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第六十三話 一触即発

エルミア教の教皇ソフィアに突然謁見を願い出た吸血鬼ハンターのルアージュ。彼女は十年前妹を殺害した吸血鬼を探しているという。そんな彼女はソフィアにアンジェリカと引き合わせるよう願い出たのであった。

いつもは穏やかに時間が流れるアンジェリカ邸のテラス。来客と楽しくティータイムをすごす空間が、今は剣呑な雰囲気に包まれていた。


丸いテーブルを囲むのは屋敷の主であるアンジェリカに娘のパール、教皇ソフィア、そして吸血鬼ハンターのルアージュである。


そして、アンジェリカとパールの背後にはSランク冒険者のキラ、ソフィアとルアージュの後ろには聖騎士のレベッカが控えている。


正直、キラは憤っていた。もちろん、ソフィアが吸血鬼ハンターをこの場へ同伴させたことにである。


パールもまた、キラから吸血鬼ハンターがどういうものなのか聴くと露骨に顔を顰めた。


二人からすると、今回ソフィアがとった行動は裏切りとも受け取れる。何せ、吸血鬼を殺すことを生業とする者を真祖であるアンジェリカの前に連れてきたのだから。


パールとキラが最大級の警戒をしても不思議ではない。事実、相手が少しでも妙な動きをすれば、即座に戦闘を開始する覚悟を二人は抱いていた。


そもそも、パールは過去に聖騎士から攫われそうになり、霧の森ではエルフと戦闘を繰り広げた経緯がある。教会にもエルフにもいくばくかの悪感情を抱いているのだ。


一方、レベッカは聖女であるパールに悪感情は抱いていないが、ハーフエルフのキラには複雑な感情を抱いている。


しかも、教皇であるソフィアの護衛という大役を任されている身だ。どのような理由であれ戦闘になったのなら、そのときは忖度なしでやり合う気満々である。


まさに一触即発の状況ではあったが、アンジェリカの様子はいつもと何ら変わりなかった。



「ソフィア、まさかあなたがそんなに私を殺したいと思ってるなんて気づかなかったわ」


紅茶が入ったカップに手を伸ばしたアンジェリカは、意地悪な笑みを浮かべながらソフィアをちらりと見やる。


「そ、そんな!! 私がアンジェリカ様に害をなすなんてこと絶対の絶対にないのです! それだけは誓えるのです!」


ソフィアは身振り手振りで潔白を証明しようとする。


パールはクッキーを頬ばりながら、そんなソフィアにジトッとした視線を向けた。


「う……。聖女様まで……」


「仕方ないですよ。先に言っておきますけど、もしママに何かしたら私もキラちゃんも、アルディアスちゃんも許さないですからね」


アルディアスはウッドデッキの上がり口近くに鎮座し、いつでもパールを守れる体制をとっている。


「そんなこと絶対にしないのです! 信じてほしいのです!」


涙目で訴えるソフィア。


すると──


「え……えーと、あのぅ、ちょっといいですかぁ?」


場の空気を無視するかのようなのんびりとした声。


それまで黙っていたルアージュが口を開いた。


「あ、あの、私はアンジェリカ様に害をなすつもりはありません。私がどうしても知りたいことを、アンジェリカ様なら知っているかもと思って猊下に連れてきてもらったんですぅ」


おどおどしつつアンジェリカに弁解するルアージュ。


アンジェリカはルアージュに紅い瞳を向ける。


年は十五、十六歳くらいだろうか。少し垂れ目で幼い顔立ちのかわいらしい少女だ。


それにしても吸血鬼ハンターとは。


アンジェリカもそのような職業の人間がいることは知っていたが、実際に会うのは初めてだった。


物珍しさについつい全身をくまなく観察してしまう。


ふむふむ。背は私と同じくらいね。肩幅が広いのは鍛えているからかしら。胸は……、私より立派ね。


無言のままソフィアの全身を舐めるように見るアンジェリカ。


「ご、御母堂様。もしかしてルアージュのことをお気に入りになったのでは……?」


レベッカはアンジェリカが男と女、どちらでもいけることを知っている。あまりにもジロジロとルアージュを見ていたため、ルアージュを狙っているのではと思ったのだ。


アンジェリカはレベッカにジロリと視線を向ける。


たしかにちょっといいかなとは思ったけど、娘の前で何てこと言うのよ。あとで覚えておきなさい。


無言の圧力にレベッカは大量の冷や汗をかく。



「……それで? 私に聞きたいことって何かしら」


場の空気がピリッと引き締まる。


「私はある吸血鬼を探していますぅ。十年前、私の目の前で妹を殺した奴ですぅ」


ものすごく深刻な話をしているはずだが、ルアージュの語尾を伸ばす喋り方のせいであまり入ってこない。


「金色の髪を後ろに束ねた、二十代後半くらいに見える男の吸血鬼ですぅ。私の調査によると、そいつは今ランドールにいるようなのですぅ」


アンジェリカは紅茶をひと口飲むとカップをソーサーへ戻す。


ふむ。まあ吸血鬼なんて割りとあちこちにいるしね。ランドール国内に私以外の吸血鬼がいたとしても何ら不思議ではない。


「アンジェリカ様。あなたは吸血鬼の頂点に立つ真祖ですよねぇ。私が探している奴に心当たりはないでしょうかぁ」


「いやいや、真祖って言ってもすべての吸血鬼を把握しているわけじゃないわ。世界にどれだけの数の吸血鬼がいると思っているのよ」


アンジェリカの言葉にルアージュは露骨に残念そうな表情を浮かべる。


「……そうですかぁ。なら、ランドールのどこかで吸血鬼が暮らしている、人間を襲っている、なんて話は聞いたことないですかぁ?」


「うーん、そういう話なら私よりも娘と弟子のほうが詳しいと思うわ。二人ともどう?」


視線を向けられたパールは咀嚼していたクッキーを慌てて紅茶で流し込んだ。


「んー……、もし被害が出ているようなら冒険者ギルドに依頼があると思うんだけど、聞いたことないかなぁ」


顎に人差し指をあてて記憶を辿るパール。


「お師匠様、私もそのような話は聞いていません」


キラも知らないようだ。


「そう……ですか……」


あからさまに落ち込むルアージュ。


最初はやや敵意を抱いていたパールとキラも、その様子を見て少しかわいそうな気持ちになった。


「で、あなたはその吸血鬼を見つけて妹さんの仇を討ちたい、ということなのよね?」


「……はい」


ルアージュは力強い目でまっすぐアンジェリカの瞳を見据えた。


「ちなみに、妹さんが殺されたのは夜? それとも昼?」


質問の意図が分からず、ルアージュは怪訝そうな顔をする。


「昼……いえ、もう夕刻に近い時間帯だった気がします」


あの日の光景が鮮明に浮かび上がり、ルアージュは唇を強く噛みしめた。


「そう……。だとしたら、たとえその吸血鬼を見つけたとしてもあなたが倒すのは荷が重いかもね」


一瞬何を言われたのか理解できないルアージュ。


「どう……いうことですか?」


その顔には怒りや悲しみ、悔しさ、さまざまな感情が浮かんでいる。


妹の仇をとるため子どものころから血反吐を吐くような修行を続けてきた。


それが通用しないかもと言われたのだ。ルアージュが憤るのも無理のない話である。


「あなたも吸血鬼ハンターなら分かっているでしょ。一般的な吸血鬼は夜にしか行動できない」


その言葉を聞き、ルアージュは愕然とした。


その通りだ。では、なぜあいつはまだ太陽が出ている時間帯に動くことができたのか。



「昼間に行動できるのは真祖、もしくは純血の吸血鬼だけよ」



ルアージュは自分の足が地についていない感覚に陥り意識を失いそうになった。

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