第三十五話 目立つ集団
教皇ソフィアの護衛であり、教会聖騎士団の団長でもあるエルフのレベッカから手合わせを申し込まれたアンジェリカ。レベッカにあわせて魔法を使わず、剣で相手をしたアンジェリカであったが、力の差は歴然であった。
ランドール共和国の首都リンドル。
さまざまな建物が整然と建ち並ぶ街の中心部で歩を進める四人の女性。
真祖アンジェリカに娘のパール、メイドのアリア、ハーフエルフの冒険者キラである。
あまりにも目立つ四人の姿に道行く人々は目が釘づけになってしまう。
今、四人はパールたち御用達のカフェへ向かうところである。
パールやキラがときどきお店のお菓子をお土産に買ってきてくれるが、アンジェリカが足を運ぶのは今日が初めてであった。
もう少しすると冒険者ギルドの集中実技講習が始まり、教会聖騎士への特訓も始まる。
アンジェリカやパールが忙しくなる前に、四人でお茶をしようということでやってきたのだった。
「ママ、あそこだよ!」
パールが指さす先にはレンガ造りのカフェが建っている。そこそこ規模も大きそうだ。
「パール、走っちゃダメよ」
アンジェリカとの初カフェがよほど嬉しいのか、今日のパールはずっとこんな感じだ。
こんなに喜んでくれるならもっと早く一緒に来てあげればよかったわね。
「いやー、私もお師匠様と一緒にここに来れて嬉しいですよー」
「私も右に同じくです」
キラとアリアも喜んでくれているらしい。
「フフ。私もみんなと足を運べて嬉しいわ」
これは本音である。アンジェリカは外出も誰かと出かけることにも拒否感はない。
ただ、人間からジロジロと不躾な視線を向けられるのが嫌なだけだ。
そのせいで外出が少なくなり、パールからは出不精や引きこもりと言われる羽目になったのだが。
カフェのドアを開き店内に入る。
清掃が行き届いた店内は白を基調としたインテリアでまとめられ清潔感があった。入り口近くからはよく見えないが、壁にはいくつか絵画も飾られている。
この店は入店して好きな席へ座ると、店員が注文をとりにくる形式らしい。
パールがお気に入りだというテラス席へ案内してもらう。
店内を少し進んだところで、何やら騒ぎが起きていることに気づく。
どうやら、女性客が店員に苦情を伝えているようだ。一人の男性店員が複数の女性に囲まれあたふたとしている。
女性たちの姿を見るに、どうやら貴族くずれの子女らしい。
ランドールが共和国になったことで貴族制度が廃止され、貴族の子女たちも平民になった。
だが、かつての栄華を忘れられないのか、平民となった今でも豪奢なドレスを身に纏っている。
それ自体も、店員に苦情を訴えるのも問題ないが、道をふさぐのはいただけない。
彼女たちが通路をふさいでいるせいで、アンジェリカたちはテラス席にたどり着けないのだ。
「まったく!どうなっているのよ!」
「そうよ!事前に聞いていた値段と違うじゃない!」
「もう二度と来ないわよ!?困るなら安くしなさいよ!」
貴族くずれにしては言うことがみみっちい。いや、貴族くずれだからこそか。
キャンキャンと犬のように姦しい女性たちに若干イライラが募るアンジェリカ一行。
そのまま女性たちに近づくと……。
「邪魔よ。道をあけなさい」
アンジェリカの言葉に「はぁ!?」と怒りに満ちた目を向ける女性たちだったが──
そこで彼女たちが見たものは、美人で巨乳なメイドとハーフエルフ、大人になればきっと美女になるであろう少女、ゴシックドレスを纏った紅い瞳が印象的な超絶美少女の四人であった。
「…………」
何もかも敵わないと悟った女性たちは途端におとなしくなり、そそくさと道を開け始める。
アンジェリカの恰好や言葉遣いから、やんごとなき人物と勘違いしたのかもしれない。実際にはやんごとなき人物どころではないのだが。
「さ、行きましょ」
アンジェリカが何事もなかったかのように口にすると、パールが急いでテラス席へ案内し始める。
さあ。パールと初めて母娘でカフェ。楽しむわよ。
変な気合を入れるアンジェリカであった。
-リンドル・冒険者ギルド-
「はあ!?Bランク冒険者、しかも6歳のガキが実技講習の講師だと!?」
ギルド内に野太い声が響き渡る。
声の主はサドウスキー。二十一歳と若くして数々の魔物を討伐してきた実績があるAランク冒険者である。
「ええ。そうですよ」
今にも噛みつきそうな目で睨みつけてくるサドウスキーと向き合って座るギルドマスター、ギブソンは静かに口を開いた。
「ふざけるな!こっちは凄腕の冒険者から指導が受けられるからと依頼をさっさと終わらせて帰ってきたんだぞ!!」
2メートル弱の身長に体重100キロ近い体躯のサドウスキーが、凄みのある声で怒鳴る。
「凄腕なのは間違いありません。実際、副ギルドマスターのシェクターは登録前の試験であっさり負けていますよ」
「……それは本当か?」
「ええ。それに、今はキラにケトナー、フェンダーのSランカー三人とパーティを組んでいます」
驚きに目を剥くサドウスキー。
「……悪いが信じられねぇ。それほど強い小娘ならなぜBランカーなんだ?」
「単純に討伐実績が足らずに昇格試験を受けられないからですよ」
「…………」
「パールさ── 彼女が強いのは私はもちろん、キラたちSランカーも認めています」
サドウスキーとて一流の冒険者である。Sランカーがどのような存在なのかはよく理解しているつもりだ。
SランクとAランクのあいだには越えられない壁がある。
ある意味、人外とも言える存在だ。
そんな奴らがその小娘を認めてるってのかよ……。
「彼女の魔力と魔法技術は相当なものです。何せ、あの国陥としの吸血姫から直々に指導を受けているのですから」
「はぁああ!!?」
「あ、言っていませんでしたね。彼女は真祖の愛娘です。講習の際にはくれぐれも言動に気をつけてくださいね」
「……やっぱり納得できねぇ。結局親の七光りじゃねえのか?」
サドウスキーにもAランカーの誇りと矜持がある。
実力もよく分からない小娘に指導してもらうなど納得いくはずがない。
ふざけやがって……。俺だけはぜってぇに認めねぇぞ……。
実力もないうえに鼻持ちならない小娘なら、講習のどさくさに紛れて傷めつけてやるからな。
まだ会ったこともないパールに憎悪を抱き物騒なことを考えるAランク冒険者。
この男こそ、のちにパールへ絶対の服従を誓い、生涯の下僕として命を懸け続けた「忠剣サドウスキー」その人であった。
「……ンッ!」
「どうしたの、パール?」
何か寒気のようなものを感じて体をブルリと震わせるパール。
「ん、何でもない。と思う……」
「まさか風邪じゃないよね?甘いもの食べて力つけなきゃ」
ママ、甘いもの食べても風邪は撃退できないと思うよ。
口のなかに広がる幸せな甘みを感じつつも、実技講習は何かと大変なことになりそうだな~……と小さな不安を胸に抱くパールであった。
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