第五十九話 事情聴取
冒険者ギルドにてアルディアスの登録手続きを終えたパールの前に現れたのは、Aランク冒険者のサドウスキーだった。そのサドウスキーはアンジェリカのことをパールの母、真祖と知らず無礼な言動をとってしまう。パールを危険に晒した張本人と気づいたアンジェリカは、少しお話しをしましょうと持ちかけるのであった。
広々とした冒険者ギルドの一角には、冒険者や来客がくつろげるよういくつかのテーブルが用意されている。
普段は依頼を終えた冒険者たちがテーブルで酒盛りを始め、ギルド内が喧騒に包まれることも珍しくない。
のだが──
冒険者たちがちらちらと目を向ける先では、一人の男と一人の美少女、一人の女児がテーブルを挟んで向き合っている。
何やら空気が重い。会話することさえ躊躇われるような重い空気が流れる。
「えーと。あなたお名前は?」
アンジェリカは血のように鮮やかな深紅の瞳をサドウスキーに向け問いかける。
「サ、サドウスキーです……」
数々の凶悪な魔物を屠ってきたAランク冒険者、サドウスキーの顔色は悪い。
先だって街を襲ってきたドラゴンのブレスに、骨も残さず消し炭にされそうだったところをパールに救われた。
たしかにパールは強いがまだ六歳の女児である。
六歳の女児を命の危険に晒したことを、その保護者がよく思うはずはない。
しかも、残念なことにサドウスキーはパールの母であるアンジェリカの顔を知らなかった。
そのため、パールを呼び捨てたアンジェリカに対しドヤ顔で説教をかますというとんでもない暴挙に出てしまったのである。
「サドウスキーね。冒険者なのよね?」
「は、はい……」
サドウスキーは生きた心地がしなかった。
アンジェリカの口元はやや口角があがり、一見すると微笑んでいるように見えるが、紅い瞳の奥は一ミリも笑っていなかった。
「ランクは?」
「一応Aランカーです」
「ふうん。凄いじゃない。で、あなたも先日ドラゴンと戦ったのよね? 一応アリアからそのときの様子は聞いているんだけど、あなたの口からも聴かせてもらえるかしら?」
アンジェリカの隣ではパールがやや冷や汗を流しながら事の成り行きを見守っている。
「ええと……。アリアさんというのは……?」
「お姉ちゃんだよ。ほら、メイドの恰好をしてドラゴンと戦っていた」
「あ、あのときの! そうですか……。ええと、それでいったい何を──」
「全部よ」
若干食い気味で言葉をかぶせられ、思わずヒュッと息を呑むサドウスキー。
有無を言わせぬ圧力を正面から浴びせられたサドウスキーは、必死にあのときのことを思い出しながら言葉を紡いだ。
「なるほどね……」
「は、はい。納得いただけましたでしょうか……?」
サドウスキーはちらちらと上目遣いでアンジェリカの顔色を窺う。その様子は何となくキモい。
「ええ。つまりあなたはAランクの冒険者でありながらドラゴンごときに恐れをなして動けなくなり、その結果私の大切な娘が命を賭してあなたを守ることになった、というわけね」
言葉の端々に棘がある。
紅い瞳をまったく動かさぬまま淡々と棘のある言葉を投げかけられ、サドウスキーは恐怖のあまり漏らしそうになった。
いや、少し漏れた。
「……ママ。少し言いすぎだと思う……」
二人のやり取りを聞いていたパールが、いたたまれなくなったのか口を挟んだ。
「う……。でも、彼が弱っちいせいで私は大切なあなたを失いかけたのよ? 嫌味のひとつくらい言いたいじゃない」
あ、やっぱり嫌味だったんだ。
パールは少し呆れた様子で小さくため息を吐く。
そしてサドウスキーはというと、弱っちいと言われたことにショックを受けているようだった。
彼自身、Aランカーでありながらパールを守るどころか守られたことに情けない気持ちを抱かなかったわけではない。
だからこそ、今後はいつまでもパールのそばで守りたいと考えていた。
「あの……お母さま」
サドウスキーが口にした言葉にアンジェリカのこめかみがぴくりと動く。
「……お母さま?」
「い、いえ! その、何とお呼びすればよいのか分からなかったので……」
うっかりサドウスキーの舌を抜きそうになったが、何とか落ち着いて伸ばしかけた手を引っ込める。
「わ、私はあのとき命を失うところをパール様に救われました。だからこそ、生涯をかけてこの命をパール様のために捧げたいと考えています」
「……ふうん」
「ですから、私がパール様のおそばにいる許可をくださりませんか!?」
ギルド内にいた全員がいっせいにヒュッと息を呑む。
誰もがサドウスキーの死を信じて疑わない。
「……何ですって?」
「ですから! 私がパール様と常に一緒にいることを認めてください!」
あ。死んだ。
パールでさえそう思ったのだが──
アンジェリカは大きく息を吸い込むと、盛大にため息を吐いた。
「あのねぇ。パールのそばで守りたいだの何だの言っているけど、あなたみたいな弱っちい奴がどうやってパールを守るのよ」
サドウスキーはぐうの音も──
「ぐう……」
出た。
「あなたみたいな弱い者がパールのそばにいたら、この子の危険がより増すだけよ。まあ使い捨ての盾くらいにはなるかもしれないけど」
辛辣すぎる言葉がサドウスキーに突き刺さる。
「し、しかし私は……!」
「この話はもう終わりよ。あなたは今後パールへの接近禁止。しつこくつきまとうようなら骨も残さず消し炭にするわよ」
全身がピリピリするような感覚をギルド内にいた全員が抱く。
「そんな……!」
サドウスキーはポロポロと涙を零した。
いや、乙女か。
「ポロポロ泣くな!」
さすがにツッコまざるを得ないアンジェリカ。
頭を抱えて再度深いため息を吐いた。
なにこいつ。こんなガタイでいかつい顔しててポロポロ泣く? ほんとキモイんだけど。
まあ、まっすぐな心の持ち主であることくらいは分かるけど……。
「……とりあえず、さっき言ったことは撤回しないわ。でも……、あなたが今よりはるかに強くなったのなら、そのときは考えてあげないこともないわ」
その言葉に希望を見出し、パッと明るい表情を見せるサドウスキー。
それとは対照的に口をパクパクさせて驚愕の表情を浮かべるパール。
アンジェリカとしては、人間がそれほど簡単に強くなれるとは思っていなかったので、サドウスキーを諦めさせるために発した言葉である。
だが、サドウスキーはその言葉を本気にした。
「分かりました! 必ず、パール様を守れるくらい強くなってみせます!」
そう力強く宣言したサドウスキーは、アンジェリカとパールに一礼してギルドをあとにした。
そして翌日、パールはギルドマスターからサドウスキーが旅に出たことを知らされるのであった。
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