第四十七話 極秘の依頼
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森のなかは霧がくゆり視界を遮るには十分だった。じめじめとした空気を肌に張りつかせたまま、嗅覚と聴覚で周りの状況を把握する。
刹那、ひゅんっと風を切り裂く音が聴こえたかと思うと、足元の地面に矢が刺さった。
ただの矢ではない。十分な魔力が練り込まれた矢じりからは、明確な殺意が感じられる。
『こざかしい耳長どもめ。このようなもので妾を殺せると、本気で思うておるのか』
じゃが、たしかに奴らからすれば今が千載一遇の機会であることには違いなかろうて。
そのことに耳長どもが気づいているかどうかは知らぬが。
霧のせいで奴らの姿は見えない。そもそも、この近くにはいないはずである。
相当離れた場所から、こちらの魔力のみを探知して矢を放っているはずだ。
耳長どものなかに相当な手練れがおるのであろう。
再度、魔力を込めた矢が風を巻きながら飛来するが、体へ届く前に尻尾で叩き落とす。
脅威ではなくとも忌々しい。
だが、今はまだ辛抱するときじゃ。
妾の体が自由を取り戻したとき、まだ敵対するようであればそのときは容赦はせん。
地に伏したままのそれは、くつくつと少し楽しそうに笑いながら体を丸め眠りについた。
リンドルの街は今日も活気に満ちあふれている。
国が新たな体制になったあとも大きな混乱はなく、人々の生活にも大きな変化はなかった。
「こんにちはー--!」
冒険者ギルドの扉を勢いよく開いてなかに入ってきたのは、ブロンドの髪が眩しい一人の少女。
真祖の愛娘として育てられた聖女、しかもAランク冒険者でドラゴンスレイヤーという前人未到の肩書をもつパールが元気に挨拶しながらギルドに入ってきた。
「こんにちはお嬢」
「お嬢元気だったか?」
「お嬢ちー--っす!!」
屈強で強面な冒険者たちからかけられる声に答えながら、パールは受付カウンターへ向かう。
「トキさん、こんにちは! ギルドマスターさんはいますか?」
「パールさんこんにちは。ええ、執務室にいらっしゃると思いますよ」
眼鏡が似合う受付嬢、トキが柔和な笑みを携えて応える。
「分かりました!ありがとうございます」
ギルドマスターさん直々に話があるって何だろう? また面倒なことじゃないといいんだけど。
そんなことを考えつつ執務室の前に立ち、扉をコンコンと軽くノックする。
「どうぞ」
「失礼しま……あ。キラちゃんもう来てたんだ」
「ああ。私も少し前に来たばかりだよ」
ハーフエルフのキラはアンジェリカの弟子なので、普段はパールと一緒に魔の森の屋敷で暮らしている。
昨日はリンドルの街で冒険者仲間と宴会を繰り広げ、そのまま街の宿屋に泊まったようだ。
「パール様。よくお越しくださいました」
ギルドマスターのギブソンが、相変わらず生真面目な態度でパールに言葉をかける。
「いえ。今日はいったい何のお話しですか? まさか、また講師の話じゃないですよね?」
あれはあれでいい経験になったけど、もうしばらくはいいよ。神経も使うしね。
「ええ、そういう話ではないです。実はですね──」
ギルドマスターさんの話はこうだ。
最近、霧の森に得体のしれない魔物が棲みついているとのこと。霧の森はランドール共和国の首都から相当離れたところ、いわゆる辺境に広がる森だ。
ジルジャン王国時代からほとんど手つかずの森で、エルフの里がいくつかあるらしい。
普段はほとんど人も入り込まない場所だが、たまたま迷い込んだ低ランク冒険者の一人が、森のなかで巨大な魔物を見かけたとのこと。
ただ、不思議なことにその冒険者は魔物を見たこと自体は覚えているものの、どのような魔物を見たのかはまったく思い出せないそうだ。
うーん。不思議な話だ。
「精神干渉を受けているということですか?」
キラの質問にギブソンは軽く頷く。
「確信はありません。ですが、状況から見てそう判断しました」
「精神干渉するような強力な魔物か……」
「森の管理者であるエルフが対処できるのならよいのですが、できなかったときのことも我々は考えなくてはなりません。そのような魔物が人間の街に現れると大変なことになります」
えーと、つまり。私たちにその森へ行って得体の知れない魔物を退治してこいってことだよね。
「とりあえず、一番の目的は情報収集です。退治するかどうかはそれからですね。あと、この依頼に関しては極秘扱いでお願いします」
むむ?どうして?
「精神干渉するような魔物が出現したとなると、人々のあいだに混乱を招きかねません。かつて、精神を操作する魔族に人の街がいくつも滅ぼされてきた事例があります」
なるほど。そういうことね。
「あくまで今回の依頼は情報収集。霧の森へ向かうということも秘匿してください」
まあ、ママに知られたら危ないからって止められそうだしね。
「分かりました。じゃあさっそく明日霧の森に行ってみますね」
「そうだね。ケトナーとフェンダーを連れていくと目立つから、私とパールちゃんの二人で行こうか」
「女子旅だね」
ちょっとした遠足気分できゃいきゃいと騒いでいるパールとキラに、ギブソンは少々呆れたような視線を向けるのであった。
-アンジェリカ邸-
「──お嬢様、侵入者です」
どうやら結界を越えてなかへ入ってきた者がいるらしい。だが、アリアの表情に焦りの色がまったく見えないことから、侵入者の正体は何となく察しがついているようだ。
「……あの子、また来たのかしら」
リビングからテラスへ向かい、森のほうへ目を向けると──
「アンジェリカ様ー----!」
雪のように真っ白な美しい髪を揺らしながら一人の女性がこちらへ手を振っている。その隣には白い鎧を纏った騎士の姿が。
エルミア教の教皇、ソフィア・ラインハルトと護衛の聖騎士レベッカである。
「前にも聞いたけど、ソフィア。教皇って暇なの?」
ジトっとした視線をソフィアに向けるアンジェリカ。
「い、いえ!そんなことはないのです!今日は私じゃなくて、レベッカがアンジェリカ様にご相談したいことがあるとのことでやってきたのです」
レベッカが? また聖騎士を鍛えろなんて話じゃないでしょうね。
ちらと横目でレベッカを見ると、いつも通りまじめな顔つきだがどこか疲れたような表情を浮かべていた。
「何かあったの?」
わざわざここまで足を運ぶようなことだ。聞くぐらいはしてあげないといけないだろう。
「……アンジェリカ様。恥を忍んでお願いがございます。どうか、エルフの里を助けていただけないでしょうか」
また面倒なことが始まりそうな気がする。そう確信めいた予感がしたアンジェリカであった。
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