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閑話 アンジェリカの憂鬱

いつもお読みいただきありがとうございます。明日から第三章の投稿を始めますので、よろしくお願いします。

「どういうことか説明してくれるかしら?」


アンジェリカ邸のリビングで向き合う二人の美少女。


真祖でありこの屋敷の主人でもあるアンジェリカと、その眷属でメイドのアリアである。


説明を求められたアリアはやや俯き加減で冷や汗をかいている。


今、アリアはパールとアンジェリカのあいだで板挟みになっていた。



遡ること一時間前──


「ママ、明日はお姉ちゃんとリンドルの商業地区にお出かけしてくるね」


リビングでくつろぎながらパールが明日の予定を告げる。


「あら、そうなの?アリアは何も言っていなかったけど」


「き、きっと伝えるのを忘れてたんじゃないかな!?」


何その狼狽え方。分かりやすい子ね。


キィとドアが開く音が耳に入り目を向けると、ちょうどアリアが紅茶を運んできたところだった。


「ねえアリア。明日はパールとお出かけするの?」


「え?明日ですか・・あっ!はいっ!その予定です!」


いや、あんたたち二人して分かりやすすぎでしょ。本当の姉妹みたいね。


「そう。分かったわ。パール、紅茶飲んだらお風呂に入りなさい。明日お出かけなら早めに寝なきゃね」


「う、うん!分かった!」


微妙に目が泳いだのをアンジェリカは見逃さない。


いったい何を企んでるんだか。


小さくため息をついて紅茶を口に運ぶ。


チラとアリアに目をやると、やはりどこか落ち着かない顔をしている。


ここはひとつ問い詰めてやりましょうかね。



というわけで冒頭のやり取りにつながる。


「アリア。明日パールとお出かけというのは嘘なんじゃなくて?」


とても分かりやすく焦り始めたのを見てアンジェリカは仮説の正しさを確信する。


「あなたが私に嘘をつくなんてね。哀しいわね」


アンジェリカは少し目を伏せ哀しそうな表情を浮かべた。もちろん演技である。


「お、お嬢様!私はそんな──!」


哀しい表情のまま上目遣いでアリアを見つめ続ける。


「う……!」


よし、もう少しだ。相変わらずこの手に弱いわね。


「……私がお嬢様にお話したこと、パールには絶対黙っててくれますか?」


「内容によるけど……、まあいいわ」


アリアは軽く深呼吸をすると、とんでもないことを口にした。


「明日、パールはリンドルで冒険者の少年と一緒にお出かけするそうです」


たっぷりと漂う沈黙。


「…………は?」


やっと絞り出した第一声がこれだった。


いや、パールが少年とお出かけ?少年って男よね? 当たり前か。ん?なぜどうしてそんなことに?


必死に思考を巡らせるが理解できない。


「ギルドで仲がいい少年のようです。私は明日、リンドルまで転移で送ったあとカフェかどこかで時間を潰してほしいと言われました」


アリアの扱い雑っ。


まあそれはいい。でも冒険者の少年と二人で出かける?それって──


「お嬢様……。これってもしかして、デートなんでしょうか?」


雷に打たれたような気持ち。パールがデート?いやいや、早くない? もう親離れ? そんなの耐えられないんだけど。


「……パールはあなたに口止めしたのよね?」


「……はい」


どういうこと?本当にデートなのかしら? そもそも少年って何歳よ。パールはかわいい顔をしているが、六歳の女児に目をつけるとかとんでもない変態のスケコマシなんじゃないの?


パールが真祖である私の娘であることはリンドルの冒険者なら知っているはず。なら、よからぬことを考えることはないとは思うけど……。


「……アリア」


「はい、お嬢様」


「明日、私もこっそりリンドルへ行くわ」



-翌日-


アリアはパールを転移でリンドルに送ると、そそくさと近くの路地裏に入り込んだ。


僅かに時間を置いて、彼女の背後にアンジェリカが現れる。


「首尾はどう?」


「はい。私の蝙蝠がこっそりあとをつけているので見失うことはありません」


「よろしい。では行くわよ」


なお、今日のアンジェリカはいつものゴシックドレスではなく、水色のワンピースを着用し髪も後ろで一本に束ねていた。精いっぱい地味で目立たない少女に変装したつもりである。


アリアも尾行に備えて、メイド服の下に別の服を着こんでいた。こちらもワンピースだが、伸縮する素材を用いたタイトな服だったため、胸元の盛り上がりがさらに強調されることになってしまった。


ささやかな胸元のアンジェリカが一瞬忌々しげな表情を浮かべるが、アリアは気づかない。


そんなこんなでとりあえず尾行を開始した。



「ねえ。あれが例の少年?」


「そのようですね」


二人が視線を向ける先には、親子ほどの身長差がある少年と女児が横に並んで一緒に歩いていた。


どこかで見たことがあるわね……、あ。ギルドへ聖騎士が押しかけてきたとき、血を流して倒れていた子じゃない?


そう、少年の正体は赤髪のダダリオである。


たしか、あのときパールに癒しの力で治癒してもらっていたわね。まさか、そこから二人の距離が縮まって──!?


そんな妄想をしているうちに、二人は商業地区のなかに入っていった。


尾行がバレないよう細心の注意を払いつつ歩を進める。


商業地区は普段から混雑しているため、姿を隠しての尾行には適している。ただ、アンジェリカは人混み、というより人間に向けられる視線が嫌いであった。


地味な女の子に見えるよう変装はしているが、素材がよすぎるためやはり目立ってしまう。


イライラする気持ちを抑えつつ尾行を続けていると、二人はレンガ造りの小さなお店に入っていった。


看板を見るに、アクセサリーを扱うお店のようだ。


まさか、二人でお揃いの指輪とか買うんじゃないわよね……?


「アリア。あそこの窓まで行くわよ」


「え!? 近づきすぎじゃないですか?見つかっちゃいますよ?」


「大丈夫よ、多分」


アンジェリカはアリアを押し切って、往来側に面した店舗の窓下へ移動する。


静かに頭を上げてなかを覗くと、パールと赤髪の少年が商品を選んでいる最中だった。


何を買うつもりなのかしら、とさらに窓へ顔を近づけようとした瞬間、パールがパッとこちらを向いた。


咄嗟にしゃがんで難を逃れた二人だったが、これ以上は危険と判断し撤退することに決める。


その後、お店から出てきたパールと少年は二人でギルドの前まで歩いていき、そこで別れたのだった。



「お嬢様。どうやら別れたようですね」


「そうみたいね。あの子とはカフェで待ち合わせしているの?」


「はい。そろそろ向かいますね」


「じゃあ私は先に屋敷へ戻るわ」


結局デートかどうか分からず、釈然としない気持ちのままアンジェリカは屋敷へと戻るのであった。



-その夜・アンジェリカ邸-


食後にリビングでくつろぐアンジェリカとパール。


今日のことを聞きたくてたまらないアンジェリカだが、あまり干渉しすぎるのもよくないと思い我慢している。


ただでさえパールからは過保護だの過干渉だの言われ続けているのだ。問いただしたりして嫌われてしまっては元も子もない。


ただ、それでも知りたいものは知りたい。


悶々とした気持ちのまま、向かいで美味しそうに紅茶を飲むパールにちらちらと視線を向ける。


「……パール。今日は楽しかった?」


「うん。楽しかったよ!それでね……」


パールはスカートのポケットからごそごそと何かを取り出す。


きれいに包装した小さな箱のようだった。


「はい。これママに」


「え? 私に?」


予想外のことにアンジェリカは思わず目を丸くする。


「うん。ママ、いつも私を守ってくれてありがとう。冒険者の仕事でお金も稼げているし、ママに何か贈り物をしたいってずっと考えていたの」


包装を外して小さな箱を開けると、そこには三日月をかたどったペンダントが入っていた。


「どれにしようか迷ったんだけど、月ってママに似合うなって思って」


やだ、嬉しすぎて泣きそう。じゃあ、今日お出かけしたのはこのために?でも、なぜあの少年と?


「あのね、ママ。ごめんなさい。今日お姉ちゃんとお出かけって言ったけど、実は違うの」


うん、知ってる。


パールの話によると、あのお店はダダリオ少年の知人が経営しているお店らしい。ギルドでアンジェリカへの贈り物を買いたいと口にしたパールに、紹介と案内を買ってくれたようだ。


スケコマシとか言ってごめんダダリオ少年。


アリアにも内緒にしてたのは、こっそり用意して驚かせたかったとのこと。


うん。その企みは成功してる。めちゃくちゃ驚いてるし嬉しいし、本当に涙が出そう。


「ありがとう。パール」


膝をついて目線を合わせ、ぎゅっと抱きしめた。


「大切にするわ。私にとって二番目に大切な宝物だから」


「えーーー。一番じゃないの?」


リスのように膨らませた頬がかわいらしい。


「ええ。だって一番の宝物はあなただもの」


この子が私の娘でよかった。


私がこの子の母親でよかった。


心の底からそう思ったアンジェリカであった。

お読みいただきありがとうございました!

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