第二十八話 愚かな聖騎士への警告
強引にパールを連れ帰ろうとする聖騎士と冒険者が激突。そのさなか一人の冒険者が聖騎士に斬られてしまう。理不尽に怒り尋常ではない魔力を練り始めたパールだったが・・・
首都リンドルの冒険者ギルドに、白い鎧を纏った騎士みたいなやつらが入ってきた。
そいつらは入ってくるなりカウンターへ直行し、受付嬢にパールの嬢ちゃんについて問い詰め始めた。
講習を終えたパール嬢が二階から降りてくると、そいつらは嬢ちゃんに向かって聖女様などと喚きやがる。
何言ってやがんだと思ったが、騎士が嬢ちゃんの手袋を外すと右手の甲に聖女の紋章が浮かんでた。
真祖の娘でBランク冒険者でSランカーとパーティ組んでてしかも聖女って、嬢ちゃんいったいどんだけ属性盛るつもりだよと俺は思ったさ。
騎士どもと嬢ちゃんのやり取りをしばらく見守ってたが、次第に雲行きが怪しくなってきた。
アンジェリカ様のことを悪く言われて嬢ちゃんも怒り心頭だ。
やつらは無理やり嬢ちゃんを連れて行こうとしたから、俺たちは必死で止めたさ。
だが、混沌とした状況のなかで赤髪の小僧が騎士に斬られちまった。許せねぇ。向こうが抜くのなら俺たちにも考えがある。
俺も得物を抜こうとしたが、嬢ちゃんのとんでもない殺気と魔力で思わず動きを止めちまった。
やばい。今の嬢ちゃんは怒りのあまり周りが見えてない。あのまま魔法なんてぶっ放したらギルドの建物ごと俺たちもお陀仏だ。
……あれ?割とつい最近同じようなことなかったか?
あ。あれだ。嬢ちゃんが王にさらわれて、アンジェリカ様がここにキラの居場所を聞きにきたときだ。
正直あのときもマジで殺されると思った。
ほんと母娘そろってとんでもねぇや、なんて俺は半ば諦めの気持ちを抱きつつ終わりのときを待った。
が、そのとき──
「いったい何をしているの?」
アンジェリカは静かに口を開くと、周りに視線を巡らせ何となく状況を推測する。
今にも高出力の魔法を放たんとしていたパールだったが、アンジェリカの姿を見て冷静さを取り戻した。
「ママ!」
聖騎士たちの視線が一斉にアンジェリカへ集まる。
アンジェリカはまったく気にすることなくパールのもとへ近づくと、倒れている少年に目を向けた。
「パール、その子死んじゃうんじゃない?」
倒れている赤髪の少年はかなり出血しているようだ。
「そうだ!治さなきゃ!」
パールは赤髪の少年に両手で触れる。
「……うっ…!」
「うん……これで多分大丈夫」
肩から斜めに斬撃を受けた少年だったが、癒しの力で傷は塞がり意識も戻った。
「おお……やはり聖女様だ!」
教会聖騎士団副団長のエドワードが興奮したように叫ぶ。聖女の力を目の当たりにし、彼は何としてでも連れて帰らねばと改めて決意する。
「それであなたたち。うちの娘に何か用かしら?」
アンジェリカはスッと目を細めて聖騎士たちを睥睨する。
目の前で起きた奇跡のため、エドワードはすっかりアンジェリカのことを忘れていた。
改めてよく見るととんでもない美少女である。だがどう見てもまだ10代後半の少女だ。とてもこの歳の子どもがいるとは思えない。
「ふん。お前が聖女様の母親だと?」
「血はつながっていないけど、赤ん坊のころからこの子を育てたのは私よ」
「ほう。話は分かった。我々は聖デュゼンバーグ王国の教会聖騎士である。とりあえず聖女様は我々が連れていく。文句はあるまい……な……?」
ギルド内の温度が一気に下がった気がした。
アンジェリカは凍てつくような鋭い視線をエドワードに向ける。
「パールを連れていく?笑えない冗談だわ」
少女から広がる食い殺されそうな殺気にあてられ、聖騎士も冒険者も腰を抜かした。聖騎士のなかには失禁した者や泣きながら祈りを捧げている者もいる。
何とか我慢していたエドワードも、アンジェリカが一歩近づくとあっさり地に崩れ落ちた。
「き、貴様はいったい何者だ……!?」
殺気ひとつで屈強な十数人の男を制圧するなど人間とは思えない。
「私はアンジェリカ・ブラド・クインシー。真祖一族の王女よ。国陥としの吸血姫と言ったほうがあなたたちには分かりやすいかしら」
その言葉に聖騎士たちは呆然とした表情になる。
おとぎ話で語られる伝説の真祖を名乗る少女が目の前にいるのだ。
証拠はない。だが、その堂々たる風格と圧倒的強者のみが纏う空気によって、その場にいる誰もが彼女の言葉を信じた。
「ば、ばかな……!なぜ真祖が聖女様の母親になど──、はっ!さては貴様、聖女様を使って何か企んでいるのではないだろうな!?」
「黙れ下郎」
紅い瞳に怒気と殺意をこめてエドワードを睨みつける。それだけで下品な口を塞ぐのに十分であった。
「それ以上の言葉は私と娘を侮辱していると受け取る。その愚かな頭でよく考えて言葉を口にせよ。貴様の一言で国が滅びるかもしれないのだぞ」
以前の彼女であれば、決してこのような暴言は許さず即座に殺してしまったであろう。それをしないのは、ひとえにパールの教育のためだ。
なるべく娘の目の前でそのようなことはしない、と決めている。と言いつつ魔法で城もろとも葬ることもあったが。
真っ青になっているエドワードへさらに言葉を続ける。
「真祖である私にとって貴様らはその辺の虫と変わらない。踏み潰されたくなければ発する言葉の一つひとつに注意することだ」
顔色は真っ青だがどこか忌々しげな表情を浮かべるエドワードへ、アンジェリカはくっつきそうなほどに顔を近づける。
「今すぐ国へ帰れ。そして貴様の飼い主に伝えるのだ。聖女であろうが何であろうがパールは私の愛する娘。いかなる理由であれ手を出そうとするのならそれなりの代償を支払うことになると」
震えながら小さく何度も頷くエドワード。
「じゃあ帰りましょうか、パール」
こちらの意に沿わぬ干渉は絶対に許さぬと念押ししたアンジェリカは、パールを振り返り何事もなかったかのように言葉をかけた。
「うん。あ、ちょっと待ってママ」
パールは赤髪の少年に小さく駆け寄る。
「私のせいでごめんなさい。助けてくれてありがとうお兄さん」
「あ、ああ。こっちこそ治療してくれてありがとうな!」
パールに上目遣いで謝罪とお礼の言葉を伝えられ、少年は頬を赤く染める。
「冒険者の皆さんもありがとうございました!」
聖騎士にはまったく目を向けず冒険者たちにそう伝えると、パールはアンジェリカとともにその場から姿を消した。
なお、パールたちが転移してすぐに、キラとケトナー、フェンダー三人のSランク冒険者がギルドを訪れた。
何が起きたのかを聞いたキラとケトナーは激怒して聖騎士たちを殴り倒し、そのあとフェンダーが全員をギルドの外へ投げ飛ばしたらしい。
結局、教会聖騎士の一行はボロ雑巾のようになって国へ帰ってゆくのだった。
-アンジェリカの屋敷-
リビングではアンジェリカがパールを膝にのせて話をしていた。
「パール、今日は大変だったわね」
「……うん」
パールは少し元気がない。自分のせいで冒険者たちを危険に晒したからだ。あの赤髪のお兄さんは、もしかしたら死んでいたかもしれない。
「あなたのせいじゃないわ。冒険者の人たちは自分の意思であなたを守ろうとしたのよ。あなたはみんなに愛されているの」
「うん」
「それよりもパール。感情的になりすぎるのはよくないわ。あそこであなたが高威力の魔法を使っていたら、冒険者たちも巻き添えになっていたわよ?」
「はい……」
目に涙を浮かべるパールをぎゅっと抱きしめた。
「きちんとコントロールできるようにしようね。またママも練習に付き合ってあげるから」
こくりと頷いたパールは、そのままアンジェリカの体にもたれて目を閉じた。
「さて、デュゼンバーグと教会の連中はどう出るかしらね」
まあ、敵意や悪意を向けるようであれば教会も国も消してしまえばいいだけの話だ。
パールを抱いたまま、アンジェリカは不敵な笑みを浮かべるのであった。
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