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第六十話 モフモフは正義

霧の森での一件が解決し、アルディアスが魔の森へやってきて三日がすぎた。


ギルドへアルディアスを使い魔登録しに行ったとき、アンジェリカに軽く説教(?)されたサドウスキーは翌日旅に出た。


自分を鍛えるためにしばらく武者修行するそうだ。


パールとしてはしばらくつきまとわれる心配がないため一安心である。


アルディアスはというと、魔の森がずいぶん気に入ったらしい。普段はアンジェリカ邸の敷地内でのんびりすごし、ときどき森のなかへ散歩にでかけている。


討伐難易度Aランク超えの魔物が跋扈する森ではあるが、さすがにフェンリルを襲おうとする魔物はいないようだ。



「アルディアスもすっかりこの土地に慣れたみたいね」


アンジェリカはテラスで紅茶を楽しみながら、大地に伏せてのんびりとくつろぐ様子のアルディアスへ目を向ける。


「ただ、あれにはちょっとうんざりしてるかもしれないけど」


その言葉が意味するところ、それは──



「はぁあああああ……。モフモフ……」


「幸せ…………」


「もうずっとここにいたい……」


「モフモフは正義……」



アルディアスの巨体に群がる四人の姿。


エルミア教の教皇ソフィアにその護衛である聖騎士のレベッカ、アンジェリカの弟子でSランク冒険者のキラ、そして愛娘のパールである。


パールとキラのこのような姿はもう見慣れたが……。


まさかソフィアやレベッカまでモフモフの虜になるとは思わなかった。やはりモフモフは正義ということか。


いや、レベッカあんたついこの前までそのフェンリル倒してくれって言ってたよね。びっくりするくらい手のひら返したわね。


ソフィアもレベッカも(とろ)けるような顔でアルディアスの皮毛に頬擦りしている。



「はいはい、あなたたち。アルディアスはお腹に子どもがいるのよ?あんまりまとわりつくと負担がかかるかもしれないでしょ」


見かねたアンジェリカが近づき、腰に手をあてて四人に注意する。


『クックッ。構わぬよアンジェリカ。何ならそなたも来るか?遠慮はせずともよい』


含みがある笑みを浮かべアンジェリカに視線を向ける。


「わ、私は別にそんなの興味ないし……!」


嘘である。


「あなたの毛にもモフモフにも興味なんて……!」


大嘘である。



『クックッ。まあ無理にとは言わんがな』


その言葉に少しアンジェリカの表情が曇る。本心ではめちゃくちゃモフりたいのだ。


だが、過去の因縁があるうえに、娘の前でだらしない姿を見せることに抵抗がある。素直になれない困ったアンジェリカであった。



その夜。


パールやアリアが眠りについたのを確認し、アンジェリカは屋敷の外に出た。


視線の先には、月明りに照らされてぼぅっと白く浮かびあがるアルディアスの姿がある。


アンジェリカは足音をたてないよう慎重に歩を進めるのだが──


『まったく、素直じゃないのうアンジェリカ』


眠っていると思っていたアルディアスが突然言葉を発し、アンジェリカは跳びあがった。


「……お、起きていたのね」


『うむ。今夜は月がきれいじゃからのう』


雲一つない夜空に浮かぶ三日月は微笑む貴婦人の口元に見えた。


『八百年前、そなたと戦ったときもこのような月を幾度か見た気がする』


「……そうだったかしら。もう忘れちゃったわ」


月を眺めながらぽつりとこぼす。


あのときは私にもまだ幼さが残っていたし、戦うことに精一杯で月を見る余裕なんてなかった。


『のうアンジェリカ。あのとき妾の毛皮を強引に剥ごうとしたのはそなたたちではないのであろう?』


アンジェリカの肩がぴくりと反応する。


『……あのときはすまなんだ。そなたと戦ったあと、悪魔族の連中が数人妾の毛皮を狙ってやってきた。そのとき、何日か前にも悪魔族が毛皮を狙っていたことを知ったのじゃ』


「…………」


『妾は霧の森でそなたをからかってやろうと、あのときの話を持ち出した。そなたが妾の毛皮を剥ごうとしたと。……なぜ本当のことを言わなかったのじゃ』


「……別に大した意味はないわ。たしかに毛皮は剥いでいないし剥ぐつもりもなかったけど、あなたのきれいな毛が欲しかったのは事実だもの」


アンジェリカは月に目を向けたまま当時に思いをはせた。


『クックッ。まったく不器用じゃのう』


「……うるさいわね」


アンジェリカは月から視線を外すと、少し唇を尖らせてアルディアスに目を向ける。


『妾はもう眠る。今夜のことは月がきれいであったこと以外覚えておらぬであろうよ』


そう告げるとアルディアスは首を大地におろし目を閉じた。


アンジェリカはしばらくその場に佇んだあと、ふわふわとしたアルディアスの尻尾に近づき……。




「本当にママは素直じゃないよね」


「まあお嬢様らしいけどね」


テラスの陰から外を覗く二つの影。


パールとアリアである。


二人はアンジェリカが屋敷を出たことに気づき、こっそりとテラスの物陰から様子を窺っていたのであった。


視線の先には、アルディアスの尻尾に体を預けて眠るアンジェリカの姿。


ふさふさのやわらかな尻尾の毛に包まれたアンジェリカは、幸せそうな顔をして眠っていた。


「あーあ。今のママの顔、本人にも見せてあげたい」


いたずらっぽい笑顔を浮かべるパールにアリアも同意する。


「そうね。あんなお嬢様の表情、滅多に見ないしね」



結局、アンジェリカはアルディアスの尻尾にくるまれたまま朝まで熟睡してしまった。


目が覚めたとき、アンジェリカは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてすぐさま屋敷へと戻った。


誰にも見られていなければいいけど。


切に願ったアンジェリカであったが、幸せそうな寝顔をパールとアリアにしっかりと目撃されていたことは知る由もない。



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