第三十一話 真祖への謁見
アンジェリカからアリアを通じて教皇に贈られたのは、教会聖騎士五人の遺体と腕を切断されたエドワードであった。エドワードの愚かな行動に国の滅亡も覚悟した教皇ソフィア。その場でアリアに懇願し、アンジェリカに直接謝罪する機会を得たのであった。
かつて世界の半分を支配したと言われる真祖の一族。
圧倒的な戦闘力と高い知性を有し、吸血鬼の頂点として君臨し続けた恐怖の対象である。
そのなかでも真祖一族の王女はおとぎ話として長く語り続けられてきた。
単独でいくつもの国を滅ぼした「国陥としの吸血姫」。
敵対する魔族の国を攻めて支配下に置いた、無礼な態度をとった人間の国を魔法一つで更地に変えた、降伏を申し出た国を笑いながら焼き払ったなど、伝説は数えきれない。
エルミア教の教皇である私も、幼いころから国陥としの吸血姫のおとぎ話を何度も聞きながら育った。
何者も歯牙にかけない絶対的な強さと誰もが膝を屈する覇気を併せもった動く災厄。
そんな神話級の存在と私は今、オシャレなウッドデッキのテラスで一緒に紅茶を飲んでいる。
なぜこうなった。
「甘いものは嫌い?そのケーキ美味しいわよ」
アンジェリカは向かいに座るソフィアへケーキを勧める。自身もお気に入りのケーキである。
二人がいるのはアンジェリカの屋敷にあるテラスだ。
アリアに転移で連れてこられたばかりのとき、彼女は緊張なのか顔色が悪く目はうつろ、呼吸もやや乱れていた。
何となく見てられないと思ったアンジェリカが、テラスでのティータイムを提案したのである。
「あ、甘いもの好きです。いただきますです」
まだ言葉遣いがおかしい。そんなに緊張しなくても。
アリアから教皇が若い女性とは聞いていたが、思った以上に若くてかわいいお嬢ちゃんだったことにアンジェリカは少し驚いていた。
白く美しい髪が太陽の光によってより魅力的に煌めいている。
ケーキと紅茶を交互に味わい、彼女の緊張もややほぐれたように見えた。
「アリアからすでに聞いているわ。パールを連れ去ろうとしたのは彼らの独断だったらしいわね」
アンジェリカが本題を切り出すと、緊張がほぐれかけていたソフィアの顔色が再び青くなる。
「そ、そうです!その節はまことに申し訳ございませんでした!主犯の男は親のコネで聖騎士団の副団長に収まったような男で常に功を焦るような男でした。ただ我々の与かり知らぬこととはいえ教会に属していた男が真祖様とご息女様に迷惑をかけたことには違いありません。どのようにすればお許しいただけるのか分かりませんがどうか寛大なご処分を……!!」
一気に早口でまくし立てるように伝えると、ソフィアは椅子に座ったままアンジェリカに深く頭を下げた。
「そう。教会や国があの子をさらうよう指示したわけじゃないのね?」
「はい、それは間違いなく!私たちに真祖様に敵対するような意思はいっさいありません!」
若干涙目になって訴えるソフィアが少しかわいそうに感じるアンジェリカ。
まあ組織が大きくなれば下の者の行動に目が届かなくなるのは分かるけど。
「それでですね……。真祖様に私の誠意を分かっていただきたくて、こちらを用意してきました」
ソフィアは持参した紙袋から一つのガラス瓶を取り出した。水なら1リットルは入りそうだ。
なかには茶色っぽい液体が入っている。アンジェリカはその色に見覚えがあった。猛烈に嫌な予感がする。
「ねえソフィア。もしかしてそれ……」
「はい。私の血です。どうかお納めください!!」
やっぱりか。
「その分量を一度に抜いたの?」
「はい。瓶がいっぱいになるころには意識が朦朧としていました」
当たり前だ。吸血鬼だってそこまで血吸うことないわよ。いや、この子本当に教皇なの?何かぶっ飛びすぎじゃない?ちょっと怖いんだけど。
最強の真祖に怖いと思わせるエルミア教の教皇、大物である。
「悪いんだけど、血なんてもらっても使い道ないわよ」
「へ?」
間抜けな声を出すソフィア。
「一般的な吸血鬼はともかく、真祖は血なんて飲まなくても問題ないのよ」
「そ、そうなのですか……?」
ソフィアにとってこの情報は衝撃的だったようだ。
「まあ……せっかく持参してくれたんだし、下僕たちにあげようかしらね」
「つ、使い道があるのならよかったです」
そもそもアンジェリカは血など好きではない。
そのため、よっぽどのことがない限り吸血もしないのだ。
「聖女のことはもういいの?」
「ええ……。そうですね……」
「……?何かあるの?」
ソフィアは少し目を伏せたあと、デュゼンバーグの現状について静かに語り始めた。
-ランドール国境近くの峡谷-
ソフィアがアンジェリカの屋敷へ訪れる約二時間前。
「キラ!そっち行ったぞ!」
「任せて!パールちゃん、援護するからとどめはお願い!」
「分かったー!」
パールたちのパーティは、ギルドの依頼で国境近くの峡谷へ魔物退治に来ていた。
最近、この近くにワイバーンの群れが棲みついたらしい。
相当危険な依頼ではあったが、このメンバーなら何とかなるだろうということで足を運んだのである。
『炎矢×5!』
キラが放った炎矢がワイバーンを強襲する。だが、ワイバーンの表皮は硬度が高いうえに魔法への耐性もあるため、ダメージを与えるのは容易ではない。
「いっくよー--!『展開!』」
パールは魔導砲の準備に入る。いつもは自身の背後に魔法陣を展開させるが、今回は違う。
宙に静止するワイバーンに向けてパールが両手を伸ばす。
すると、ワイバーンを囲むように五つの魔法陣が展開した。
「よし!『魔導砲!』」
ワイバーンを取り囲む魔法陣から一斉に砲撃が開始される。
ただでさえ魔力が強いパールの魔導砲を受け、ワイバーンも無傷とはいかなかったようだ。
ダメージを受けたワイバーンが少しずつ高度を下げ始めたとき、ケトナーとフェンダーが得物を振り上げ襲いかかる。
「グギャアアアァアアァッッッ!!」
断末魔の悲鳴をあげてワイバーンは血の海に沈んだ。
「やった!パールちゃん偉い!」
「ガハハハッ!やるな嬢ちゃん!」
「油断するな!もう一匹来るぞ!」
そんなこんなでワイバーンと激戦を続け、最終的には六匹のワイバーンを退治したのであった。
「いやー、大漁だな。素材だけでも相当な稼ぎだぞこれ」
「だね。しばらく遊んで暮らせるわ」
へえー。ワイバーンの素材って高く売れるんだ。なんて思いつつパールはワイバーンの死体をまじまじと眺める。
それにしても、ワイバーンって頑丈なんだなー。魔法もたくさん使ったから疲れたよ。
普通の魔法使いならとっくに魔力切れになるほど、今日のパールは魔法を連発していた。
「パール嬢も今日は疲れただろうから、早くワイバーンを仕舞って帰ろう」
ケトナーの提案にキラとフェンダーが頷き、マジックバッグを用意する。
アイテムボックスの魔道具版だ。
「よし。ギルドへ帰還だ!」
-アンジェリカの屋敷-
「なるほど。そのような理由があったのね」
「はい……。もちろんそれだけが理由ではありませんが、聖女様がいれば状況はかなり改善されると考える者は少なくないでしょう」
「そうね……。ただ申し訳ないけど、私はあの子には自由に望みのまま生きてほしいと考えているわ」
「そうですよね……」
何となく重い空気が漂い始めた……そのとき──
「たっだいまー--!」
パールがアリアと一緒に帰ってきた。
「おかえり、パール」
「あれ?お客さん?」
かわいらしくコテンと首を傾げたパール。
「ええ、この人は……」
アンジェリカが説明を始める前に、ソフィアは椅子から飛び降りウッドデッキの上でパールに平伏した。
「え?え?何?」
驚くパール。当然である。
「聖女様!私はエルミア教の教皇ソフィア・ラインハルトです!先日は大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした!」
パールは茫然としつつ、アンジェリカのほうへ視線を向けた。
「聞いての通りよ。この女性はエルミア教の教皇で、先日あなたをさらおうとした聖騎士たちの頂点にいる人よ」
「そ、そうなんだ……。でもどうしてここに?」
「はい!私の目が行き届かないばかりに聖女様や真祖様へご迷惑をかけてしまいました。本日はそのことを謝罪に来た所存です!」
「ああ……まあ分かりました。私はいいんですけど、あの人たち冒険者さんに酷いことしたんですよ?そこは反省してほしいです」
パールは少し唇を尖らせて抗議する。
「もちろんです!あの者どもには重い罰を与えていますので!」
実際には大半の実行犯がアリアによって殺されているのだが。
「ならもういいです。あと、私は聖女かもしれないけどそれ以前にママの娘です。だからママのそばを離れる気はいっさいありません」
「はい……!それも理解しております」
ソフィアからデュゼンバーグの状況を聞いたアンジェリカは、少し複雑な表情を浮かべる。
だが、それはここで考えても仕方がない。
「それはそうとパール。今日はずいぶん疲れているみたいね?大変な依頼だったの?」
「うん!ワイバーンの群れを退治しに行ったの!」
「……ワイバーンの群れ?」
アンジェリカの声が少し低くなる。
あ、やば。そういえば、以前ママに「そんな危険な依頼はダメ」って言われてたんだった……。
「パール、あとでゆっくりお話ししましょうか」
その夜、パールは約1時間にわたりアンジェリカからお説教を受ける羽目になった。
そして翌日。
なぜかまたソフィアがやってきた。
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