第三十話 教皇の受難
真祖の怒りを買ったかもしれない事実に不安を抱くエルミア教の教皇ソフィア。一方、聖女に関する情報を秘匿し箝口令を敷いた教会側の対応に不満を抱いた聖騎士エドワードは、再度パールを連れ去るべくリンドルの路地裏に潜み機会を窺う。聖女の姿を見つけ路地裏から飛び出そうとした刹那、背後から美しいメイドに声をかけられたのであった。
聖デュゼンバーグ王国の教会本部、教皇の間。
エルミア教の教皇であるソフィアと枢機卿のジルコニアは、目の前の状況に恐怖と絶望感を抱かずにいられなかった。
彼女たちの目の前には五つの遺体が無造作に転がされ、両腕を切断されたエドワードが正座させられている。
教会本部に狼藉者が出現したと枢機卿から報告があったのはつい先ほどのこと。
一年に数回はこのようなことがある。いつものように聖騎士たちが問題なく対処するだろうとソフィアは考えていた。
ところが、報告からわずか数分後。
教皇の間へ一人の女性が現れた。肩まである綺麗な茶髪と大きな胸が印象的な、若く美しい顔立ちをしたメイドだ。
白いメイド服にはいくつもの返り血を浴びており、彼女が報告にあった狼藉者だとソフィアは直感した。
状況から考えるに聖騎士たちでは対処しきれなかったのであろう。つまり、目の前にいるのは人ならざる者だ。
ジルコニアがソフィアを庇うように前へ出る。
いったいこのメイドの目的は何なのか、そう考えていたところ彼女が口を開いた。
「ごきげんよう。教皇猊下と枢機卿で間違いないかしら?」
メイドはにっこりと微笑みながら質問してきた。
「……ええ。あなたは何者なのかしら?」
恐怖を押し殺し何とか言葉を絞り出す。
「これは失礼。私は真祖アンジェリカ・ブラド・クインシー様の忠実な眷属でメイド、アリア・バートンと申します」
ソフィアたちが驚愕したのは言うまでもない。
「アンジェリカ様から届け物を承っております。そのうえで、そちらの真意を知りたいとのことです」
ソフィアとジルコニアはワケが分からず顔を見合わせた。
すると、メイドは何もない空間に手を入れ何かを取り出した。おそらくアイテムボックスだろう。
アリアは何かを取り出すと二人の前にそれを投げ捨てた。
ソフィアとジルコニアの顔が恐怖と驚愕に染まる。
それは五つの遺体だった。それと……。
「ああ。一番肝心なものを忘れてました」
メイドはアイテムボックスからもう一つ何かを取り出す。
それは男だった。また遺体かと思ったが、意識があるようだ。だが、両腕を切断されている。
その男の顔を見て、ソフィアとジルコニアは目眩を起こしそうになった。
男はつい先日この場所で言葉を交わした教会聖騎士、エドワードに間違いなかった。
メイドは空間から引きずり出したエドワードを乱暴に正座させた。
「うぅ……。猊下……」
すがるような目を教皇に向けるエドワード。
きっとこの馬鹿が何かしでかしたのだ。ソフィアはすぐにでも目の前の男を絞め殺したい衝動に駆られた。
「この六人は先日、アンジェリカ様のご息女を強引に連れ去ろうとしました。それだけでは飽き足らず、今日も徒党を組んでご息女をさらおうとしていたのです」
ソフィアは卒倒しそうになった。馬鹿だとは思っていたが、まさかそのような行動に出ようとは。
明らかに真祖に対する敵対行為だ。
「アンジェリカ様から伝言です。先日警告したにもかかわらず此度の行動、これはデュゼンバーグもしくは教会の意思なのか。そうであれば早急に行動を起こしデュゼンバーグを更地に変える、とのことです」
メイドの言葉に心臓が激しく波打つ一方、ソフィアはわずかながらの希望を見出した。
そもそも、いきなり攻撃をせず使いをよこすということは、交渉の余地があると考えられる。
ソフィアは大きく息を吸い込み深呼吸するとその場に平伏した。
「私がエルミア教の教皇、ソフィア・ラインハルトです。此度の件、まことに申し訳ございませんでした。我々に真祖様へ敵対する意思はまったくありません。すべて、彼らが独断でしたことです」
自分たちをまったく庇ってくれないことに、驚きと悲しみ、怒りの表情を隠さないエドワード。
「もしよろしければ、私に真祖様へ申し開きをさせていただけませんでしょうか?与かり知らぬこととはいえ、教会に属する者が愚かな行為に及んだことも謝罪させていただきたいと思います」
ソフィアは平伏したまま必死の思いで言葉を紡ぐ。
ここで対応を誤ると、教会どころか国がなくなってしまうかもしれないのだ。
「なるほど、いいでしょう。では、明日あなたをアンジェリカ様のもとへ案内します。同じ時間に迎えにくるので準備しておいてください」
そう言い残すとメイドは教皇の間から姿を消した。
「何とか首の皮一枚つながった……」
少しばかり安堵したソフィアは立ち上がろうとするが、恐怖と緊張のあまり力が入らない。
ジルコニアに手を借りて立ち上がると、正座したままのエドワードへ怒気を込めた視線を送る。
「げ、猊下……。私はこの国と教会、ひいては猊下のことを考えて……」
「黙れっ!貴様の軽率な行動がこの国と人々を滅亡の危機にさらしたことが理解できぬのか!!」
「ひっ……!」
ソフィアから怒りの感情をぶつけられ、恐怖に顔を引きつらせるエドワード。
「ジルコニア。街の衛兵に使いを出してちょうだい。牢屋にぶち込んでもらうわ」
怒りのあまり言葉遣いが荒くなる。
しばらくして衛兵が教会に到着し、エドワードは身柄を拘束された。
「くそっ!!なぜこうなる!なぜだ!」
衛兵に連行されながら、エドワードは呪詛のように言葉を吐き続けた。
聖女をさらおうと一緒にリンドルへ赴いた仲間はすべて殺され、自身も両腕を失った。
それもこれも、真祖とあのメイドのせいだ。
あのとき──
聖女をさらおうと路地裏から飛び出そうとしたとき、背後から美しいメイドに声をかけられた。
メイドは訝しむ私たちに音もなく近づくと、一瞬で五人を殺害した。
一人は胸に風穴を開けられ、またある者は首の骨を折られ、こめかみから脳に指を刺された者もいた。
私は剣を抜き反撃を試みたが、まったく手も足も出ず手刀で両腕を切断された。
その場で殺されなかったのは、私が集団の取りまとめ役に見えたためであろう。
激痛に悶える私に、メイドは死なない程度の回復魔法をかけるとアイテムボックスのなかに閉じ込めた。
わずかな時間がすぎたあと、私はアイテムボックスから引きずり出された。
そこは先ほどとはまったく別の場所で、目の前には真祖がいた。
「お嬢様。ギルド周辺に配備していた下級吸血鬼から、ギルドを窺う怪しい者たちがいると報告を受けました。とりあえずこの者は取りまとめ役のようでしたので生かしたまま捕えたのですが、どうしましょう?」
つまり、私たちの動きは監視されていたということか。
「あら。あなた先日ギルドで会ったわね。あれだけ警告したのにまたパールを連れて行こうとするなんて、デュゼンバーグは私と戦争でもしたいのかしら」
真祖はため息をつきながら、呆れたような視線を私に向けた。
「アリア。あなたこいつを連れてデュゼンバーグの教会へ行ってくれる?こいつらの独断なのか、それとも国や教会が関わっているのか知りたいわ」
私はパールのお迎えがあるからお願いね、と真祖が口にするとメイドは再び私をアイテムボックスに閉じ込めた。
あとは知っての通りだ。私は猊下の怒りを買い教会からも見放された。
いや、見放されずともこの腕ではもう聖騎士としては生きていけない。
そう、真祖に明確な敵対の意思を向けた私は、生きたまま完全に殺されてしまったのだ。
-アンジェリカの屋敷-
「んー。やっぱりあのお店のケーキは最高ね」
パールが買っておいてくれたケーキを口に運びご満悦のアンジェリカ。
アンジェリカが冒険者ギルドへパールを迎えに行くと、お土産を携えたパールがキラと一緒に待っていた。
どうやら今日はめぼしい依頼がなかったらしい。
「あれ?そういえばアリアお姉ちゃんは?」
かわいらしくコクリと首を傾けるパール。やだかわいい。
「フフ。アリアはちょっと私のお使いで贈り物を届けに行っているわ」
さて。教皇は喜んでくれたかしら?
アンジェリカは楽しそうにしつつ、再びフォークでケーキを口に運んだ。
ブックマークや評価をいただけると小躍りして喜びます♪ (評価は↓の⭐︎からできます)
「聖女の聖は剣聖の聖!ムカついたら勇者でも国王でも叩き斬ります!」連載中!
https://ncode.syosetu.com/n4613hy/




