第二話 真祖が住む森
魔の森の奥深く、決して人間が近づけない場所にアンジェリカの住処はあった。魔物が徘徊する森の中には似合わない、まるで上級貴族が住むような屋敷こそアンジェリカの拠点である。
赤子を抱いて戻った彼女が屋敷の前に立つと、自動的に門扉が開いた。屋敷のドアを開けると、一人のメイドと一人の執事が恭しく頭を下げる。
「「お帰りなさいませ、お嬢様」」
「ええ、ただいま。」
家事から戦闘までこなす万能メイドのアリアが頭を上げると、目を大きく見開いてアンジェリカの手元を見た。
「おおおお嬢様、その赤子は……?」
「森で拾ったのよ。あのままだと魔物に食べられちゃうから連れてきたの」
まるで犬か猫を拾ってきたような感じでそう伝えるアンジェリカ。心の奥底を見透かされないようぶっきらぼうに答える。
「そ、そうなのですね……。でも、どうなさるおつもりですか?」
「とりあえずここで育てるつもりよ」
「いやいやいやお嬢様。私もフェルナンデスさんも子育ての経験なんてありませんよ?」
フェルナンデスと呼ばれた初老の執事が苦笑いしつつ口を開く。
「お嬢様がそう決めたのであれば私は従うまでです。すぐにでも人間の赤子の育て方について調べましょう」
できる男である。
「そうね、よろしくお願いするわ。とりあえずこの子の名前を決めないとね」
いまだすやすやと眠り続ける赤子に目をやり、名前を考える。
「真珠のような真っ白で美しい肌だから、パールでどうかしら。古代の言葉で真珠の意味よ」
「いい名前だと思います。お嬢様」
千年以上生きているのに、十八歳くらいの女の子にしか見えないアリアが答えるとフェルナンデスも頷く。
「あ、忘れてた。これ見てくれる?」
アンジェリカは赤子の手をとり、甲を二人に見せた。
「こ、これは……」
「聖女の紋章……ですな」
二人の顔が驚愕に染まる。聖女は人々を救済する義務をもち、ときに魔族や魔物討伐の旗頭ともなる存在である。つまり、吸血鬼の真祖たるアンジェリカたちと敵対する存在なのだ。
「お嬢様ぁ……」
ジト目でアンジェリカを見るアリア。
「まあ、この子が将来私たちに敵対する可能性もある、のかな?」
フフフ、と笑いながら何でもないように答えるアンジェリカ。
「とりあえず、面倒は避けたいから王都の人たちや王城の人間には内緒ね」
二人にそう伝えつつ、まずは赤ちゃん用のベッドを用意しないとね、などと考えるアンジェリカであった。