第六十七話 一網打尽
ランドール共和国に属するイシスは、ジルジャン王国時代に商人の街として栄えた都市である。
国外からも多くの商人が訪れており、昼夜を問わず活気に満ちている街だ。
また、イシスにはリンドルに次ぐ規模の冒険者ギルドがあることでも知られている。さすがにSランカーは在籍していないが、Aランカーの数はリンドルに匹敵する。
「やたらと冒険者ぽい人が多いですねぇ」
ルアージュはクリッとした大きな目できょろきょろと周りを見回しつつ、イシスの大通りを歩いていた。
アンジェリカ様の話によれば、市長の主導でこの街の人を襲っている吸血鬼を討伐するとのこと。
何でも、手練れの吸血鬼ハンターから冒険者、傭兵まで募っているらしい。
同業者が来るのは心強い反面、あいつを討つ機会を奪われる懸念がある。
そんなことは絶対にさせない。
ルナを殺したあいつは絶対に私が殺す。
改めて決意したルアージュは無意識に拳を強く握りしめた。
あ──
ふとした違和感に気づき右手の人差し指に目を落とす。
何年にもわたる苛烈な修行によって、お世辞にもきれいとは言えない指になってしまったが、今彼女の人差し指にはシルバーのリングが輝いていた。
──アンジェリカ様。
イシスの街で吸血鬼が人々を襲っている。
アンジェリカからそう告げられたルアージュは、すぐにでもイシスへと向かおうとした。
が、どうせなら万全の体調で向かうべきとアンジェリカやソフィアから諭され、その日は屋敷に泊まることになったのだ。
翌日、気が早るルアージュにアンジェリカは一つのリングを渡した。
「これはお守りよ。気休め程度に持って行きなさい」
同族を討ちに行こうとしている相手に、真祖である彼女が贈り物をしたことにルアージュは大変驚いた。
そして、驚いている彼女へさらにこう言葉をかけた。
「無茶をしないようにね。死んでしまえばそこでお終いよ。生きてさえいればまた機会は巡ってくるのだから」
以前のアンジェリカなら決して口にしないような言葉。
ルアージュは明確な返事はせず、軽く頭を下げてその場をあとにした。
──あれかな。
街のなかで一際目を引く大きな建物。
もともとこの地を収めていた貴族の邸宅らしいが、今はイシスにおける政治の中心地となっているようだ。
吸血鬼討伐を志願する者はここの大広間に集合するよう伝えられている。
すでに門の前にはいかにもそれらしい者たちが列をなしていた。同業者ぽいのも何人か並んで受付をしている。
「ルアージュじゃないか?」
突然声をかけられ振り返ると、神父のような格好をした年配の男性が立っていた。腰には服装に似合わない大剣を携えている。
「ルークさん!」
ルアージュは思わず懐かしそうな笑みを浮かべる。
同業者である彼は父の仕事仲間だった人で、私とも面識があった。
「やはりお前も来ていたのか」
「はいぃ。あの吸血鬼だけは私の手で何とかしなければいけないのでぇ」
「……そうか。そうだったな」
ルークもルアージュの事情は知っている。ルアージュは妹を奪われ、その父は稼業から足を洗う羽目になった。
「微力ながら俺も手を貸そう。ともに人々の敵を倒そうじゃないか」
「ありがとうございますぅ」
手伝ってくれるのは願ってもない話だ。だが、あいつにとどめをさすのは私だ。そこだけは譲らない。
瞳に強い光を宿したまま、ルアージュはルークと握手を交わした。
建物のなかへ入ると、凛々しい顔つきをした中年女性が私たちを広間へと案内してくれた。
「皆さま、こちらの部屋で待機をお願いします。まもなく、市長のシモン様から挨拶がございます。あと、武器はこちらにお預けください」
ルアージュは背中の剣を女性が指さした箱のなかへ入れた。
広間のなかはすでに大賑わいである。屈強な体つきをした冒険者や傭兵に、独特の装いが目を引く吸血鬼ハンター。これほどの戦力が一同に会する様子は壮観だ。
「諸君。このたびは私の呼びかけに応じてくれて感謝する」
広間の壇上に立った初老の男が挨拶を始める。おそらく市長だろう。
「まさか、これほど多くの戦士が集まってくれるとは思ってもいなかった」
市長は感情が読めない目で集まった者たちに視線を巡らせた。
「これでやっと……、やっと……!」
感極まってきたのか、市長は指で目頭を押さえて小刻みに体を震わせる。
「これでやっと私は安心して眠れるようになる。邪魔者を一網打尽にできるのだから──」
誰もがその言葉の意味を理解できなかった。
刹那──
広間の壁際や扉の近くに待機していた市長の配下たちが突然集まった人々に襲いかかった。
手当たり次第に組みついて首に牙をたててゆく。
冒険者や吸血鬼ハンターは反撃しようにも、武器を預けてしまっているので手も足も出ない。
「ルークさん!」
混乱のなかルアージュがルークに目を向けると、ちょうど彼は吸血鬼によって胸に風穴を開けられたところだった。
鮮血を噴いて倒れるルーク。
「……!」
一瞬にして広間のなかは阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
「アーッハッハッハ! まさかこんなにうまくいくとは! 本当に人間とは愚かな生き物だな!」
広間に響く声の主は市長。
ニヤニヤといやらしい笑みが浮かぶその顔にルアージュは見覚えがあった。
まさか──
市長の顔がぐにゃりと大きく歪む。
そこに現れたのは、紛れもなく妹を殺した張本人。
長年探し続けてきた憎き吸血鬼。
「…………やっと会えたね」
絶望的な状況だが、ルアージュは狂気的な笑みを携えそう呟いた。
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