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第六十六話 忘れられない過去

同族が関わっていることもあり、何となくルアージュの話が気になったアンジェリカは冒険者ギルドへ向かいギルドマスターのギブソンに話を聞く。ギブソンの話によれば、ここ最近イシスの街で吸血鬼によるものと見られる被害が増えているとのことだった。

「お姉ちゃん早く帰ってきてねぇ」


一つ年下の妹、ルナは遊びに出かける私に上目遣いでそう告げた。


「分かってるわよぅ。日が落ちるまでには帰るからぁ。いい子にお留守番しててねぇ」


私の家は代々吸血鬼ハンターを家業にしている。父はそんな大変な仕事をしながら、私たち姉妹を育ててくれた。


父は一週間ほど前からある獲物を追って家を留守にしていた。それほど珍しいことではない。


その日は父が戻ってくる日だったので、多少帰りが遅くなってもルナは寂しくないだろう。


私はそう信じて疑わなかった。



友達と思う存分遊んだあと、私は約束通り日が落ちる前に帰宅することにした。


この季節は日が長い。外はまだ十分明るかった。



「そうだ。ルナにお土産買っていってあげよぅ」


私は果物屋でリンゴをいくつか買った。


あの子リンゴ好きだからなぁ。お留守番させたことも許してくれるよねぇ。



「帰ったよぉ」


玄関の扉を開け家に入った。


いつもなら迎えにきてくれる妹が今日に限って来ない。


寝てるのかなぁ?



「ルナァ?」


私は呼びかけながら妹と一緒に使っている部屋の扉を開けた。



目に飛び込んできたのは、大きな大人の背中。


誰? 何をしているの?


私の気配に気づいたのか、目の前にいる大人が体ごとこちらを振り返った。


──!!


その男は胸のあたりに体の小さなルナを抱きかかえ、首筋に牙を立てたまま私に視線を向けた。



「あ……ああ……!」


私は恐怖のあまりまともに言葉を発することができなかった。


腰を抜かして床に尻もちをつく。


股間のあたりがあたたかくなるのを感じた。


恐怖で失禁したのだ。


目の前にいる男が吸血鬼であることは子どもの私にも理解できた。



ルナ……! ルナが死んじゃう! 助けなきゃ──


勇気を振り絞って立とうとしたとき、吸血鬼はルナの首筋から口を離した。


途端にルナの首筋から噴きあがる鮮血。



「む。太い血管を傷つけたか。まだこんなに残っているとはもったいないことをしたな」


男はニヤニヤとした笑みを浮かべると、ルナを床に投げ捨てた。


ルナの顔は完全に生気を失い、体はぴくぴくと痙攣していた。



「ル……ルナ……?」


床を這うようにしてルナのそばに行き、体をゆすった。


「嘘だよねぇ……? ねぇ、目を開けてよ……ルナ……」



突然耳をつんざくような悲鳴が響いた。


耳どころか頭のなかに直接響いてくるような悲鳴。


それが自分の悲鳴と理解するのにどれくらいかかっただろう。


おそらく時間にして僅かだと思う。



吸血鬼は忌々しそうな表情を浮かべ、私も手にかけようと近づいてきた。


その刹那──



「ルアージュ! ルナ!」


声の主、父は部屋に飛び込むなり吸血鬼に斬りかかった。


私はルナが死んでしまった哀しさと、父が帰ってきてくれた安心感で張り詰めていた糸がぷつりと切れた。


意識を失う前、床に転がったリンゴが視界の端に入り込んだ。


あのリンゴは最初からあんなに赤かったのか、それともルナの血で赤くなったのか。


そんなことを意識の片隅で考えながら、私の視界は白く染まった。




「ルナ!!」



……あれ?


ここどこ? なんかふわふわしたのにくるまれているような。


『やっと起きたかえ。ずいぶんとうなされておったのう』


「わわっ!!」


話しかけてきたのは、私が体を預けているフェンリルだった。


ああ、そうか。あのあとフェンリルの尻尾にくるまれてそのまま眠っちゃったんだ。


そっと服を触ると、しっとりと汗で湿っていた。


またあの夢か……。


あの日からいったい何度同じ夢を見ただろうか。


そのたびにあのときの哀しい出来事を思い出し、ルナの仇である吸血鬼への復讐心がざわめいた。



「フェンリルさん、ごめんなさいねぇ。すっかり甘えちゃったぁ」


ルアージュはアルディアスの尻尾から抜け出すと、彼女に向かってぺこりと頭を下げた。


『気にするでない。妾は慣れておるからのう』


くつくつと笑うアルディアス。



『それにしてもそなた、本当に妹の仇とやらの吸血鬼とやり合う気かえ?』


「……うん。私にはそれしかないからぁ。たとえ相手が強くても、絶対に腕の一本くらいは奪ってみせるよぅ」


口調はのんびりとしているが、彼女の目には明確な殺意と怒気が宿っている。


『そうか……。そなたの気持ちと考えはそなただけのものじゃ。誰にもそれを止めることはできぬのう』


アルディアスはルアージュの目をじっと見つめた。



『じゃが、そなたほかに家族はおらんのかえ?』


ルアージュはハッとした顔になる。


「……お父さんがいるよぅ」


あの一件以来、父は吸血鬼ハンターの仕事をやめた。


私は父に頼みこみ、吸血鬼ハンターになるための修行を長く続けてきた。ときには父以外のハンターにも教えを乞い、自分を高めてきた。



『家族がおるのなら、命は大事にすることじゃ。そなたまで失ったら、父親はどれほど哀しむかのう』


「…………」


そこに考えが至らなかったわけではない。


何度も考えたことはある。


だが、それでもこれだけは絶対に譲れない。


私にとってかけがえのない妹を殺したあの吸血鬼だけは、命を引き換えにしてでも殺す。



『もちろん、最後に決めるのはそなたじゃ。どのような結果になるにせよ、後悔だけはせぬようにな』


「……うん。ありがとうぉ、フェンリルさん」


『アルディアスでよいぞ、ルアージュよ』


にこりとほほ笑んだとき、テラスからアンジェリカ様が呼ぶ声が聞こえた。


小走りで駆けつけた私にアンジェリカ様ははっきりとこう言った。



「吸血鬼の居場所、分かったわよ」


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