第五十五話 予期せぬ襲撃
800年の時を経てアルディアスと再会したアンジェリカは、かつて戦いになった原因をアルディアスからパールにバラされてしまう。レベッカからエルフの里を救ってほしいと依頼されていたアンジェリカだったが、これ以上戦う意思はないとアルディアスに伝え、報告のために里へ戻ろうとしていた。
「……御母堂様はどうしてしまわれたのか」
攻撃の拠点となった小高い丘の上に立つレベッカは、アンジェリカが飛んでいった森の奥へ目を向け一人ごちた。
魔法を放ったあと御母堂様は信じられないものを見たような顔をしていた。そのあと、飛んでいった先の上空で聖女様のお名前を叫ばれていたようだが……。
突然丘から飛び去ったアンジェリカの行動がまったく理解できず、レベッカは悶々としながら戻りを待つしかなかった。
と、そのとき。ふっと風が揺らいだ気がして振り向くと、そこにはアンジェリカとパール、キラの3人が立っていた。
「御母堂様!それに聖女様とお弟子様も」
「待たせて悪いわね、レベッカ。とりあえず皆を連れて里へ戻りましょう」
アンジェリカの後ろに隠れて苦笑いを浮かべるパールが気になりつつも、先頭に立って歩きだしたアンジェリカをレベッカは追いかける。
「御母堂様。フェンリルはどうなりましたか?」
「それも含めて里長のもとで話すわ」
「おお、アンジェリカ様。もしやもうフェンリルをお倒しになられたのでしょうか?」
里長は先ほどと変わらぬ笑みを携えてアンジェリカたちを出迎えてくれた。
それについて話がしたいと告げたアンジェリカたちを、村長は客間へと案内する。
用意された椅子に座ると、まずアンジェリカが口を開いた。
「まずフェンリルだけど、倒してはいないわ。でも、この村に被害を与えるようなことは絶対にない。それは私が保証するわ」
アンジェリカの話に里長は怪訝そうな表情を浮かべる。
まあ無理もない。
「……アンジェリカ様。それはいったいどういうことなのでしょうか」
「あのフェンリルは私の古い知り合いだったわ。それに、今は妊娠しているから派手な行動を起こすこともまずない」
「…………」
「ちなみにフェンリルを守っていたのはこの子。私の娘でパールよ。冒険者ギルドの依頼で調査に来て、たまたまフェンリルと仲良くなったらしいわ」
一度にいろいろな情報を伝えられ、里長はやや混乱気味である。
「私の愛娘はとても正義感が強く優しい子なの。妊娠して体を休めているフェンリルへ一方的に矢を射かけていたのを見て、魔法で反撃したらしいわ」
その言葉に、レベッカや一緒に丘へ赴いていたエルフたちは驚きを隠せなかった。
遠距離からとんでもなく凶悪な魔法を放ち、何人もの同胞に手傷を負わせたのが目の前にいる小さな女の子と聞かされたのだから無理はない。
「私もさっき、フェンリルと会って話してきたわ。エルフを攻撃する意思はないと言っていた。そもそも、フェンリルはそれほど好戦的な存在ではないわよ」
「むむ……」
里長は何やら難しそうな顔をしてうなり出した。
目と鼻の先に伝説級の神獣がいるのだから、その気持ちは分からんでもない。
「それに、あのフェンリルは800年前に私と戦って引き分けたほどの強者よ。本気で怒らせたらこの里なんて一瞬で消されちゃうわね」
この言葉がとどめとなったのか、里長は深くため息をつくとアンジェリカの目をまっすぐ見つめた。
「分かりました、アンジェリカ様。ただ、我々エルフは元来臆病で慎重な種族です。あまりにも里に近い場所にいられると、里の者も気が休まらぬでしょう」
たしかにそれはそうだろう。
「それに、このあたりにはここ以外にもエルフの里が複数あります。我々は受け入れても、ほかの里の者がどう考えどう行動するかは……」
正直、エルフがアルディアスに手を出そうがどうしようがアンジェリカの知ったことではない。
いくらエルフが魔法に長けているとはいえ、何人束になろうがフェンリルに敵うはずはないのである。
相手の力量も見極められず戦いを挑み、それで死のうが里が滅びようがどうでもいいことだ。
「……ねぇ、ママ」
ずっと黙っていたパールが初めて口を開いた。
「どうしたの?」
「アルディアスちゃんさ、魔の森に連れて行けないかな?」
……なるほど。その手があったか。
あそこなら私の庭みたいなものだ。何なら私の屋敷の敷地で番犬になってもらうのもいいかもしれない。
アルディアスが聞いたら間違いなく激怒しそうなことを平然と考えるアンジェリカ。
「さすがパールね。あそこなら私の屋敷しかないし、アルディアスも安心して生活できるわね」
番犬うんぬんはパールにも怒られそうなので言わない。
うん。これで一件落着じゃないの。
アンジェリカとパールのやり取りを聞いていた里長やほかのエルフも、どこかほっとした顔をしている。
「これでレベッカからの依頼も達成できたかしらね?」
「はい、御母堂様。フェンリルをお引き受けくださること、大変ありがたく存じます」
椅子に座ったまま恭しく頭を下げるレベッカ。
ただ、先ほどの案にはひとつ問題もある。アルディアスの意思を確認していないことだ。
もしアルディアスが拒否したら、また話は振り出しに戻ってしまう。
……まあ、何とかなるでしょ。
とりあえずアルディアスに話をしに戻るか、とアンジェリカたちが席を立とうとしたとき……。
森のほうから狼が遠吠えするような声が聴こえた。
遠吠えというよりは咆哮だ。
アンジェリカはそれに聞き覚えがあった。
800年前、アルディアスを激怒させ激しい戦闘になったときに聞いた咆哮だ。
「ママ!!」
森で何かが起きている。もしかして、何者かがアルディアスを襲った?
フェンリルに戦いを挑むなど愚かなことだが、今のアルディアスは妊娠している。
おそらく普段通りの力は出せないだろう。
何かよくないことが起きていると感じたのか、パールの目には涙が浮かんでいた。
「パール、キラ、行くわよ」
二人の手を握ると、アンジェリカは先ほどまでアルディアスと話していた場所まで転移した。
「アルディアスちゃん!!」
転移した先で、アンジェリカたちは目を見張った。
目に映るのはおびただしい数のアンデッド。
それが次々とアルディアスに襲いかかっている。
アルディアスはほとんど動くことなく、尾や腕でアンデッドを粉々に砕いていくが、さすがに数が多すぎる。しかも、アルディアスは本調子ではない。
アンジェリカはアンデッドがもっとも集中して固まっている場所に狙いを定め、巨大な魔法陣を展開させた。
『炎帝』
詠唱と同時にアンデッドが一気に燃え上がる。
「アルディアスちゃん! 大丈夫!?」
『クックッ。パールよ、アンデッドごときに妾がどうにかされるわけがないであろう』
強がるアルディアスだが、お腹を庇いながら攻撃しているためやや息が切れているように見える。
背中や手、足などいたるところに手傷を負い出血もしていた。
「ちょっと待ってね!」
パールはすかさずアルディアスの体に触れ、癒しの力を行使する。
『おお……。これが聖女がもつと言われる癒しの力か。さすがじゃのう』
「それよりアルディアスちゃん! こいつらいったい何なの?」
なぜこんなにも大量のアンデッドがアルディアスを襲っているのかが分からない。
「妾にも皆目見当がつかぬ。今までこのようなことはなかったのじゃがのう」
と、そのとき。
風を切り裂く音を耳の奥で聞いたパールは、アルディアスを庇うように魔法盾を展開させた。
キィンと音を立てて弾かれる矢。
それはエルフが使っている矢だった。
「んんー? 命中したと思ったのになあ」
場違いにのんきな声がする方向へ目を向けると、そこには木の枝に座り新たな矢をつがえるエルフの姿があった。
「……あなた、誰?」
直感的に敵だと判断したパールは、いつでも魔法を放てるよう準備しつつ警戒態勢をとる。
「それはこっちが聞きたいよ。フェンリルを守ったってことは君は僕の敵ということでいいんだよね?なら、一緒に死んでね」
そこそこ手練れに見えるエルフはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてパールに狙いを定める。
正直、パールは今回の一件でエルフに対して悪感情しかない。
目の前の男に不快な言葉を投げかけられ、パールのエルフに対する印象は決定づけられた。
「……本当にエルフって最悪」
目の前にいる不快なエルフの運命が決まった瞬間である。
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