王に対し、少し殺気を込めた言葉を発すると王は途端に青ざめた。
「私はお前の臣下ではない。建国王と縁があるからこの国に長く居ただけよ」
「……。」
「建国王のあの子は、王家が未来永劫私に最大の敬意を払うと約束したわ。お前にはそれが伝わっていないのかしら?」
「くっ……!」
「そもそも、私を直接呼び出した理由はなに?まさか真祖の顔が見たかったとかそんな理由じゃないんでしょ」
どう見ても小娘にしか見えないアンジェリカに好き勝手言われ、怒り心頭ではあるものの殺気にあてられうまく反論できない国王。
それでも怒りに顔を歪めつつ言葉を絞り出した。
「……帝国との戦争が始まる。そなたはそこへ従軍せよ」
「……はぁ?」
王国の終わりの始まりであった。