閑話 常勝将軍フェルナンデス
かつていくつもの国を単独で滅ぼし、いつしか国陥としの吸血姫と呼ばれるようになった真祖の王女アンジェリカ。
その彼女を長きにわたり支え続けてきたのが万能メイドのアリアである。家事から大規模な戦闘まで担える彼女はアンジェリカにとってなくてはならない存在だ。
そしてもう一人。アンジェリカを陰から支え続けてきた者がいる。
アンジェリカの執事、フェルナンデス。長身痩躯、後ろへ撫でつけられた灰色の髪、余計なことは口にしない寡黙な男。アンジェリカ曰く、誰よりも美味しい紅茶を淹れてくれるとのこと。
「お嬢様。例の件、片付けて参りました」
「そう。ご苦労様。問題はなかったかしら?」
「ええ。素直な御仁で助かりました」
初老の執事はこともなげに告げる。
だが、彼に命じたことはそれほど簡単なことではない。デュゼンバーグ特別区、獣人族を統治する者の屋敷への潜入と工作。それが彼に与えた仕事である。
だが、初老の執事はまるで散歩へ出かけてきたかのような口ぶりで片付けたと口にした。
普通なら驚くべきことだが、目の前の執事にとってその程度のことは朝飯前であるとアンジェリカは理解している。
彼こそアンジェリカの忠実なる執事であり、かつて真祖の軍を率いて多くの戦場を血に染めてきた常勝将軍、フェルナンデスである。
「フフ、愚問だったわね。あなたからすれば歯応えがなさすぎたかしら?常勝将軍さん?」
口角を少し上げ、ニンマリとした笑みを向けるアンジェリカ。
お嬢様のこういう悪戯っぽい表情は昔から変わりませんね。フェルナンデスは遥か昔に思いを馳せる。
-1500年前-
「進め進めーー!!今こそ好機だ!悪魔族の奴らを皆殺しにせよ!」
この頃の真祖一族は悪魔族と頻繁に戦端を開いていた。数ある種族のなかでも悪魔族の強さは際立っている。いくつもの種族が悪魔族によって根絶やしにされたほどだ。
だが、悪辣とも言える強さを誇る悪魔族であっても、真祖一族を蹂躙することはできなかった。
なぜなら、戦場にはいつもあの男がいたからだ。
真祖の当主が絶対的な信頼を寄せる将軍、フェルナンデス。
巨大な矛を棒切れのように操り敵をなぎ倒す、万夫不当の将軍である。
彼が戦場に立つだけで空気が変わる。兵は一様に士気を高め、昂りの咆哮が天と大地を震わせた。
その強さから常勝将軍とも呼ばれるフェルナンデスは、まさに真祖一族が誇る最強の矛であった。
「フェルナンデスー!今日の戦いはどうだったの?」
声の主を振り返ると、そこにはアンジェリカお嬢様が立っていた。御当主にとっては一人娘であり真祖の王女でもある彼女は、戦から戻った私によく声をかけてきた。
「お嬢様。いつも通りでしたよ。私が出るまでもありませんでした」
「そうなんだ!やっぱりフェルナンデスは強いのね!」
満面の笑みを浮かべながら飛び跳ねるお嬢様。
御当主だけでなく、兄上たちからも絶大な愛情を注がれている彼女だが、すでに戦闘力だけなら一族のなかで随一とも言われている。
いずれ彼女も戦場へ出る日がやってくるのだろうか。
そんなことを考えていると、何とも言えない気持ちになった。
お嬢様が戦場へ出ることがないよう、私が粉骨砕身働けばよい。
私は本気でそう考えそう願っていた。
だが、思いもよらぬ事態の発生により、彼女は幼くして戦場にその身を晒すのであった。
そして、そこには私も深く関わっていた。
あのとき、どうしてお嬢様は……。
「フェルナンデス?」
お嬢様に声をかけられ、物思いに耽っていたことに気づく。
懐かしい。あのような昔のこと、よく覚えているものですね。
「お嬢様、申し訳ありません。少し昔のことを思い出していました」
「あら。常勝将軍なんて古い呼び名を私が持ち出したからかしらね」
「そうかもしれませんね。ですが、私にとってその名はあまりいい思い出がありません」
これは本心だ。
常勝将軍などと周りから囃し立てられ、調子にのった挙句あのざまだ。
思わず眉間に力が入る。
「……まだあのときのことを気にしているの?」
アンジェリカの言葉に思わず身を固くする。
「…………」
気にしているのかいないのか、と問われれば、気にしているのは間違いないだろう。
私のせいで、私の力不足のせいでお嬢様を危険な目に晒したのだから。
「あなたが気に病むことはないわ。それに、もう大昔の話よ?いつまであのような昔のこと覚えてるつもりよ」
「……では、お嬢様はもうお忘れになられたので?」
「…………」
面白くなさそうに少し唇を尖らせる。このような顔を見せるのは珍しい。
パールを育て始めてからはおそらく初めてみる表情だ。
「あのときのことを私が忘れることは生涯ないでしょう。だからこそ、どのようなことでも慎重にことを運べるようになりました」
「……まあ無理に忘れろとは言わないけど」
私はお嬢様との会話を終えると自室に戻った。
思いもよらず遥か昔に思いを馳せてしまい、古傷が疼く。
あと数百年もすれば、あのときの話も笑ってお嬢様と話せるようになるのだろうか。
ベッドに腰掛けたフェルナンデスはそんなことを考えつつ静かに目を閉じた。
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