第四十九話 霧の森の銀狼
ギルドマスターから霧の森に棲みついた魔物について調べるよう依頼を受けたパールとキラ。一方、アンジェリカはレベッカからエルフの里を救ってほしいとお願いされる。乗り気でなかったが事情を聞いて渋々引き受けることになったアンジェリカであった。
「うう……不気味な森だねキラちゃん……」
「うん、魔の森とはまた違う雰囲気……」
ギルドマスターから調査の依頼を受けたパールとキラは、さっそく噂の森へ足を踏み入れた。
リンドルまではアリアの転移で連れてきてもらい、そこからはキラがパールを背中にのせて飛翔魔法で飛び続けた。
森に入った二人がまず驚いたのは霧の深さだ。
濃い霧がいたるところに立ち込めており、油断するとすぐに方向感覚を失ってしまう。
大きな魔物を見たとかいう冒険者さんはよく無事に出られたもんだ、とパールは変に感心してしまった。
ただ、パールが慣れ親しんでいる魔の森に比べると魔物の数は少ないようだ。現に、森へ足を踏み入れてからまだ一度も魔物に遭遇していない。
それがより一層不安を掻き立てるのだが。
「ねえパールちゃん……。手、繋がない?」
若干裏返った声でキラが手を伸ばしてくる。
「うん。霧が凄いし、迷子になったら困るからね」
六歳のパールよりキラのほうがこの状況を怖がっているようだ。
「…………!?」
「パールちゃんも気づいた?」
尋常ではない気配。
つま先から頭の先まで一気に凍てつかされたかのような感覚。
それに、何だろうこの変な感じ。今まで経験したことがないような、変としか表現できない感じ。
「パールちゃん、気をつけて。多分例の魔物だと思う……」
「うん……。でも、この感じちょっとヤバくない?」
背中を嫌な汗が伝う。
先ほどからの変な感じに混じって、チリチリと肌を焼くような敵意も伝わってくる。
二人は身を低くして慎重に歩を進めた。
土と腐った落ち葉の臭いが鼻腔を刺激する。視線の先には相変わらず濃い霧と森の木々。と、そのとき明らかに植物とは異なる何かが視界に入った。
それを目にした瞬間、キラは戦慄した。
目の前に鎮座するは、全長3〜4メートルはあろうかという巨体に見事な白銀の被毛を纏う狼。
「フ……フェンリル……!」
冒険者なら知らぬ者はいない、伝説級の種族である。
勝てるわけがない。逃げなければ──!
すぐさまパールの手を引いて引き返そうとしたのだが、いつの間にかパールが消えている。
止まりそうになる心臓を無理やり動かし、慌てて周りを見まわすと、何とパールはすたすたとフェンリルのもとへ歩み寄っていた。
キラは泡を吹いて倒れそうになった。
こうなったら、いちかばちか飛び出してパールを抱え飛翔魔法で飛び去るしかない。
覚悟を決めたキラだったが──
「うわぁ〜!きれいな狼さん!」
パールはフェンリルのすぐそばまで近寄ると、顔を見上げるようにして感嘆の声を漏らした。
慌てたのはキラである。
「パ、パ、パールちゃん!」
パールは振り返りもしない。
「狼さん。とってもきれいな毛を触ってもいい?」
パールはキラキラした目をフェンリルに向ける。
すると……。
『妾の美しい毛並みの価値が分かるとは。そなた人間の童にしてはなかなかやるようじゃのう』
「しゃ、喋った!?」
フェンリルが言葉を話したことに驚いて飛び上がるパール。
『くっくっく。これでも長く生きておるからのぅ』
「そうなんだー!凄いね狼さん!」
子どもならではの柔軟さであっさり受け入れた。
『む。妾は狼などではないぞよ。妾はフェンリルじゃ。まあ童に言っても分からぬかの』
「フェンリル……?」
前にママが読んでくれた本で聞いたことあるようなないような。
『うむ。妾はフェンリルのアルディアス。1000年以上生きておる神獣じゃ』
1000年以上!凄い。ママと同級生だ。
『む。それはそうとお主。妾の精神干渉をまったく受けておらぬようだの。そっちのハーフエルフも』
キラはいまだ放心状態だが、これは精神干渉を受けたわけではない。
「あ、もしかしてあの変な感じって、アルディアスちゃんがやってたの?」
『せ、1000年以上生きている妾にちゃん付けはよすのじゃ。何やら恥ずかしいわ』
変なところで照れ始めるアルディアス。
『ま、まあ呼び方など何でもよいがな。それで、お主どうして妾の精神操作が効かぬのじゃ?』
と、アルディアスはパールの手の甲に浮かぶ紋章に気づく。
『ほう。これは珍しい、聖女とはな。精神操作が効かぬのも納得じゃ』
「聖女を知ってるの?」
『長く生きておるからの。それで、お主たちいったいここへ何をしに来たのじゃ?』
パールはアルディアスに、ここへ来るに至った理由をざっくりと説明した。
『なるほどのぅ。妾はこれといって問題を起こすつもりはないのだがの。まあ、あちらはそうではないようだが』
「パールちゃん!」
『魔法盾!』
キラが叫んだのと同時に振り返ったパールは、即座に魔法盾を展開する。
そこへ殺到するいくつもの矢。
どうやら矢尻に魔力を練り込んでいるようだ。
それにしてもいったいどこから?
『ほう。童のくせにやるではないか。さすがは聖女殿といったところか』
くつくつと愉快そうに笑うアルディアス。
「んもう。笑いごとじゃないよアルディアスちゃん。これって何なの?」
『この森に住んでおるエルフどもだ。どうしても妾を殺すか追い出すかしたいらしい』
「どうして?」
いきなり矢を放って殺そうとするなんて酷いよ!
ぷんぷんと聞こえてきそうな勢いで怒り出す。
『奴らは森の管理者などとのたまっておるしの。それに、妾がここにいては奴らも気が休まらんのであろう』
「そんなことで?キラちゃん、エルフってそうなの?」
「うーん。私はハーフエルフだし、どちらかというと人間寄りだからなぁ。でも、純血のエルフはめちゃくちゃ排他的らしいよ」
そうなんだ。私のなかでレベッカさんの評価が一気に下がっちゃったよ。
いきなり風評被害を受けたレベッカ。哀れである。
「アルディアスちゃんはここを動く気はないの?」
『ここは居心地がよいからの。それに、今は動けぬ理由がある』
アルディアスが伏せていた体を起こす。
『今、妾の腹には子がおるのじゃ』
まさかの妊婦さんだった。
お腹に赤ちゃんいるときは大人しくしとかなきゃなんだよね。お姉ちゃんに読んでもらった本で知ってるよ!
「……ねえ、キラちゃん」
「どうしたの?」
「私、アルディアスちゃんを助けたい」
とんでもないことを口にするパールに思わず呆れるが、何となく彼女ならそう言い出す気がしていた。
でも、それは即ちエルフを敵に回すということだ。
さてどうするかな……。
と、その刹那──
遥か遠くでキラリと何かが光ったと思うと、とんでもない魔力が接近するのを感じた。
「パールちゃん!!」
これはヤバい。まさか高位魔法!?
『魔法盾×5!!』
瞬時に魔力の接近を感知したパールはすぐさま魔法盾を複数枚展開してアルディアスを庇った。
凄まじい衝撃。
魔法盾を見ると、たった一撃の魔法で3枚の盾が消失していた。
「嘘でしょ!? ドラゴンのブレスでももう少しもったのに!」
エルフの魔法ってこんなに凄いの・・・?
──でも、私はアルディアスちゃんを守るって決めたんだ!
決意を新たにするパール。
そこから約1キロほど離れた小高い丘の上。
魔法を放った張本人である真祖、アンジェリカは霧が立ち込める森へ静かに視線を向けていた。
ここに、最強の真祖アンジェリカとその娘で聖女のパール、母娘二人による代理戦争の火蓋が切って落とされたのである。
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