第五十一話 それぞれの癒し
アンジェリカが放った強力な魔法を防御し、お返しと言わんばかりに魔散弾による報復の反撃を行ったパール。まさか母と、娘と戦っているとは露ほども気づかず闘志を燃やす二人。初戦は引き分けに終わり、決着は次戦に持ち越されたのであった。
ランドール共和国の辺境に広がる霧の森。
濃い霧が支配するこの森の大半はエルフの活動領域である。レベッカの話ではエルフの里が6つほど混在しているとのこと。
ほとんどのエルフは里を出ることなく静かに暮らし続けるのだとか。里を出て教会聖騎士になったレベッカが特殊ということか。
レベッカに案内されて里に入ると、エルフたちがちらちらと視線を送ってきた。腹立たしいと感じないのは、人間のように邪な気持ちがないためだろう。
「御母堂様。里の長と私の母親に会っていただけますか?」
面倒くさいからいい、と断りたいのを堪え、長のもとへ案内してもらう。
「ようこそおいでくださいました、真祖アンジェリカ様。私はこの里の長でレベッカの父親でもあるマリスです」
「レベッカの母ミゼルです。ようこそおいでくださいました」
20代にしか見えない眉目秀麗な男性エルフと容姿端麗な女性エルフが頭を下げる。
というよりレベッカ、里長の娘だったのか。里長の娘が外の世界で自由に生きてて問題ないのだろうか。
「まさか、レベッカがあの国陥としの吸血姫と一緒に里帰りする日がやってこようとは」
「ええあなた。驚きましたね。アンジェリカ様、伝説の真祖にお会いできて本当に光栄です。それに、こんなにも美しいお方だったなんて」
基本的にエルフは男女関係なく美しい顔立ちをしている。だが、それと比べてもアンジェリカの美しさは際立っていた。
「フフ。お世辞でも嬉しいわ」
破壊力抜群の笑顔で応えるとマリスもミゼルも顔を赤くして俯いてしまった。
「アンジェリカ様に来ていただいて、我々一同心より感謝しております。先ほどの戦闘についてもレベッカから聞きました」
「エルフはもっと排他的だと思ってたけど」
「排他的というよりは、あまり積極的に他種族と交流しない、と言ったほうが正しいかもしれません。うちの馬鹿娘はちょっと特殊ですが」
長にジロリと視線を向けられ目を逸らすレベッカ。
やっぱり特殊だったのか。
「これといったおもてなしもできませんが、せめてもと思いこれを用意しました」
まさか血じゃないよね。前にソフィアが自分の血を献上しようとしたことを思い出す。
長が手を打ち鳴らすと、部屋に10人くらいのエルフが入ってきた。
男女半々、どの子も美形だ。
「このようなことしかできませんが、この者たちでアンジェリカ様を癒せないかと思いまして」
ふむふむ。そう言えばここ数十年そういうことしてないわね。
屋敷にはパールもいるから連れ込むわけにもいかないし。
アンジェリカとて女盛りである。性欲がないわけではない。
「フフ。ならお言葉に甘えて癒してもらおうかしら。どこか部屋を貸してもらえる?全員借りていくわ」
男も女も関係なく10人全員を相手にするという豪傑ぶりに、一瞬長はギョッとするがすぐに部屋を手配してくれた。
パールもいないしたまには思う存分楽しませてもらおう。
実際には割と近くにいるのだが。
そしてアンジェリカは美形のエルフたちを侍らせたまま用意してもらった部屋へと消えていった。
「攻撃してこなくなったねー」
アルディアスの隣に立ち警戒していたパールだったが、魔散弾を放って以降は矢も魔法も飛んでこない。
「もしかして全員倒しちゃった?」
「それか一度撤退したってところかな」
怪我人でも出たのかな?でも仕方ないよね。まだ何も悪いことしてないアルディアスちゃんにいきなり攻撃するんだもん。
あ。そうだ。
「ねえねえ、アルディアスちゃん」
『む。どうしたのじゃ?』
「モフモフしていい!?」
仮にも神獣であるフェンリルをペットのように扱おうとするパールに、キラはギョッとした顔をする。
神獣も誇り高い種族だ。さすがにそれは難しいだろう。
『うむ。よいぞ』
いいのかよ!
思わず心のなかでツッコミを入れるキラ。
「わーーーーい!」
パールは両手を広げてアルディアスの首元に抱きつく。
「あーーモフモフだぁ……幸せ」
『小さな身で妾を守ってくれておる礼じゃ。遠慮せずともよいぞ』
その様子を少し羨ましそうに眺めるキラ。
『なんじゃハーフエルフの娘。そなたもしたいのか?』
目でしたいと訴える。
『そなたも妾を守ってくれておる。好きにしてよいぞ』
「あ、ありがとうございます!」
許可を得られたことに歓喜したキラは、アルディアスの後ろ足付け根あたりに顔を埋める。
「はああああ。モッフモフだあああ」
パール以上にだらしない顔でモフるその姿はとても幸せそうである。
アンジェリカが美形のエルフ10人とベッドで癒しという名の快楽を貪っているなか、娘と弟子はフェンリルを思う存分モフモフして英気を養っていたのであった。
「さて。すっかり癒されたしそろそろ二回戦といこうかしらね」
部屋から出て伸びをしているところへやってきたレベッカに、アンジェリカがそう告げる。
すでにベッドの上で10回戦以上しているアンジェリカだが、疲れるどころか肌はいつもに増して艶々していた。
なお、部屋のなかでは生気を吸われつくしたエルフたちが裸のまま折り重なって倒れている。
真祖の精力おそるべし。
「お楽しみいただけたようで何よりです、御母堂様」
「ええ。おかげ様ですっきりしたわ。レベッカも混じればよかったのに」
さらっととんでもないことを言われ、レベッカの長い耳が先まで真っ赤に染まった。
「い、いえ! 私などそのような……!」
基本的にエルフは性に奔放な種族である。レベッカがこのような反応をしてしまうのは、人間の世界で長く生きていることに関係があるのだろう。
そのようなことを考えつつ、レベッカを伴ったまま森を見渡せる丘へと向かう。
役に立つかどうかは分からないが、志願した8人ほどのエルフが同行することになった。
森の様子は先ほどと変わりない。
濃い霧が立ち込める森の一点に、圧倒的な存在感を放つモノがいる。
一方、森のなかでは癒しを得たパールとキラが警戒態勢のまま遠くにぼんやりと見える丘に意識を向けていた。
肌がピリピリとする感じ。こんなに離れているのに威圧されている。
パールは小さな拳をグッと握るとまっすぐな視線を丘に注ぐ。
「「さあ。始めようか」」
母と娘による代理戦争、二回戦の幕が上がろうとしていた。
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