第五十三話 決着
威力を抑えているとはいえ、ことごとく魔法を防がれたことに苛立ちが収まらないアンジェリカは決着をつけるべく禍々しい魔力を解き放つ。紅い瞳に冷たい光を携え魔法の発動準備に入るアンジェリカ。二人の戦いは最終局面を迎えるのであった。
禍々しい魔力に呼応するように森の木々がざわめく。
空に薄くかかる雲の隙間からは一筋の光が差していた。一種幻想的な光景ではあるものの、それに見惚れるものは誰もいない。
『──パールにハーフエルフの娘よ。今すぐここから立ち去るのじゃ』
アルディアスはゆっくりと巨体を起こすと、遠くに見ゆる丘へ鋭い視線を向けた。
「どういうこと?」
『気づいておろう。どうやら彼奴らのなかに尋常ならざる者がおるようじゃ。これほど禍々しい魔力は久しぶりに感じたわ』
アルディアスはパールを見下ろすようにして語りかける。
『間もなくここへ強力な魔法を撃ち込んでくるであろう。妾だけなら何とでもなる。そなたらは早くここを去るのじゃ』
何とでもなることはないがの。無関係な子どもを巻き込むわけにもいかんじゃろうて。
「大丈夫だよ、アルディアスちゃん。私だってこう見えてAランク冒険者なんだから。絶対にアルディアスちゃんを守るから!」
腰に手を当てて勇ましく胸を張るパールに、アルディアスはぽかんとしてしまう。
「それにね……」
突然周りの木々が騒がしくなる。溢れる膨大な魔力が風を巻き起こしているのだ。
「私も魔力には自信があるから」
アルディアスに背を向け、遠くの丘に目を向けるパール。溢れる魔力によりブロンドの髪とスカートがふんわりと持ち上がる。
『展開』
直径1メートル前後の魔法陣が五つ、パールの前方へ横並びに展開する。
「アルディアスちゃんも、お腹の赤ちゃんも私が守るんだから……」
パールは両手を前方に突き出すとさらに魔力を練り始めた。
「……そう。そっちもやる気満々ってわけね」
おもしろい。
これほど膨大な魔力の持ち主はここ数百年出会ったことがない。
範囲限定の魔法はあまり得意じゃないけど、私にとって特別な魔法で相手をしてあげる。
『展開』
アンジェリカの前方に魔法陣が顕現する。
両手を前方へかざし魔力を練った。
これで確実に決める。
その瞬間、風は止み二人の世界を沈黙が支配した。
直後。
『『魔導砲!!!』』
アンジェリカとパール、双方の声が重なり同時に魔導砲が放たれた。
それぞれの魔法陣から放たれた光弾は凄まじい速さで空気を切り裂いてゆく。
二人が放った魔導砲は追尾型であるため、動くものを優先的に捉える。
その結果、双方のちょうど中間地点となるあたりの上空で光弾は激しくぶつかり合った。
強力な魔力同士の衝突により爆発が起き、あたりには爆風が吹き荒れる。
アルディアスは咄嗟にパールをくるむように抱く。
『パール!大丈夫かえ?』
とんでもない魔法を放った少女を心配して顔を覗くと、大きく目を見開き何かに驚いているようだった。
「……さっきのって、魔導砲──?」
アンジェリカは驚愕した。
先ほど森から放たれた強大な魔法はたしかに魔導砲だった。
アンジェリカの独自魔法である魔導砲を使える者はこの世に自身ともう一人しかいない。
「……パール?」
思考が追いつかない。
いったいどういうこと?なぜパールが?私が戦ってたのはパールってこと?ん?フェンリルはどうなった?
ダメだ。こんな状態で考えても分かるはずがない。
とりあえず、さっきの魔法を放ったのが本当にパールなのかどうか確認しないと。
アンジェリカは飛翔魔法で丘から飛び立ち、目標がいたであろう地点に少し近づいた。
フェンリルがいるのならあまり近づきすぎるのは危険だ。
『増幅』
アンジェリカはすっと息を吸い込むと──
「キ、キラちゃん……、さっきの魔導砲だよね……?」
恐る恐るキラに尋ねると、キラも顔を青くしていた。
「う、うん……。でも、あれってお師匠様の独自魔法じゃ……」
まさか。ということは──
「パーーーーールーーーーーー!!」
とんでもない大声があたりに響きわたった。
もう間違いない。ママだ。
さっぱり意味分かんないけど一つだけ確実なことがある。
「絶対に怒られるよね……」
パールの呟きにキラも思いっきり項垂れた。
「アルディアスちゃんごめん。ちょっと待っててね。ママがいるみたいだから。あ、もう攻撃はないと思うから!」
パールはそう言い残すとキラに抱き抱えられ空へと昇っていった。
呆然とするアルディアス。
『さっきの声は……まさか……』
アルディアスはその声の主にたしかな覚えがあった。
「……どういうことかしら?」
空の上で顔を合わせた母娘と師弟。
アンジェリカは努めて冷静に振る舞っているが、珍しく相当ご立腹であった。
もし本気で戦っていたら、愛娘と弟子を殺していたかもしれないのだ。
娘であるパールも、アンジェリカが怒り心頭なのは声のトーンから理解していた。
これはもうすべて正直に話すしかない。
パールは諦めて、ギルドマスターから依頼されたことからここにいたるまでの経緯をすべて話すことにした。
…………
「それでね、森にいたフェンリルのアルディアスちゃんはお腹に赤ちゃんがいるの。それで動けないのに、エルフさんたちが攻撃してくるから、アルディアスちゃんを守りたいって思ってつい……」
伏し目がちに説明を続けるパール。
恐る恐る上目遣いにアンジェリカの顔を見ると、なぜかぽかんとした表情を浮かべている。
「……ねえ、パール。そのフェンリルは本当にアルディアスと名乗ったの?」
「……うん? そうだよ?」
「……何もされていないのね?」
「うん。アルディアスちゃんはとても優しいんだから」
「パール。そのフェンリルのもとへ案内してくれるかしら」
パールはアンジェリカに怪訝そうな目を向ける。
「……何もしない? もしまだ攻撃するなら、たとえママでも怒るからね。家出しちゃうからね」
それは困る。まあ今さら攻撃する気なんてもうないのだが。
「大丈夫よ。ママを信用して」
アンジェリカがパールの約束を破ることはあり得ない。
パールもそれを理解しているからこそ、アルディアスのもとへ案内することにした。
「アルディアスちゃん!待たせちゃってごめんね!」
アルディアスは伏せたまま顔を上げてパールたちを出迎えた。
『気にするでないパールよ。それにしても、このような偶然があるとは思わなんだ』
「え?」
『久しいな。真祖アンジェリカ・ブラド・クインシーよ。800年ぶりか?』
「ええ。まさかあなたとこのような場所で再会する日がくるとはね」
神すら嚙み殺すと言われた伝説級の神獣フェンリルと、世界に恐怖をまき散らしおとぎ話で語り継がれてきた真祖。
その気になれば世界すら支配できる伝説の神獣と真祖は、800年の時を経てここに対峙したのであった。
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