第四十六話 最後の訓練と後始末
ドラゴンの襲来から人々を守り討伐まで成功させたパールは、ギルドマスターからAランクへの昇格を伝えられたのであった。
訓練初日の大立ち回りに獣人族の襲撃、リンドルへのドラゴン襲来、パールの魔力枯渇にAランク冒険者への昇格。
短い期間ではあったがいろいろあったものだ。
エルミア教の教会本部、その裏手にある聖騎士団訓練場で訓練の様子を見守るアンジェリカは、そっと息を吐いた。
今日は約束の一週間目。訓練最後の日である。
目に映るのは、いつにも増して猛々しく訓練に励む聖騎士たちの姿。
訓練最終日だから、というのもあるだろうが、それ以上に彼らをやる気にさせた理由があった。
黒を基調としたゴシックドレスを纏い、足を組んで椅子に座るアンジェリカ。その隣の椅子にはパールがちょこんとかわいらしく腰かけ訓練を眺めていた。
冒険者ギルド主催の実技講習が終わったこともあり、パールは少し休暇をとっている。
聖騎士団の訓練についてくる?と聞くと満面の笑みで「行く!」との返事を貰えたため連れてきたのである。
日々過酷で理不尽な訓練をこなし、心身ともに疲弊しているであろう聖騎士だが、聖女であるパールの姿を目にすれば多少元気になるのでは。何となくそう思ったのだ。
その効果はてきめんだった。
訓練開始の前にアンジェリカが聖女であるパールを娘と紹介すると、聖騎士たちは喜びに打ち震えた。なかには涙を流す者もいたくらいだ。
やはり教会関係者にとって聖女は特別な存在らしい。
なお、当代の聖女が真祖の愛情を一身に受けている娘であることは、教皇の名義で教会関係者へ通達されている。今後面倒が起きないようにとの、ソフィアの配慮だ。
そんなわけで、今アンジェリカたちの目の前には「ここって戦場だっけ?」と言いたくなるような光景が広がっている。
いくら何でも気合い入れすぎじゃない?
パールはというと、何やらワクワクした表情で聖騎士たちが斬り結ぶ様子を見つめていた。
「ママ、こんなにたくさんの聖騎士さんを指導してたんだね!凄い!」
やだ嬉しい。
「パールだってたくさんの冒険者に指導してたじゃない」
そのうえドラゴンスレイヤーになってしまうとは。
真祖の愛娘で聖女でAランク冒険者、しかも凶悪な攻撃魔法を撃ちまくる六歳のドラゴンスレイヤー。
属性盛りだくさんである。
訓練が終盤に差し掛かると、アンジェリカは椅子から立ち上がり自ら剣をとり聖騎士たちの相手をした。
一時的とはいえ指導を任された身だ。やれることはやっておきたい。
一人ひとり打ち倒しつつ、一言かけていく。
今日が最後であることを聖騎士も理解しており、なかには涙を流している者もいた。
最後の一人は、先日獣人族の襲撃で一度死んだジャクソンだった。
青い瞳に真剣な光を宿し、鋭い闘気を纏ってアンジェリカへ斬撃を繰り出す。
残念なことに至極あっさりと捻じ伏せられるが、ジャクソンの表情は晴れやかだった。
そんなジャクソンに、アンジェリカは初めて素の笑みを向けた。
「整列せよ!」
訓練場にアンジェリカの凛とした声が響く。
聖騎士たちが一糸乱れぬ様子で整列し、訓練場が静寂に包まれた。
「一週間の訓練、ご苦労だった。理不尽に思えたこともあっただろうが、過酷な訓練を耐え抜いたことで貴様らは確実に強くなった。」
聖騎士たちは皆一様に口を固く結び、アンジェリカの一言一句を聞き漏らすまいとする。
「私は今日ここを去る。もう二度と会う機会はないかもしれない。だが、生きてさえいればいずれまた会える可能性はある」
聖騎士たちの目に涙が浮かぶ。
「いいか、現状に満足するな。貴様らより強い人間、魔物は大勢いる。死にたくなければ強くなり続けるのだ。強くなっていつか会えることがあれば、またそのとき私が稽古をつけてやる」
訓練場にすすり泣く声が広がる。感極まって嗚咽が止まらない者もいるようだ。
「では諸君。最後に一言」
…………。
「それなりに楽しかったわ。決して死に急がないように。みんな元気に頑張りなさい」
最後の最後で鬼教官の仮面を脱ぎ捨てたアンジェリカの言葉に、聖騎士たちは顔を覆って泣き始めた。
見るとなぜかパールも泣いている。いや、なんで?
演壇から降りたアンジェリカは、名残惜しそうにしている聖騎士たちに背を向け、パールを伴いその場から立ち去った。
何となく彼らからもみくちゃにされそうな気がしたからだ。
ソフィアに声もかけなきゃいけないしね。
そんなこんなで、ジルコニア枢機卿と教皇の間まで足を運ぶと、すでにソフィアとレベッカが待っていた。
「アンジェリカ様。一週間の訓練ありがとうございましたです」
「御母堂様。私からもお礼を言わせていただきます。ありがとうございましたです」
いや、レベッカにもソフィアの口調移ってない?
当初はレベッカもすべての訓練に参加するつもりだったらしいが、聖騎士団長ともなるといろいろ忙しいらしく、結局2日ほどしか参加できなかった。
「私もそれなりに楽しかったから問題ないわ。それより、獅子身中の虫は見つかったのかしら?」
例の内通者である。
「はい。ほぼ間違いないと思います」
「そう。なら早めに駆除したほうがいいわよ。些細な情報でも洩れるとまずいことはあるでしょ」
「そうですね……。それでアンジェリカ様。実際のところ、聖騎士たちは獣人族と同等に戦えるくらい強くなれたのでしょうか……?」
内通者を排除しても獣人族の襲撃がこれまで通り続くことはあり得る。教皇として訓練の成果を知りたいのは当然のことだ。
「それは難しいわね。強くなったのは事実だけど、そもそも獣人と人間とではもとの身体能力が違いすぎるわ。対等に戦うには戦略面の工夫も必要ね」
「なるほど……。ではレベッカ。それについてはあなたに任せます」
「は。かしこまりました」
レベッカは神妙な顔で頭を下げる。
「最近の獣人族はおとなしいですが、それがかえって不安というか……。今度またいつ襲撃があるか……」
ソフィアは相変わらず心配性のようだ。
「うーん。多分そっちは大丈夫だと思うわよ」
「え?なぜですか?獣人族がもう襲ってこない、ということですか?」
「フフ。多分だけどね」
いたずらっぽい含み笑いを見せるアンジェリカに、ソフィアは首を傾げるのだった。
-デュゼンバーグ特別区-
犬獣人族の長として、俺はこれまでいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた。
だからこそ、この特別区の統治者シャガとして獣人たちをとりまとめられている。
もちろん、そんな俺を疎ましく思っている奴らもいた。デュゼンバーグの王族とかな。
だが、幾度となく差し向けられる刺客をことごとく返り討ちにしてやると、次第に刺客が送られてくることもなくなった。
そもそも、この屋敷の警備は厳重だ。獣人の鼻や耳をごまかせる者などいない。
これまでの刺客もすべて、俺の部屋へたどり着くまでに捕えられるか殺された。
だからこそ俺は信じられなかった。
今、自分自身に起きていることを。
「決して後ろを振り返らぬように。振り返った瞬間、あなたの首は胴と離れますのでご注意を」
背後からの声に俺は小さく頷く。
執務室の椅子に座り書類に目を通していた俺は、突然背後に現れた気配に驚愕した。
落ち着きはらった男の声。それなりに年齢を重ねた刺客なのだろうか。
振り返りたくても振り返ることができなかった。
すでに室内の空気は恐怖に支配され、俺は声すら出せない状態なのだ。
振り返ったら殺される。これまで感じたことがない恐怖に全身の毛が逆立つ。
「私の要求はひとつです。今後、教会聖騎士と民への手出しはしないこと」
やはり、王族か教会が差し向けた刺客なのだろうか。
「もしこの約定を違えると、あなただけでなくこの特別区そのものが塵と化すでしょう」
声の質から脅しでないことが分かる。そして、それを現実のものにするだけの力があることも。
王族や教会の刺客ではない。背後に立っているのは人ならざる者だ。
おそらく、この男一人で特別区などあっさりと潰せるくらいの力があるのだろう。
「……分かった。表で警備をしていた連中は……殺したのか?」
「安心してください。気を失っているだけです」
殺すまでもない、ということだろう。いつでも殺せるのだから。
まあとりあえずはよかった。
聖騎士に手出しできなくなるのは忌々しいが、命あってのものだねだ。
「お約束いただけたようなので、私はこれで失礼いたします」
まるで執事のように丁寧な話し方を終始続けた刺客は、そう告げると音もなく背後から気配を消した。
あの男はいったい何者だったのか。
俺たちは、いつの間にか絶対に手を出してはいけない者と関わってしまったのでは──
恐ろしい考えに支配され、シャガはぶるぶると大きく体を震わせるのであった。
お読みいただきありがとうございました!
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