第五十話 代理戦争
霧の森に足を踏み入れたパールとキラは神獣フェンリルと出会う。お腹に子どもがいるというフェンリルのアルディアスを守りたいと考えたパールだったが、どこからか強力な魔法が撃ち込まれ間一髪防御に成功したのであった。
霧の森を見渡せる小高い丘の上に立つアンジェリカは、風に靡くドレスのスカートを手で押さえつつ静かに森を凝視した。
その表情はいつもと変わらない。
が、内心は穏やかではなかった。
私の魔法が止められた? いくら威力を落としているとはいえ、ドラゴン程度なら一撃で殺せるほどの魔力は込めた。
そもそも、手応えがおかしい。まるで魔法で打ち消されたような感覚だった。
フェンリルなら受けるより回避行動をとるはず。つまり、あそこにはフェンリル以外の何者かがいる可能性が高い。
「御母堂様?」
何事か考えているアンジェリカの顔をレベッカが心配そうに覗き込む。
「……私の魔法が止められたわ。おそらく、フェンリル以外の何者かがいる」
「そ、そんな……!」
アンジェリカが放った魔法の威力が尋常でないことは誰の目にも明らかだった。
レベッカをはじめ、見守っていた里のエルフたちも先ほどの一撃で勝負は決したと信じて疑わなかった。
さて、どうするか。
「森ごとなくなってもいいのなら簡単なんだけど」
フフッと笑いながらとんでもないことを口にするアンジェリカに、レベッカやエルフたちの顔が青くなる。
森の管理者たるエルフがそのようなことを認めるはずがない。まあ言ってみただけよ。
レベッカと一緒に空を飛んでここへ来たとき、ちょうどエルフたちが森に向かって矢を放っていた。
彼らと顔見知りであるレベッカがアンジェリカに助力を願ったことを説明し、面倒ごとはさっさと終わらせようとしたアンジェリカがすぐさま魔法を放ったのである。
「じゃあ、これならどうかしら」
森は霧に包まれフェンリルの姿は見えないが、明らかに只者ではない存在がそこにいることを肌で感じる。
アンジェリカはそこへ狙いをつけると、さらに強く濃く魔力を練り始めた。
『座標固定』
森のなかの一点にぼうっと一つの魔法陣が浮かび上がる。
アンジェリカは右手を突き出しそこを指さした。
『長距離射撃』
先ほどより強力な一撃を放つ。
閃光が空気を裂いて一直線に標的へ向かう、が。
「──また止められた」
信じられない。一度ならず二度までも。
いったいあそこに何がいるというのだろう。
驚きが強い興味に変わったそのとき。
「──レベッカ! 下がりなさい!」
たった今魔法を撃ち込んだあたりがキラリと光ると、瞬間おびただしい数の閃光がアンジェリカたちに襲いかかった。
丘の一帯に魔力が凝縮された細い光の雨が降り注ぐ。
アンジェリカもこのような魔法は見たことがない。
とてもではないが回避はできない。魔法を無効化するアンジェリカはともかく、敵の異様な魔法に数人のエルフが地を舐める羽目になった。
アンジェリカは確信した。
「尋常ならざる者がフェンリルのそばにいる」
もちろん自分の娘だとは思いもよらないアンジェリカであった。
-数分前-
「パールちゃん!またヤバそうな魔法が来るよ!」
「分かった!」
高威力の魔法が来ると分かっていれば対処はできる。
『魔力装甲!』
分厚く堅牢な魔力の盾が顕現する。魔法盾より遥かに強度は高いが、その分防御できる範囲は狭くなる。
だが、相手はアルディアスを狙っている。それさえ分かっていれば魔法の軌道も容易に予測できるし防御も可能だ。
とはいえ、この魔法の威力は異常だ。魔力装甲の表層が抉られている。
「つ、強い……。ママ以外にこんな強力な魔法を使える人がいるなんて」
何を隠そうママである。
「でも、やられっぱなしじゃいられないよ!キラちゃん、アルディアスちゃんを守って!」
「了解!」
パールは魔力装甲を解除すると即座に魔力を練り始める。
『展開』
パールの前方にいくつもの魔法陣が展開する。それぞれの魔法陣には、極小の魔法陣が数え切れないほど内包されている。
「いっくよーー!『魔散弾』!!」
魔法陣からおびただしい数の閃光弾が放たれた。
相手が攻撃してきた方角から何となく敵の居場所は分かる。
これで何とかなってくれるといいんだけど。
『ほう。なかなか興味深い魔法を使うではないか、聖女殿よ』
狙われている身だというのにアルディアスはどこか楽しそうだ。
「パールだよ、アルディアスちゃん。さっきのは、もともとママから教わった魔法を私なりに改造したんだよ」
『ふむ。そなたの母親は高位の魔法使いか何かか?きっと強いのであろうな』
パールはアルディアスのほうへ向き直りパッと明るい笑顔を向ける。
「うん!私のママは最強だからね!」
アルディアスは一瞬きょとんとしてしまったが、すぐにくつくつと愉快そうに声を漏らした。
微笑ましい童じゃのう。じゃが、この歳でこれほどの魔法を使えるように育てるとは、よほど優れた魔法使いであることは事実であろう。
……最強かどうかは分からぬが。
長きを生きるなかで、真に最強と称せる者は一人しか知らない。
真祖の王女、アンジェリカ・ブラド・クインシー。
アンジェリカ、あやつは強かったのう。結局勝負はつかなんだ。精神干渉できなければやられていたかもしれぬ。
そう言えば、先ほど撃ち込まれた魔法といい、この童が放つ魔法といいどこかアンジェリカを思い出させるのう。まあ気のせいじゃろうが。
アルディアスは霧の向こう側にぼんやりと見える遠くの丘に目を向け、遥か昔に思いを馳せた。
「レベッカ、大丈夫?」
先ほどの魔法でレベッカはいくつか手傷を負っていた。周りに視線を巡らせると、丘にいたエルフの大半が手傷を負い、なかには倒れて動かない者もいる。
「は、はい、御母堂様。今のはいったい……」
「私も知らない魔法ね。まさかこんなところで高位の魔法使いに出くわすなんてね」
悪戯っぽい笑顔で言葉を紡ぐアンジェリカ。
それにしても、いったいどういうことなのだろう。
状況から考えると、何者か分からぬ高位魔法使いがフェンリルを守っている、と推測するのが一番しっくりくる。
だが、そもそもフェンリルが他種族と共闘などするだろうか?
分からないことだらけだ。
「とりあえず、怪我人が多いから一度撤退したほうがよさそうね」
レベッカたちも無言のまま肯首する。
アンジェリカは森を振り返り一点に視線を向ける。
偶然にも同じくしてパールも丘の方角を視界に捉えた。
「「このままじゃ終わらないから」」
霧でお互いの姿が見えないなか、母娘二人の声が重なる。
母娘二人による代理戦争、初戦は引き分け。勝負は次戦に持ち込まれたのであった。
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