第二十九話 馬鹿につける薬はない
冒険者ギルドに臨場したアンジェリカの圧倒的な存在感と殺気の前に、教会聖騎士は戦意を失ってしまう。アンジェリカに散々脅されたあと冒険者たちに叩きだされたエドワードたち教会聖騎士だったが・・・。
聖デュゼンバーグ王国はエルミア教を国教とする宗教国家である。大勢の信者を擁するエルミア教の教会本部は王城のすぐそばにあり、王族や国民の生活とも密接に関わりあっていた。
エルミア教は創造神エルミアを唯一神とする一神教である。布教をはじめとしたあらゆる宗教活動を統括するのが教会本部であり、頂点には教皇が君臨する。
信者や教会関係者にとって教皇は敬いの対象であるが、この国においてはそれだけではない。
この国において、教皇は国王に匹敵する権力を有するのだ。それがこの国におけるひとつの特殊性である。
「おもてをあげよ」
教会本部の最奥にある教皇の間。限られた一部の者しか立ち入りを許されない厳かな空間に凛とした女性の声が響く。
教会聖騎士団の副団長、エドワードは御簾の向こうに座する教皇の許しを得て顔をあげた。
「枢機卿から大まかに話は聞いた。聖女様に関するそちからの報告、真実であろうな?」
「は!間違いなく真実です。我々は聖女様を発見したため連れ帰るべく行動を起こしました。しかし、あの忌々しい真祖が邪魔をしたのです!」
「…………」
「真祖は自らを聖女の母と称し、我々の要求を拒否しました。しかも!我々教会を敵に回しても構わぬとばかりの発言をしたのです!これは許されることではないでしょう!?」
「……うるさい。静かに必要なことのみを述べよ」
御簾の向こうから不快そうな教皇の声が届き、エドワードはたちまち緊張した。
それからもエドワードの一方的な主張が続く。やがて、「もうよい。さがれ」との指示でエドワードはその場をあとにした。
「はぁ……。本当にあの馬鹿の話を聞くのは苛々するわ」
教皇が苛々した様子で口を開くと、近くに控えていた枢機卿がクスリと笑う。
「まあ、親のコネだけで聖騎士団の副団長になったような男ですからね」
「いっそのこと国外で死んでくれたらよかったんだがな」
25歳と若くしてエルミア教の教皇に抜擢されたソフィアは、不快な感情を隠そうとせず言い放つと懐から一枚の手紙を取り出す。
ランドール共和国の最高議長、バッカスから早馬で送られてきた手紙である。
連名でギブソンと署名されている。冒険者ギルドのギルドマスターだ。
ソフィアはすでに読み終わっている手紙をもう一度開いて目を通す。
そこには、教会の聖騎士がギルドに登録している女の子を強引に連れ去ろうとしたこと、その子は真祖の娘であること、現場に臨場した真祖が怒り心頭であったこと、聖騎士が冒険者に斬りかかりケガを負わせたことなどが記載されていた。
半分以上はデュゼンバーグと教会に抗議する内容だ。そして、手紙の最後には真祖に敵と認定されたら間違いなく国が滅びる、それを理解したうえで行動されたしとの旨が記されていた。
旧ジルジャン王国の王族と貴族、騎士たちが真祖によって城ごと滅ぼされたことは伝え聞いている。
脅しでもなんでもなく、本気で警告してくれているのであろう。
「バッカスが記した内容だ。嘘偽りはなく真実であろうな」
「そうですね。彼は誠実で愚直な人ですから」
年齢は30代後半、女性らしい柔和な顔立ちをした枢機卿が同意する。二人は以前からバッカスと交流があった。
「エドワードの大馬鹿者め。大切なことは何ひとつ報告していないではないか。しかも他国の冒険者にケガをさせるなど……」
ソフィアは忌々しそうに吐き捨てた。
「しかも真祖の怒りを買うなど愚の極みだ。国陥としの吸血姫の言い伝えを知らぬわけでもあるまいに」
「へたしたらデュゼンバーグが地図から消えちゃうかもですね」
いたずらっぽい笑顔を浮かべる枢機卿。教皇と幼馴染でもある彼女は意外とお茶目な一面があった。
「笑い事じゃないわよジル。とりあえず、あの馬鹿が聖女様のことを言いふらさないよう監視して。このことはひとまず秘匿するわ」
フランクな口調で指示を出すソフィア。
「分かりました。バッカスを通して真祖と交渉することも考えないとですね」
教皇と枢機卿は二人してため息をついた。
「クソ!なぜ教皇猊下と枢機卿は聖女様を迎えに行こうとしないのだ!」
聖女のことに関しては箝口令が敷かれ、教会として表立った行動を起こすことはなかった。
聖女を最初に発見したエドワードはそれに強烈な不満を抱いていたのだ。
「たとえ真祖であろうと、全聖騎士と国軍を動かせば何とでもなるであろうに!」
この愚かな男はいまだにアンジェリカの力を見極められていなかった。
こうなったら私一人で聖女様を……
そうすれば猊下も私を認めてくれるだろう。聖騎士団団長を任せられるのも夢ではないかもしれない。
愚かなエドワードはアンジェリカに脅されたことなどすっかり忘れていた。
「よし。そうと決まればさっそく行動だ」
パールの一件から数日が経ち、リンドルの冒険者ギルドは落ち着きを取り戻していた。
「うーん。難易度低すぎるか高すぎる依頼しかないなぁ」
依頼が貼られたボードを、パールは背伸びしながら確認して小さくため息をついた。
「そうだね。今日は休業かな」
依頼の一つひとつに目を通しながらキラが返事をする。
めぼしい依頼がなかったので、ケトナーとフェンダーはその足で酒場へ向かった。二人ともお酒ばっか飲んで大丈夫なの?とパールは少し心配になる。
ママが迎えに来るまで時間があるし、甘いもの食べに行こうよとキラを誘うと賛成してくれた。もちろんいつものカフェだ。
甘いもの食べると幸せな気持ちになるよねー、と二人はガールズトークを交わしつつギルドをあとにした。
冒険者ギルドと目と鼻の先にある路地裏。
そこにローブを着た複数の男が集まっていた。
教会聖騎士のエドワードたちである。彼らは聖女が一人きりになったときを狙ってさらおうと昨日から機会を狙っていたのだ。
昨日は屈強な冒険者が二人一緒だったので諦めた。
今日こそはとギルドのほうを窺っていると、聖女が女性冒険者を伴って出てきた。
こちらには六人いる。この人数ならきっと……。
それに今日は魔力封じの魔道具も持参している。聖女の魔力も抑えられるはずだ。
エドワードは静かに仲間へ合図を出し、その場から飛び出そうとした。のだが──。
「ごきげんよう」
不意に声をかけられ全員が驚いて振り向くと、そこには美しいメイドが不自然なほどの笑顔を浮かべて立っていた。
惨劇の始まりである。
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