第六十八話 激闘
冒険者や同業の吸血鬼ハンターたちが次々と倒れてゆく。いたるところからあがる悲鳴にも似た声。熱気で室内の温度はあがり、血の臭いが余計に鼻をついた。
だが、今のルアージュにとってそんなことはどうでもよかった。
目の前に、長年探し続けてきた憎き相手が立っているのだから。
仇敵に視線を向けるルアージュに、複数の吸血鬼が襲いかかる。彼女は一人を殴り飛ばすと、もう一人を背中へ背負うようにして足元へ投げ倒した。
さらに、仰向けになった吸血鬼の喉へ全体重をかけた膝を落とす。
吸血鬼とのあらゆる戦闘を想定した修行を続けてきた彼女は、徒手空拳による戦い方も身につけていた。
「へえ。なかなか活きのいい奴がいるじゃないか」
市長に化けていた吸血鬼は、ニヤニヤしたままルアージュに目を向ける。
ルアージュも顔に狂気的な笑みを貼り付けたまま、仇敵へと突進していった。
「…………死ね」
仇敵に飛びかかったルアージュは空中で体を縦に一回転させ、吸血鬼の頭を踵で急襲した。
が、さすがに真正面からの攻撃は当たらない。簡単に避けられてしまった。
「ククク。俺たちを狙ううざったい奴らを集めて一網打尽にする作戦は成功だな。お前のような強者まで釣れるとは」
「……そのために市長に化けたのねぇ。本物はどうしたのぉ?」
「あいつならとっくに地面の下さ」
もっともらしい理由で冒険者やハンターを集めるため、自作自演で人々を襲っていたということか。
まあそれもどうでもいい。そのおかげでこいつを見つけられたのだから。
「んん……? お前どこかで会った気がするな」
ニヤニヤ顔の吸血鬼がルアージュをじっと見つめる。
「十年前、お前は私の妹を殺した」
「十年前…………。ああ、あれか! お前あのときの片割れか!」
吸血鬼は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐもとのニヤニヤ顔に戻った。
「まさかあのときのガキがこんなに成長したとはなぁ。ククク……」
「答えろ。どうしてルナを……妹を殺した?」
「あれはお前の親父が悪いのさ。あまりにもしつこく俺を追い回すから。頭に来て嫌がらせをしてやろうと思ったのさ」
事もなげに言い放つ吸血鬼。
だからどうしたと言わんばかりの顔でさらに言葉を続ける。
「純血の吸血鬼であるこの俺、ジキル様をしつこく狙いやがって。まああれ以来、そんな元気もなくなったみたいだがなぁ」
ニヤニヤと顔を歪めながらジキルは不快な言葉を紡ぐ。
「ああ。それにしてもあの娘の血は旨かった。やはり子ども、しかも女の血は堪らんな。ククク……」
目の前でどんどん色をなくす妹。
血を吸われゴミのように打ち捨てられた妹。
あの日の光景が鮮明に甦る。
「……安心したよぉ」
ルアージュは少し目を伏せると小さな声で囁いた。
「……あぁ?」
「変わってなくて安心したよぉ。じゃあ死んでぇ!!」
一瞬でジキルとの間を詰めたルアージュは、怒りをのせた拳を全力でそのニヤついた顔面に叩き込んだ。
回避できずジキルは床を転がる。
「へぇ。まあまあやるじゃねぇか」
ダメージは期待できない。案の定、ジキルは悠々と立ち上がると、服についた埃を払い始める。
「舐めないでよぉ!!」
追撃しようとしたルアージュだったが、ジキルは姿を消したかと思うと彼女の背後に立ち、強烈な蹴りを背中に見舞った。
衝撃で飛ばされ壁に激突するルアージュ。
「ぐ……!」
冷静になり周りを見ると、すでに自分以外の者は全員倒されていた。唇を強く噛み締める。
「おい。お前らは手を出すなよ。このガキは俺が遊ぶんだからな」
不快な笑みを浮かべたまま、ジキルはルアージュに近づく。
──このままでは勝てない。
武器があっても勝つのが難しい相手に徒手空拳では無理がありすぎる。
無茶をしないように──
アンジェリカの言葉が頭のなかで再生される。
ごめんなさい、アンジェリカ様。無茶をせずに勝てる相手ではありません。
ルアージュは目を閉じると何やら言葉を紡ぎ始めた。
『#€◇%☆+→%…………」
長く師事した体術の師匠から授かった秘技。
身体能力を大幅に向上させ、短時間であれば人間離れした力を発揮できる。
もちろんその代償は決して小さくはない。
『解放』
全身から力がみなぎる。
これなら……!
ルアージュは再びジキルとの距離を詰め接近戦を挑む。先ほどはほとんど見えなかったジキルの動きが今は見える。
「そこっ!」
彼女の横へ移動したジキルに鋭い足刀横蹴りを喰らわす。
「ぐっ!」
痛みを感じたのか、ジキルからニヤニヤした笑みが消えた。
いける。
一瞬体勢を崩したジキルの横っ面へ、渾身の肘打ちを叩き込んだ──
と思ったのだが、それは残像だった。
「へえ。まさかそんな奥の手があったとはな」
背後からの声に慌てて振り返ったルアージュの顔に、ジキルの容赦ない拳が打ち込まれる。
「あぅっ!!」
地面を数メートル転がされる。
さらにジキルは、追い討ちと言わんばかりに彼女の背中を勢いよく踏みつけた。
「ぐぁっ!!」
背中の骨が軋む。
「妹の仇討ちのために頑張ったんだなぁ。いっぱい努力したんだろうなぁ……。でも、ぜーんぶ無駄になっちゃったな!アーッハッハッハ!」
骨が折れそうな痛みに耐えるルアージュに、不快な言葉が降りかかる。
ああ。やはり強い。
アンジェリカ様が言った通り、やはり私では勝てないのか。
ルナの仇が、あれほど殺したかった相手がすぐそばにいるのに。
いや、まだだ──
諦めるときじゃない。私はまだ、すべてを懸けてない!
『全解放』
ルアージュは再び秘技を使った。
使用したあとはどうなるか分からない。師匠からも禁法であると教えられた技だ。
「うおぉあああああ!!」
背中を踏みつけていたジキルをとんでもない力で跳ね返す。
「な、なにぃ!?」
さすがのジキルも少々焦ったようだ。再度、超至近距離での戦闘を開始するルアージュ。
ジキルの顔、胸、腹へ次々と強力な打撃を加えていく。
「ぐあっ!」
一瞬体をくの字に曲げた隙を逃さず、膝蹴りを腹に叩き込む。
──ブチブチと音が聞こえる。
それが、自分の腕や足の筋が切れている音だとルアージュは理解していた。
だが、そんなものどうでもいい。
「ちょ、調子に乗るなよ……! クソガキが!!」
ジキルは鋭い刃物に変化させた右手を下から上に薙ぎ払う。
何かがドサっと落ちた音が室内に響いた。
落ちたのはルアージュの切断された左腕。
「クク……これでもう……!?」
普通なら痛みでのたうち回るはずが、ルアージュの表情に変化はない。
──腕でも足でも好きなだけあげる。
ルアージュは残された右拳に残されたすべての力を集中させる。
──だからちょうだい。代わりにお前の命を!!
そのまま体ごと全力で拳をジキルの顔へ叩き込んだ。
ジキルの顔はぐしゃりと潰れ、打撃の衝撃で床を跳ねながら転がる。
倒れたままジキルは動かない。
……勝った、のぅ?
満身創痍のルアージュは、足を引きずるようにして倒れたジキルのそばへ向かう。
まだ生きているならとどめをささなくては。
もたもたしていると、配下の吸血鬼が襲ってくる可能性もある。
仰向けに倒れているジキルのそばに立ち、心臓を足で踏み抜こうとしたそのとき──
「……今のは危なかったぜぇ」
ルアージュの目に飛び込んできたのは、潰れた顔のままニヤニヤと笑うジキルの顔だった。
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