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第六十九話 すべてを懸けて

全解放でジキルを倒したルアージュだったが、まだ倒しきれてはいなかった。戦いはまだ終わっていない。

「よいかルアージュ。能力全解放の秘技は決して使うでない」


海を越えた遥か向こうからやってきたという老師は、私に秘技を伝えたあとそう告げた。


使ってはならない秘技をなぜ教えたのか。ルアージュは率直な疑問を抱いた。


「全解放は人間がもつ本来の力をすべて引き出せる。だが、その代償は大きい」


「…………」


「これは言わば禁法だ。限界以上に力を引き出した代償に、体中の組織が破壊される」


つまり、死ぬということか。


「死なぬまでも、まずもとの暮らしはできぬであろう」


上等だ。


それであいつを殺せるのなら──



──その禁法まで用いたというのに、こいつは死ななかった。


もう私からできることはない。


体が言うことをきかないのだ。ジキルは立ち上がるなり私を蹴り飛ばし、仰向けになった私の腹を踏みつけた。


それからも、何度も執拗に私を蹴り、殴り、投げ飛ばした。


もはや私は手足をもがれた虫のようなもの。死を待つだけの存在だ。


そして、いよいよそのときがやってきた。



「手こずらせてくれたなぁ。ククク。また人間にしてはまあまあやるほうだったけどな」


ジキルは下卑た笑みを浮かべ、私の胸ぐらを掴み無理やり立たせた。


「お楽しみの時間だぜ」


ジキルはそう口にすると、私の首筋に鋭い牙を立てた。


ぢゅるぢゅると嫌な音を立てながら私の血を貪る。


「かああーー! うめえ! やっぱり若い女の血は最高だな!」


首筋にかかる熱い吐息が気持ち悪い。


私の体からどんどん力が失われていく。


「ああ……最高だ。必死に抵抗した女を屈服させて血を飲む。今俺は最高に気持ちがいい」


「…………」


「ああ、ああ……うま……い……ん、んぐっ! がっ……!」



突然苦しみ始めるジキル。


喉を押さえてヒューヒューと変な呼吸をしている。


「て、てめぇ……! な、何を……!」



これが正真正銘、最後の切り札。



あの日以来、私は特別な毒に銀の粉を混ぜたものを毎日少しずつ飲み続けてきた。


すべてはこの日のために。


目の前で妹を殺したあの男を確実に殺すために。



喉を押さえてのたうち回るジキル。


ああ、ルナ。やっと仇をとれたよ。


そして、やっとお姉ちゃんもそっちに行ける。



「くそっ……!」


ジキルは懐に手を入れると、小さな小瓶を出して中身を一気に飲み干した。


「……ふう。今度こそダメかと思ったぜ」



ばかな──


ジキルの体がふわりと光を放ったかと思うと、戦闘でついた傷がすべて元通りに回復した。


「これはな、この前殺した冒険者から奪ったエリクサーってやつだ」


エリクサー。


あらゆる状態異常と傷を回復させる最高級の治療薬。



今度こそダメか。もう万策尽きた。


ああ。ごめんねルナ。


お姉ちゃん、こんなに頑張ったけど無理だったよ。


悔しいけど、もう体が動かない。左手は失い体中の筋が切れ、片目も潰れ視界も悪い。


私はルナに謝りながら終わりを待った。



が──


突如室内の温度が急激に下がり、空気がピンと張り詰めた。



見えにくい目を凝らすと、ジキルの背後にゴシックドレスを纏った少女の姿が見えた。



「はぁ……。無茶はしないようにって言ったのに」


アンジェリカ様は腕を組んだまま、呆れたような言葉を口にした。


「あ……ああ……」


私はもうまともに言葉を発することもできない。


とんでもない魔力と殺気を纏うアンジェリカ様に、さすがのジキルも無視できないようだった。



「……何者だ、貴様」


アンジェリカはその言葉を無視し、ルアージュのそばへ転移すると彼女を連れてまたもとの場所へ戻った。


「あーあ。こんなにボロボロになって。まあ内部のダメージはパールが何とかしてくれるでしょ」


アンジェリカはルアージュの左肩に手を触れる。


『再生』


ジキルに斬り飛ばされた腕が再生する。


「あ……ああ……」


「喋っちゃダメよ。大人しくしてなさい」


「な、なんで……ここに……」


「ああ。あなたにあげたリングね、私が作った魔道具なのよ。あなたの命が失われそうになったとき、私が居場所を感知できるようになってるの」


事もなげに言い放つアンジェリカ。



「き、貴様は何者だ……」


アンジェリカはジキルに視線を向ける。


「人に名前を聞くのなら自分から名乗りなさい」


「その紅い目……そうか、貴様も同胞か。ならなぜ俺の邪魔をする? 多少やるようだが、俺は貴様などがまともに口をきける存在ではないんだぞ?」


ジキルはアンジェリカを睨みつける。


「俺はジキル・トレーズ。八百年以上続く吸血鬼の名門、その嫡男だ」


トレーズ……トレーズ……。


アンジェリカは思考を巡らせる。


何となく聞き覚えがある。


ああ、お父様の眷属に連なる一族か。


「はあ……。その末裔がこれとか」


アンジェリカはこれみよがしにため息をつく。


その様子を目にしてジキルは激昂した。


「何だ貴様のその態度は! 名門トレーズ家に敵対する気か!?」


「敵対してもいいけど、あなたも家族も皆殺しにされちゃうけどいいの?」


アンジェリカは目を細めてジキルを凝視した。


「ああ? 舐めてんのか小娘」


「はあ。面倒くさいわね。えーと、トレーズ家のジキルだっけ?私はクインシー家の者よ」



アンジェリカが家名を告げると、ジキルは真顔になって凍りついた。


クインシー。


その家名を知らない吸血鬼はいない。



クインシーを名乗れる者は六名しかいない。


真祖であるサイファ・ブラド・クインシーとその妻メグ、皇子のシーラ、キョウ、ヘルガ、そして唯一の娘であり王女、アンジェリカ。



アンジェリカ・ブラド・クインシー。


男兄弟を押し除け、サイファ・ブラド・クインシーに匹敵すると言われる真祖一族最強の存在。


単独でいくつもの国を滅ぼした国陥としの吸血姫。



ジキル配下の吸血鬼は全員が腰を抜かして震えている。本能的に逆らってはいけない相手と認識したようだ。


「ば、ばかな。なぜ真祖の王女がこんなところに……!」


ジキルはよろけながらも何とか言葉を紡ぐ。


「で。そのトレーズ家の嫡男さんが、クインシー家の王女である私に何か文句があるのかしら?」


アンジェリカは冷たい光を携えた紅い瞳をジキルに向けた。

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