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第六十一話 アンジェリカの苦悩

霧の森から魔の森へ拠点を変えたアルディアス。そのモフモフぶりに教皇のソフィアや聖騎士のレベッカまで虜になってしまう。アンジェリカも癒されたい気持ちはあるものの、過去のことがあるだけに素直になれなかった。結局我慢できず夜こっそりアルディアスのもとを訪れた彼女は、少し会話を交わしたあとふわふわの尻尾にくるまれて朝まで眠ってしまうのであった。

真祖、アンジェリカ・ブラド・クインシーにとって唯一無二の存在。それが愛娘のパールである。


魔の森に捨てられていた人間の赤子を気まぐれで拾い、パールと名づけて六年間大切に育ててきた。


パールとともに暮らすようになり、人間に対する感情や価値観は変化した。今では人間の弟子やお茶友達までいるほどだ。


とにかく、パールがアンジェリカに与えた影響は大きい。


彼女にとってパールの存在こそすべてであり、パールもまた同じように考えていると信じて疑わなかった。



ええ。そんなときが私にもありました。



「パール、お茶にしない?」


「うーん、ちょっとアルディアスちゃんとお散歩行ってくるね」


ふむ。



「パール、本を読んであげようか?」


「アルディアスちゃんをモフモフしてくる!」


ふむふむ。



「パール、魔法の練習を──」


「アルディアスちゃんが私の魔法見てくれるんだってー」


………………。



なぜこうなった。


え? 何? 最近のパール私に冷たくない?


アルディアスがここで暮らし始めてからずっと彼女にべったりだし。


まさか、


アンジェリカ<アルディアス


こういうこと?



考えれば考えるほど落ち込んでしまうアンジェリカ。


ため息をつきながらリビングのソファに横たわり、また深いため息をつく。


大人気ない感情であることは彼女自身理解していた。


新しい家族のような存在が増えたことで、パールも嬉しいのだろう。


それを理解できてもうまく自分の心に落とし込めない。


ソファに横たわりつつ窓から空を眺める。どんよりとした雲が空を覆い、今にも降り出しそうだ。



カチャリと扉が開く音が鳴り、アリアがリビングへ入ってきた。


手にはティーポットとカップをのせたトレー。


「お嬢様。ちょっとだらしないですよ」


ゴシックドレス姿のままソファへ横たわるアンジェリカに目をやり、困ったような表情を浮かべる。


「うん……。そうね」


アリアはローテーブルにソーサーとカップを置くと、慣れた手際で紅茶を淹れ始める。


カップから湯気が立ち昇り、爽やかな香りが部屋に広がった。


「何かあったんですか?」


「ん……。最近パールがアルディアスにべったりなのよね」


アンジェリカはカップのなかで揺れる紅茶から目を離さぬまま素直な思いを口にした。


「ああ。たしかに……。新しい家族ができたみたいで嬉しいんじゃないですか?」


うん、それは私もわかってるわよ。


「あとモフモフですしね」


やっぱりモフモフか!


真祖の娘をあっさり虜にするとはモフモフ恐るべし。


「それに、もともとパールはお嬢様にべったりじゃなかったじゃないですか」


「………………へ?」


いやいや、何言ってんの? あんなにいつもべったり…………。


ん? あれ?


「いつもべったりしてたのはお嬢様のほうで、パールはそれほどでもありませんでしたよ。あの子、割とそういうとこドライなんで」


……そう言われると心当たりがありすぎる。


「でも、それって家族だったら普通じゃないですか? 私も親にそこまでべったりしたことなかった気が……」


うん。私もそうだった気がする。


「あまり気にする必要はないと思いますよ。あの子がお嬢様のことを大好きなのは分かりきっていることですし」


「……そうね」


アンジェリカは紅茶をひと口飲むと、ほぅっと小さく息を吐く。


はあ。でもやっぱりもう少し私にもかまってほしいな……。


アンジェリカの苦悩はまだしばらく続きそうであった。




-ランドール共和国・バッカス邸-


「この報告書に書かれている内容は真実なのか?」


ランドール共和国で代表議長を務めるバッカスは、手渡された報告書に目を通すと率直な疑問を口にした。その顔色はお世辞にもあまりよくない。


報告書を手渡したのは首都リンドルの冒険者ギルドマスター、ギブソンである。


中央へ情報が遅滞なく届けられるよう、バッカスは以前から冒険者ギルドに情報収集を継続的に依頼していた。


「はい。信頼のおける冒険者が確認しています。まず間違いはないかと……」


ギブソンのこめかみから一筋の汗が流れ落ちる。


「もしこの内容が真実であるのなら、()()()が何か関与しているということか……?」


「いえ、そうと決めつけることはできません。たしかに()()()()が例の一族であることは間違いありませんが、だからといってこのようなことに関わる理由がわからない」


報告書に記載されていたのは、ランドール共和国に属する地方領のことである。


もともとは貴族が収めていた領地だが、ランドールが共和制を敷き貴族制度が廃止されてからは地方政府が運営している。


報告書には、そこである大きな問題が発生していることが記載されていた。


「この報告書だけで()()()()の関与を疑うことはできません。もし()()()()が侮辱と受けとれば、ランドールは今度こそ地図から姿を消してしまうでしょう」


「それはよく理解している。私自身も、()()()()がこのようなことに関わるなどと思ってはいない」


苦しげに言葉を紡いだバッカスが下唇を噛む。


「何にせよ対応を誤るわけにはいきません。伝え方ひとつにも細心の注意が必要です」


「そうであるな……。だが、何と切り出すべきか。なるべく早めに対応しなくてはならんのだが……」


二人は向かい合ったまま頭を抱えた。



アンジェリカが娘のことで苦悩しているとき、国の運営に大きく関わる二人の男も同じように苦悩していた。


そして、この二人の苦悩はアンジェリカにも深く関係していたのだった。


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