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第五十四話 過去の蛮行

最後の決着をつけるべくアンジェリカとパールは互いに魔導砲を放つが、それにより自分たちが誰と戦っていたのか理解する。空の上でパールから話を聞いたアンジェリカは、フェンリルの名がアルディアスであることを知り、彼女の居場所まで連れて行くようパールに告げたのであった。

時の経過はさまざまな変化を招く。


だが、やや距離を置いて向き合う二人に時の流れによる変化は感じられない。


800年ぶりに再会したアンジェリカとアルディアス自身がそう感じていた。



『そなたがパールの母親だったとは、思いもよらなんだわ』


巨体を起こしたアルディアスは、高い位置からアンジェリカを見下ろすようにして語りかける。


「……私はあなたがここにいることも、パールがあなたを守っていたことにも驚いているわ」


いろいろありすぎて多少混乱していたアンジェリカだったが、今はすっかり落ち着きを取り戻していた。


「ねぇママ。アルディアスちゃんと知り合いだったの?」


二人のあいだに立つパールは、双方へ交互に顔を向けつつ率直な疑問を口にした。


「……ええ。昔ちょっとね」


スッと二人から視線を外すアンジェリカ。


どこかその仕草は、触れられたくない過去に触れられ気まずさを感じているように見える。


いったい何があったのママ。


800年ぶりに再会したにしては、二人の会話は弾まず、むしろ剣呑な雰囲気さえ漂わせている。


過去にひとつの国が滅びかけたほどの戦いを繰り広げたのであるから、当然と言えば当然である。


『クックッ。パールよ。そなたの母はかつて妾と三日三晩にわたり戦った間柄じゃ。結局決着はつかなんだがのう』


目を細めてくつくつと笑うアルディアスだが、目の奥は笑っていないように見える。


「え!? そうだったんだ!」


なぜかキラキラとした目でアンジェリカを見つめるパール。


「……ええ。まあそんなところね」


相変わらずアンジェリカは歯切れが悪い。パールには母が何か隠しているように見えた。


「ねぇママ。アルディアスちゃんと戦いになった理由は何?」


その問いを投げかけたとき、明らかにアンジェリカが狼狽したのがわかった。


何か言えないことがあるのかな?


それならなおさら聞きたいんだけど!


『クックッ。そなたの母はあまり話したくないようじゃのう。では妾が話してやろう』


「……!」


アンジェリカがやや恨めしそうな視線を投げかけたが、アルディアスはそれを無視して語り始めた。



『800年ほど前、そなたの母はねぐらで休んでいた妾のもとへこっそりとやってきた』


「うんうん」


『その日は妾も疲れておったからのう。普段なら何者かが近づけばすぐ気づくんじゃが、気づけずに眠りこけておったのじゃ』


「うんうん。それで?」


『そなたの母は妾の背後に回り込むと、妾の尻尾の毛を皮ごと剥いで持ち帰ろうとしたのじゃ』


「「……へ?」」


パールとキラは呆気にとられ思わず変な声を出してしまった。


それはもしかして……。


「…ねぇママ。いったいどうしてそんなことしようとしたの?」


パールのジト目がアンジェリカに突き刺さる。


「う…。その、きれいな白銀の毛だから、毛皮で服を作りたいと思って…」


何とも豪胆すぎる逸話に、キラは腰を抜かしそうになった。


ときに神すら噛み殺すと言われる伝説の神獣、その毛皮で服を作ろうとするとは。


しかも、生きているフェンリルから直接剥ぎとろうとするなど、狂気の沙汰である。


「だって、本当にきれいだったんだもの。それで、どうしても欲しくなって。でも、お願いしたところではいどうぞ、とはならないじゃない?」


だからといって無理やり剥ごうとするなんて怖すぎるよママ!


「だから、フェルナンデスに居場所を探らせて、夜こっそりアリアと一緒に毛皮を剥ぎに行ったの」


アリアお姉ちゃんもか!


『まあさすがに妾も気づいての。すぐ戦闘になったんじゃが…』


ただの密猟者と獣の話ではない。双方が伝説級の強さを誇る生物である。それだけで戦闘の規模が窺える。


「わ、私は戦うつもりなんてなかったのよ。でも、いきなり噛みつこうとするし…」


『無理やり毛皮を剥がれそうになって噛みつかぬわけがなかろう』


正論である。


「う…。まあ、戦闘になったから仕方なく戦うことにしたの。こうなったら倒してから毛皮を剥げばいいやと思って」


さっきから言うことが怖いよママ!


パールもドン引きである。


「でも、戦闘が始まってすぐにアリアがアルディアスの精神干渉を受けてしまって。私一人でアリアとアルディアスを相手にすることになったのよ」


『そうじゃったのう。それで戦闘の規模が大きくなりすぎて、国の半分くらいが壊滅したんじゃったな』


サラッと凄いこと言った。


まあアリアお姉ちゃんとママが暴れたらそうなるよね。アルディアスちゃんも強そうだし。


「私も油断したところに精神干渉を受けて、結構大変だったのよ」


『それはお主の自業自得であろう』


うん、そうだと思うよママ。


『三日三晩戦い続けたところでお互い疲労が頂点に達しての。そこで戦いは終わったのじゃ。それ以来アンジェリカと会うことは一度もなかったのう』


「…そうね。今となっては懐かしい思い出ね…」


まるで美談のように言っているが、希少な毛皮を密猟しようとして失敗しただけの話である。


『それで、なぜ今ごろになって妾の前に現れたのじゃ。そもそも、なぜそなたがエルフに味方して妾を攻撃する』


「ああ。エルフの知り合いに頼まれたからよ。森にフェンリルが棲みついてるから何とかしてほしいって。まさかパールたちがいるとは思いもよらなかったけどね」


ジロリと横目でパールとキラに視線を向けると、二人とも慌てて目をそらした。


「しかも、娘と弟子にいいようにやられるなんてね。いろいろ衝撃というか何と言うか…」


アンジェリカはため息をついて肩を落とす。


『クックッ。妾も驚いたわ。人間の小娘、しかも聖女がフェンリルである妾を守ろうとするとはの。しかも、それがアンジェリカの娘とは。奇妙なものじゃのう』


「…そうね。でも、パールならそうするでしょうね。あなた、お腹に赤ちゃんがいるんですって?」


アンジェリカがアルディアスのお腹に目を向ける。


『うむ。少々身重での。こうでなければ今ごろエルフの里など跡形も残っておらぬよ』


アルディアスはまたくつくつと笑うと、丘のほうへ目を向ける。



『それで、アンジェリカ。どうするつもりじゃ? エルフからの願いはまだ叶えておらぬであろう。800年前の決着をここでつけるか?』


にやりと笑うかのように口の片側をつり上げると、鋭い牙が剥きだしになった。


「はあ。そんなことしないわよ。パールからも言われているし。私からエルフたちには説明するわ」


『ほお。そなたも丸くなったようじゃの。というか年をとったのかの』


「はあ!? そんなわけないでしょ!? 私はまだ2000年も生きていないのよ!?」


目を剥いてぎゃいぎゃいと抗議するアンジェリカ。


このような母親の姿を見るのは初めてだったので、パールは少々驚いてしまった。


やっぱり女の人は年を気にするものなんだね。うんうん。


このような感じで、若干締まらないままアンジェリカとパールの代理戦争は終わりを告げたのであった。



※昨日誤字報告していただいた方、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] もし二人が死んじゃってたら錯乱したアンジェの八つ当たりでこの辺廃墟どころか不毛の地になりそう。
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