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第二百四話 出会いと再会

ふわふわと宙に浮いたまま周りを見渡す紅い瞳の少女。カグラの目には、その様子がどことなく戸惑っているように見えた。


「あんた、いったい何者だ?」


カグラの口から漏れた言葉が聞こえたのか、紅い瞳の少女がスーッと音もなく地上へ降り立った。カグラを含め、西方方面軍兵士たちのあいだにも緊張が走る。


何せ、さっきまで自軍を蹂躙していた敵の精鋭部隊を、たった一撃の魔法で殲滅したのだ。同胞であることは疑いの余地がないと思いつつも、誰もが得体の知れない不気味さを感じていた。


紅い瞳の少女、その正体は里帰りのため国へ戻ってきたリズである。デュゼンバーグから国のそばまで飛翔し、過去の記憶を頼りに転移魔法を発動したところ、何故か戦場のど真ん中に臨場してしまった。


「ええと……ごきげんよう」


まだ少し戸惑った様子のリズが口を開く。戦場でまず耳にしない呑気な挨拶に、カグラたちはただただ唖然とした。


「里帰りのつもりで千年近くぶりに戻ってきたのですが、ちょっと道に迷ってしまったようですわ」


リズが「はぁ」とため息をつく。一方、リズの言葉を聞いたカグラは再び驚愕した。


は!? 千年近くぶり……ってことは、あたしより年上!? 


カグラがまじまじとリズを見やる。


あたしも幼く見られるほうだが、それ以上だな……。横柄な態度とらなくてよかった。いや、さっきあたし「あんた」って言っちゃったわ。


それにしても、いったい何者なのだろう。どことなく、高貴な雰囲気もあるし。それにあの強さ。もしかして、ご当主様に関わりがある血筋なんじゃ……。だとしたら、対応に誤りがあっては大変なことになる。


心を落ち着かせるべく、カグラは軽く深呼吸をしてから口を開いた。


「あ、あなたは──」


「ラヴィアンローズへはどう行けばよいですの?」


「へ? え、ええと……ラヴィアンローズはここから南へ山を二つほど越えれば……」


「そうですのね。教えていただき感謝しますの」


「いえ……」


「それにしても……悪魔族とここまで規模の大きな戦争をしているなんて、まったく知りませんでしたわ」


リズが戦場へぐるりと視線を巡らせる。


ご当主様やお姉様は、このことをご存知なのかしら? いや、知っていたのなら里帰りなんて勧めませんわよね。というより、もしかしてお父様も戦場へ出ているのでは。


「ご当主様たちが国を留守にしていますから、その隙をついて悪魔族が一斉に侵攻してきたんですよ」


カグラが苦々しげに吐き捨てる。


「そうでしたのね」


リズが何となく状況を把握したそのとき。少し離れた場所から、大きな破裂音と怒号のようなものが聞こえてきた。カグラがハッとしたように音のした方角を見やる。


「ちっ……向こうも劣勢っぽいな」


一瞬顔をしかめたカグラは、改めてリズへ向き直った。


「ここは主戦場の一つです。いつ危険が及ぶか分からないので、もう離脱されたほうがよいかと」


もっとも、悪魔族の精鋭部隊を一撃で消し去るほどの強者なら危険が及ぶはずもないが、とカグラは内心思った。


「軍属でもない私がいつまでもここにいては迷惑ですわよね。早々に立ち去るとしま──」


カグラの上着、その右袖に縫いつけられた腕章を目にしたリズがハッとする。腕章に描かれた模様に、リズはたしかな覚えがあった。


「その腕章は、西方方面軍……?」


「え? ええ、そうですけど」


驚いたような表情を見せるリズに、カグラは訝しげな目を向ける。と、そのとき──


「リズ様……? もしかして、リズ様ではありませんか!?」


恐る恐る近づいてきた壮年の兵士が、おずおずとリズに声をかけた。


「ええ、そうですの。ええと、あなたはたしか……ランシド、でしたかしら?」


「おお! まさか覚えてくださっていたとは! いかにもランシドでございます!」


「久しいですわね。まだ戦場に出ていたとは驚きましたわ」


ランシドと呼ばれた男が、照れたように頭をかく。この男、もともとデルヒの小間使いをしていた時期があり、リズとも面識があった。


「ラ、ランシド。この方を知っているのか?」


二人のやり取りを不思議そうに眺めていたカグラが、率直な疑問を口にした。なお、ランシドのほうがカグラより年長ではあるが、軍での立場はカグラが上である。


「もちろんです! 西方将軍、デルヒ様のご息女であらせられるリズ様ですよ!」


「……え?」


カグラが絶句する。リズとランシドはまだ何か話していたが、そんなものカグラの耳にはいっさい入ってこなかった。



──夕刻、学園での授業を終えたユイとモア、メルの三人は、そろってエルミア教の教会本部へと訪れていた。


「いらっしゃい。待ってましたよ」


応接室で三人を出迎えてくれたのは、エルミア教の教会本部で実務の大半を担うジルコニア枢機卿。


「こ、こんばんは!」


「お、お世話になります!」


「ちわっす」


やや緊張した面持ちのユイとモアに対し、平常運転のメル。


「リズさんと猊下から事情は伺っています。さっそく行きましょうか」


「は、はい!」


元気よく返事をするユイを見て、ジルコニアがにこりと微笑む。三人がここへやってきた理由は、聖騎士団の訓練に参加するためである。


「リズ先生、聖騎士団の訓練に参加できるよう話をつけておくって言ってたけど、本当に話つけてたんだね」


「うう……聖騎士の皆さんに混ざって訓練とか、緊張します……」


「おもしろそう」


ジルコニアの後ろを歩く三人娘が、顔を寄せ合ってヒソヒソと言葉を交わす。相変わらず緊張感が微塵も見えないメルに、ユイとモアが呆れたような目を向けた。


教会に併設された聖騎士団の訓練場に到着すると、ジルコニア枢機卿が一人の聖騎士に声をかけた。エルミア教の教会聖騎士をまとめる、レベッカ団長である。


「やあ、よく来たね三人とも」


聖騎士団長であり、教皇ソフィアの護衛も務めるレベッカが、三人娘へにこやかに声をかける。


「レベッカさん、よろしくお願いします!」


「お、お願いします!」


「おなしゃす」


三人娘がぺこりと頭を下げる。


「うん、こちらこそよろしく。リズさんのお弟子さんである君たち三人の魔法は、聖騎士たちから見てもかなりハイレベルだ。聖騎士たちの成長のためにも、胸を貸してあげてほしい」


「やっ、そんな」


「も、もったいないお言葉です……!」


「胸を貸してあげよう」


ユイとモアが同時にメルへ肘打ちを喰らわす。


「ふふ。あ、そうだ。あの子も最近頑張ってるよ」


「あの子?」


レベッカがスッと指をさし、三人娘が同時に目を向ける。


「あっ!」


声をあげたのはユイ。視線の先には、大人の聖騎士を相手に木剣で激しく打ちあう少年の姿が。ユイはその少年に見覚えがあった。


「ど、どうしてあいつがここに?」


「将来、聖騎士になりたいらしくてね。最近よく訓練に参加してるんだよ」


大人の聖騎士相手に、小さな体で果敢に向かっていく少年。その正体は、以前ユイと魔法勝負をしてあっさり負けたレイニーだった。


「魔法と剣、どちらも使えるようになって、教皇猊下を守れるような強い聖騎士になりたいのだそうだ」


「……ふーん」


ユイがレイニーへジトっとした目を向ける。その志は立派だとは思いつつ、以前勝負に負けた腹いせにスカートをめくられたことをまだ根に持っていた。


模擬戦を終えたレイニー少年が、ユイたちのほうへ視線を向ける。ユイの存在に気づいたレイニーは、顔を驚愕の色に染め口をパクパクし始めた。


レベッカに手招きされ、レイニー少年がユイたちのもとへ小走りでやってくる。その顔に浮かぶかすかな緊張。


「よ、よお……久しぶり」


「……そうね」


ユイにじろりと睨まれ、レイニー少年は心の中で「ひっ!」と声を漏らした。一方、二人の様子を見たモアは、首を傾げながら小声でメルに声をかけた。


「ねえねえ、メルちゃん。この人、誰でしたっけ?」


「ん。ユイのおパンツ大好きスカートめくり魔」


「……ああ。思い出しました」


モアがレイニーへ蔑むような目を向ける。レイニーは顔を引き攣らせ、怒りが再燃したユイは拳を握りしめてプルプルと全身を震えさせていた。


「あはは、まあまあ。その件についてはレイニー少年も充分反省したようだし、許してあげてほしい。今後は二度とそんなことしないと誓わせるし。な、レイニー少年?」


「は、はい!!」


レベッカから厳しい目を向けられたレイニーが、直立不動で返事をする。さすがに、現役の聖騎士団長から言い含められてはとてもスカートめくりなどできない。


そんなこんなで一悶着はあったが、いよいよユイたちは本来の目的である聖騎士団の訓練に参加することになった。

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