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第六十二話 吸血鬼ハンター

アルディアスがやってきてからというもの、パールはアルディアスにべったりになってしまいアンジェリカはやや落ち込んでいた。同じころ、ランドール共和国の国家運営に関わる二人の男は、国内のある地域で大きな問題が持ちあがっていることについて話を詰めていた。

「猊下、少しよろしいでしょうか?」


自室で書類に目を通していたエルミア教の教皇、ソフィアは顔をあげて声の主に目を向けた。


「どうしたの?ジル」


視線の先では枢機卿のジルコニアが少し首を傾げ、困ったような表情を浮かべている。


「それが……、どうしても猊下に謁見したいという者が来ておりまして」


「いやいや、無理でしょ」


ソフィアは再び書類へ視線を戻すと、絹のような白く美しい髪を耳にかけながらそっと小さくため息を吐く。


「会いたいと言われてじゃあすぐ謁見を、なんてなるわけないじゃない。そんなこと、あなたもよくわかっているはずでしょ?」


朝から大量の書類確認に追われているソフィアはやや機嫌が悪い。つい言葉の棘も増す。


事前約束もなしに私と会えるのはアンジェリカ様くらいのものだ。


国王だろうが当日の謁見なんて応じないわよ。


この国において教皇の権力は国王に比肩する。だが、国民の大半がエルミア教徒であるこの国では、国王よりも教皇の威光が強い。


「それが……、アンジェリカ様に関連するお話のようでして……」


書類の上を走らせる目の動きが止まる。


「……なんですって?」


ソフィアは読みかけの書類を引き出しのなかへ仕舞うと、おもむろに立ち上がり教皇服へと着替え始めた。


「ジル、謁見の用意を。レベッカも呼んでちょうだい。それから、教皇の間へ誰も近づけないよう、いつも以上に警戒を怠らないこと」


軽く頭を下げて出ていくジルコニアの背中を見送ると、ソフィアは教皇の間へと向かった。




十五分後。


ジルコニアとレベッカに挟まれるようにして、一人の少女が教皇の間へ足を踏み入れた。


身長はそれほど高くなく、赤茶色の髪は短く切りそろえられている。


「おもてをあげよ」


御簾から離れた位置で平伏した少女にソフィアが声をかけた。


いきなり教皇へ謁見を申し出た割りに、少女の様子はどこかおどおどしているように見える。


「エルミア教が教皇、ソフィア・ラインハルトである。して、そちはいったい何者か」


「わわっ…私はルアージュと申しますぅ! 家業は代々、吸血鬼ハンターをしておりますぅ」


気弱そうな少女はあわあわとしながら言葉を紡ぐ。


吸血鬼(ヴァンパイア)ハンター。


文字通り吸血鬼を狩ることに特化した職業である。やっていることは冒険者と似ているが、吸血鬼のみを討伐の対象としている点が大きく異なる。



「ほう。それで、その吸血鬼ハンターが教皇である我にどのような用件があるのだ」


「は、はいぃ。あの、最近吸血鬼の活動が活発化していることはご存じでしょうかぁ?」


あたふたとしながらも、のんびりとした口調で喋るルアージュにソフィアは鋭い視線を飛ばす。


もちろん、御簾越しであるためルアージュは気づかない。


「……いや。そのような話は初めて耳にした」


「実はそうなんですよぉ。と言っても何か大々的なことをしているわけではないので、話が広がってないのかもしれません」


「……それで?」


「はいぃ。今私が追いかけている吸血鬼が、ランドール共和国にいることがわかりましてぇ」


ルアージュの瞳が光を帯びる。


「……その吸血鬼は、私にとって特別な存在なんですぅ」


「いったいどういうことだ?」


「その吸血鬼は十年前私の妹を殺しました。私の目の前で」


ソフィアはごくりと唾を飲み込む。


妹を殺された吸血鬼ハンターが、真祖であるアンジェリカ様と関わりがある私のもとへやってきた理由。


それが意味するところは。



「まさか……、その妹を殺した吸血鬼というのは……」


「…………」


空気が重くなり沈黙が空間を支配する。



「──まさか……真祖アンジェリカ様、なのか……?」



「いえ、違いますよぉ」



違うんかい!!


今絶対そういう流れだったよね!? ああー-びっくりした!!


いや、何なんこの子? もしかして話ヘタ?



「ええと、私が追いかけているのは男の吸血鬼ですぅ。それが今、ランドール共和国にいることがわかったんですぅ」


「……コホン。なるほど、話はわかったが、それでどうして我のもとに?」


「エルミア教の教会聖騎士が真祖から戦闘訓練を受けたことは私の調査でわかっていますぅ。教会そのものや猊下が真祖と深く関わっていることもぅ」


沈黙が支配する空間に、カチャリと小さな音が鳴り響く。


御簾の外、壁際で待機しているレベッカが腰の剣に手をかけた音だ。


「レベッカ、控えよ」


「……は。申し訳ございません」


レベッカは剣の柄から手を離し、再び直立不動になる。


「あわわ! す、すみません! 私そんなつもりじゃ……!」


「よい。先ほどの話だが、たしかに事実である。教会も我も、真祖であられるアンジェリカ様には大恩を受けている。そちの調べ通り関わりも深い」


ルアージュは真剣な目つきでまっすぐ御簾の奥にいるソフィアを見つめる。


「あの方は絶大な力をもちながら、ちっぽけな存在である我々のために力を貸してくれた。それに、この国が抱える問題も解決してくれたのだ」


「……当然、今でも関わりはあるんですよねぇ?」


「ああ。アンジェリカ様にはいろいろと相談にのってもらっている」


とてもではないが頻繁にお茶を飲む間柄とは言いにくい。


「……やはりここに来て正解でしたぁ。猊下、このルアージュの願いをどうか聞き入れていただけないでしょうかぁ」


ルアージュはやや声のトーンを下げると、再びその場に平伏した。


「どういうことだ?」


ソフィアは御簾越しにルアージュへ訝し気な視線を送る。


ルアージュが口にしたのは意外な言葉だった。



「私を、真祖アンジェリカ様に会わせてください」


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