第五十八話 新たな肩書
霧の森での一件を経てパールたちは冒険者ギルドへ報告とアルディアスの登録に。突然フェンリルが現れたことにギルドはにわかに騒がしくなるが、パールが自分の友達だからと触れまわり事なきを得る。初めて目にする神獣の姿にギルドマスターも言葉を失うのであった。
「トキさん! テイムした神獣の登録をお願いします!」
冒険者ギルドのカウンターに向かったパールは、眼鏡がよく似合う受付嬢トキに元気よく手続きをお願いした。元気いっぱいなパールと対照的にトキは頬を引き攣らせている。
「え、えーと……。テイムした神獣の登録ね。分かりました。それにしても、パールちゃん凄いのねぇ。神獣をテイムしたのってパールちゃんぐらいなんじゃない?」
むむ。そうなのかな?
「神獣、しかもフェンリルなんて普通出会ったら最期だからね。本当にパールちゃんって規格外ですよ」
目をくるくるさせながら、トキは登録に必要な書類をパールへ手渡す。
アンジェリカとパールがアルディアスを連れてギルドへやってきたときは相当な騒ぎになったが、それもだいぶ落ち着いた。
とは言っても、未だにパールをちらちらと見ながらひそひそと何やら話している声も聞こえる。
「あのフェンリルをテイムするとかマジか……」
「ああ。さすがお嬢だぜ」
「お嬢マジぱねーっす!」
ふむふむ。やっぱりアルディアスちゃんって凄いんだね。今さらだけど、そんな凄い神獣を私なんかが使い魔(?)にしちゃってよかったのかな?
でもアルディアスちゃんがいいって言ったんだしいいよね。
そんなことを考えつつ、トキから渡された書類に必要事項を記入していく。
あれ? そういえばママは……?
後ろを振り返り周囲に視線を巡らすと、アンジェリカはギルドマスターと話をしていた。
どことなくギルドマスターの顔色は悪い。
あ。もしかして危ない依頼をしたからママに詰められてるんじゃ……。
しかも、今回は極秘の依頼だったからママにも言ってなかったしね。
そのせいでママとも戦いになったし。
それにしても、やっぱりママは凄いや。こんな魔法ママ以外に使える人がいるの!? って驚いたよね。
霧の森でアンジェリカと戦ったときのことを考えつつ、パールは書類へペンを走らせていく。
「書き終わりました」
書き終えた書類をトキに渡して確認してもらう。
「はい。ありがとうございます。これで、神獣フェンリルはパールちゃんが正式にテイムしたことになりました」
トキが言葉を発すると同時に周りからどよめきが起きた。
「お嬢すげぇ。神獣テイマーだ」
「フェンリル使いパールだ」
「真祖令嬢の聖女ドラゴンスレイヤー・フェンリルテイマー冒険者だ」
長いよ!!
好き放題言っている冒険者たちにジトっとした目を向けるパール。
まあ無事手続きが終わってよかったよ。
と、そのとき──
ギルドの扉が勢いよく開くと、屈強な体つきの冒険者が飛び込んできた。
あ。やば。
男の名はサドウスキー。6歳児に求婚したと盛大な誤解をされたAランク冒険者である。
「パール様!!」
キラキラとした目を向けてくるサドウスキー。
思わず頬が引き攣り鳥肌が立ちそうになるパール。
「サ……サドウスキーさん。どうしたんですか?」
パールは引き攣った頬を意思の力で動かし何とか作り笑顔を見せようとする。
「どうしたんですか? じゃないですよ! 最近なかなかパール様に会えないし、さっきほかの冒険者から今ギルドにパール様がいるって聞いたから飛んできたんですよ!」
誰だそれ言ったの。
思わず舌打ちしそうになるパールだが、そんな下品な真似はアンジェリカに叱られるためしない。
「あ、ああ。でもすぐに帰りますよ。今日は報告とちょっとした手続きに来ただけなので」
「え!? そんな! なら私もついていきます!」
え、キモ。
6歳の女児の自宅についていきますって公衆の面前で宣言して大丈夫なのかこの人。
案の定、ギルドのなかはとてつもなく微妙な空気が流れ始める。
「ごめんなさい。それは無理です。ママの許可もとってないし」
許可をとるつもりもないけど。
「えええええ! そこを何とか! パール様~~~」
うう。面倒くさい。この人こんなに面倒くさい人だったっけ? 初めて会ったときもっと凛々しい人だった気がしたんだけど……。
と、そこへ──
「どうしたの、パール?」
騒ぎを聞きつけたらしく、アンジェリカがパールのそばにやってきた。
「あ、うん。ちょっと……」
何と言えばいいのか分からず困ってしまう。
「ん? 何だお前は。パール様のことをなれなれしく呼び捨てにするなど」
サドウスキーが吐いた言葉に冒険者たちの顔色が一瞬で真っ青になる。
あれ? この人ママのこと見たことないんだっけ?
「このお方、パール様はな、あの真祖の愛娘にして聖女、しかもAランク冒険者のドラゴンスレイヤーなのだぞ。呼び捨てではなくパール様とお呼びしろ」
とんでもないドヤ顔でアンジェリカに説教をくれるサドウスキーと、色を失った顔で今にも倒れそうな冒険者たち。
当のアンジェリカはというと、まったくの無表情。
怖い!!
ママは無表情のときが一番怖いんだよ!
「あ、あのサドウスキーさん!」
「は。どうしましたか、パール様。今この小娘にもパール様の偉大さを指導してやっていたところです」
見ると受付嬢たちは皆カウンターの下に隠れ、冒険者たちの何人かはこそこそとギルドを出て行こうとしていた。
「いや、あの……。その人が私のママなんですけど……」
「…………は?」
サドウスキーは一瞬何を言われたか理解できなかったようだが、次第に顔色が悪くなっていく。
恐る恐るアンジェリカに視線を向けると、ごく僅かに口角が上がっていた。
「え……。本当にパール様の……?」
「はい。私のママで真祖の──」
「アンジェリカよ」
黙っていたアンジェリカが口を開く。
特に声色に変化はないが、やはり微妙に口元が笑っているように見える。
こういうときのママは本当に怖い。
「あ、あのねママ! この人はママのこと知らなかったみたいで……! あ、そうだ! この前ドラゴンと戦ったときに手助けしてくれた冒険者さんだよ!」
あわあわとしながら身振り手振りでアンジェリカに説明をするパール。
だが──
「ん? たしかお嬢が身を挺してサドウスキーを助けたんじゃなかったか?」
「ああ。ドラゴンのブレスでサドウスキーが死ぬ寸前だったところを、お嬢が身を挺して救ったって話だ」
「そのせいでお嬢もガチでヤバかったって聞いたぜ」
余計なこと言うなああああああああ!!
せっかく丸く収めようとしたのに台無しだよ!
パールはもう怖すぎてアンジェリカの顔を見ることができない。
「……そう。あなたがそうなのね。アリアから聞いているわ」
お姉ちゃん何言ったの!?
「ちょっと、あちらで話をしましょうか」
無機質なアンジェリカの声にパールもサドウスキーも、ほかの冒険者たちも一様に「ヒッ」と小さく声を漏らしたのであった。
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