第五十二話 駆け引き
思いもよらず対立することになってしまったアンジェリカとパール。お互いを認識せぬまま始まった初戦は引き分けに。それぞれ癒しの時間を経たのちに第二戦の幕が上がろうとしていた。
霧が肌にまとわりついてくる。
相変わらず晴れない視界のなかで、パールは明確な敵意を肌で感じとっていた。
「うう……凄い威圧……」
先端の鋭い針で繰り返し肌をチクチクと刺されているような痛み。視界の奥に霞んで見える丘の上から放たれる威圧に、パールは思わず声を漏らした。
「エルフの魔法って凄いんだね、キラちゃん」
「うん……。いや、エルフ……なのかな? あれほど強力な魔法を使うエルフなら私も噂程度に知っているはずなんだけどな」
キラは目を細めて遠くに見える丘へ視線を向ける。
たしかにエルフは魔法に長けた種族だ。長く生きているエルフのなかには、大魔法使いと言って差し支えない技量の持ち主も少なからずいる。
ただ、それを考慮しても先ほどこちらを攻撃してきた魔法は異常だ。
霧に隠れて見えないアルディアスを正確に狙う技術、パールの魔法盾を一度の攻撃で数枚破壊する威力。
これほどのことができるエルフが果たしているのだろうか。
あんなことできるの、お師匠様くらいしか私は知らない……。
もし、今対峙している相手がお師匠様と同等の力量をもつ者なら、私たちに勝ち目はない。
アルディアスを助けたいパールちゃんの気持ちは分かる。でも、私はパールちゃんをお師匠様のもとへ無事に連れ帰る義務がある。
本気で危なくなったときはここから離脱することも考えないといけない。
小さくため息をついたキラだが、耳の奥で風を切り裂く音を拾い即座に戦闘態勢へ移行した。
「パールちゃん! 来るよ!」
「うん!『魔法盾』!」
パールがキラとアルディアスを隠すように魔法盾を展開する。魔力が向かってくる気配は小さい。おそらく魔力を込めた矢を放っているのだろう。
と、前方斜め上から雨あられのように矢が降ってくる。
この程度の魔力を込めた矢尻ではパールの魔法盾を貫通できない。
「矢は通じないって分かっていると思うんだけど、どうして同じ攻撃をしてくるんだろう」
魔法盾を維持しながらパールは思考を巡らせる。
あ。もしかして──
「キラちゃん! 私の代わりに魔法盾でアルディアスちゃんを矢から守って!」
「ん!? り、了解!」
不思議そうな顔をしたキラだったが、素直にパールの言葉に従い魔法盾を展開する。
「向こうに何人いるか分からないけど、これは止められないでしょ」
アンジェリカは前方へ突き出した右手の平に魔力を集中させる。
『雷撃槍』
詠唱と同時に放たれた雷の槍が標的を貫くべく森のなかを一直線に飛翔する。
そう。アンジェリカは丘から下りて魔法を放っていた。
つまり、エルフの矢は敵の注意を上に向けさせるための囮である。
おそらく相手は飛来する矢を防ぐため前方斜め上に防御壁を築いているはず。
今なら真正面からの魔法攻撃が有効だとアンジェリカは判断した。
「多少時間はかかったけど、これでお終いかしらね」
アンジェリカはこれで決着がつくことをほぼ確信していた。
のだが。
「あ。やっぱり」
パールの予想通り、真正面から強力な雷の魔法が迫ってきた。
「通用しない矢をしつこく撃ってくるから、もしかしたらーって思ったんだよね。『魔力装甲』!」
魔力装甲を展開して防御には成功したが高威力であるため衝撃は凄い。
「ひゃんっ!」
かわいい声をあげて後ろに転がりそうになったパール。
後頭部を地面に打ちつけそうになったが、すかさずアルディアスが右手をサッと出してパールの小さな体をふんわりと受け止めた。
「ありがとう、アルディアスちゃん! 頭打つところだったよー」
『よいよい。それにしても、よくここまで敵の攻撃を読んだものよ。童とは思えぬ頭のよさじゃ』
ふふん。もっと褒めて。
何となくだけど、向こうがやってきそうなことが分かるんだよね。何でかな?
しばらくすると雨あられのように降り注いでいた矢も止んだ。
「……噓でしょ? また防いだの?」
半ば呆然とした表情を浮かべるアンジェリカ。勝ったと思っていただけにこの結果は少々悔しい。
彼女にしては珍しく、思わず奥歯をギリっと噛みしめた。
何なのよ。まさかこっちの姿が見えているんじゃないでしょうね?
いや、それなら攻撃してくるはずだからそれはないか。
なら、矢を射かけたことから私の意図に気づいたってこと?
ああもう。忌々しい!
一瞬、森ごとすべて焼き払いたくなったアンジェリカだったが何とか思いとどまった。
と、標的のいる方角から魔力の高まりを感じた瞬間、頭の上をいくつもの閃光が伸びていくのを見た。
あ。まずいかも──
アンジェリカはすぐさま丘の上へと転移した。
「丘の上にいたエルフさんたちは何とか倒せたかな?」
多分だけど、強力な魔法を使えるのは一人だけなんだと思う。さっきの攻撃も単発だったしね。
さて、さっきの人はどうするのかな?
ほかのエルフさんが全員倒されても、一人で向かってくるかな?
もしかするともっと強力な魔法使ってくるかもしれないし、できれば帰ってほしいなー。
丘の方角に目を向けそのようなことを考えるパール。
なお、丘の上はパールの放った魔散弾で惨憺たる状況だった。
かろうじてレベッカは無事だったが、ほとんどのエルフはどこかしらに手傷を負ってしまっていた。
『む。気をつけよパール。丘の方角から尋常ではない魔力の高まりを感じるぞよ』
伏せていたアルディアスが首を持ちあげて警告する。
パールとキラも、禍々しい魔力がどんどん膨れあがっていくのを肌で感じていた。
「ずいぶん虚仮にされたものね。もう遊びはお終いよ」
アンジェリカの体から黒い魔力が立ち昇る。
あまりもの禍々しさに、レベッカと他のエルフたちは気を失いそうになった。
まさか、怒りのあまりこの森をすべて焼き払うつもりなのでは……。
レベッカがゴクリと喉を鳴らす。
「ご、御母堂様。まさか森をすべて焼く、などということは……」
「そんなことしないわよ。狙うのはあそこにいる忌々しい連中だけよ」
恐る恐る聞いてくるレベッカに応えるアンジェリカの声は、いつもと違い若干苛立ちが混じっていた。
会話しながらもアンジェリカはどんどん魔力を練り込んでいく。
魔法に長けた種族であるエルフでも感じたことがない、濃すぎる魔力に何人かは気を失った。
「……さようなら。まあまあ楽しめたわよ」
紅い瞳に冷たい光を宿したまま、アンジェリカは最後の魔法を発動しようとしていた。
母たる真祖と娘たる聖女、互いを認識しないまま展開された戦闘はいよいよ最終局面を迎えたのであった。
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