閑話 いけない布教活動 2
その日の夜。
「というわけで、話はわかったわね?」
リビングのソファで、アンジェリカと向きあい座っていたキラとルアージュが、横目でちらりと視線を交わす。
「ま、まあ話はわかりましたけど……」
「つまりぃ~、パールちゃんを教祖様としてまつりあげようとしている奴らを~、捕まえるか殺しちゃえばいいってことですよねぇ~?」
かすかに戸惑いの表情を浮かべるキラとは対照的に、ルアージュは顔色ひとつ変えず恐ろしいことを口にした。
「いや、別に殺してしまう必要はないわ。ただ、このまま放置しておくと、変な奴らがランドールにまでやってくる可能性があるでしょ? だから――」
「なおさら殺しちゃったほうがよくないですかぁ~?」
アンジェリカの頬がわかりやすく引きつる。
あれ、この子ってこんなキャラだったっけ? 以前に比べてずいぶん物騒な考え方するようになったような……。アリアやウィズの悪影響かしら?
自分のことは棚に上げたアンジェリカは、小さく息を吐くとルアージュの顔をじっと見やった。
「相手はただの人間だし、首謀者を捕まえてとっちめてくれればいいわ。今後、二度とこんなものを広めないように」
アンジェリカがテーブルの上に置かれた絵と冊子に視線を向ける。
「お師匠様、それ、どっちもクオリティ高すぎませんか?」
「うん、それは私も思ったわ」
キラが言いたいことが理解でき、アンジェリカがわずかに眉をひそめた。細部までていねいに描かれたパールの絵に、これまたていねいに書かれたパールの伝記(?)。
つまり、これらはパールのことをよく知る者が作成に関わった疑いがあるのだ。
「デュゼンバーグで広まっている、というのが気になりますねぇ~……まさかぁ、ソフィアさんが首謀者とかぁ……?」
「いや、あの子にしてみれば商売敵みたいなものだしね。そんなことするメリットないでしょ」
キラとルアージュが「たしかに」と同時に頷く。
「不明なことが多いけど、とりあえずあなたたち二人に任せるわ。ちょっと多めにお小遣いもあげるからよろしくね」
翌日――
キラとルアージュは、聖女パール教(仮)の布教活動に関する調査と、首謀者の捕獲を目的にデュゼンバーグへ入った。
当初、どこから手をつけたらよいものかと頭を悩ませていた二人だったが、求めていた情報は思いのほかすぐに入手できた。
「え!? あなたも、ですか?」
ニコニコと満足そうな笑みを浮かべる年配の男性を前に、キラは思わず素っ頓狂な声をあげた。彼の胸には、例の冊子が大事そうに抱えられている。
「ええ。私、幼いころからずっと聖女様に憧れていましたので。聖女様の功績を広めようと活動している者たちがいると知り、最近やっと接触して入手することができたんです」
「はぁ……」
そこからしばらく、恰幅のよい年配の男性は、自分がどれほど聖女様に憧れ続けてきたかを延々とキラたちに聞かせ続けた。
約三十分後、解放されたキラとルアージュの顔には、疲れきったような表情が浮かんでいた。
「な、長かったぁ~……」
「そうね……」
「でもぉ、ここまで話を聞いた人たち、みんなとても喜んでいましたねぇ~……さっきの方もぉ~」
「うん。信者とかいうよりは、純粋かつ熱狂的なファンって感じだと思った」
「ですねぇ~」
二人が顔を見あわせてため息をつく。
「でもまあ、お師匠様の言うとおり放置はできないよ。このままじゃ、パールちゃんデュゼンバーグにも気軽に来られなくなっちゃうし。あまりにも熱狂的なファンが増えすぎると、パールちゃんにとってよくない事態を招くかもしれないしね」
「それは同意しますぅ~。」
ルアージュがしっかりと頷く。
「とりあえず、ここまで話を聞いた人たちが言ってた場所に行ってみようか」
「そうですねぇ~。ただ、いつも同じ場所で布教しているわけではないみたいですけどぉ」
「時間はあるし、順番に行ってみよう。えと……合言葉、何だっけ?」
「『世界でもっとも美しい宝石は?』と聞かれたら『真珠』と答える、だったと思いますぅ~」
「そうそう、それ。捻ってるようで実は全然捻れてないのが笑えるけど、まあいいわ」
「たしかにぃ~」
ふふっ、と笑みをこぼしたルアージュにつられて、キラも思わず口もとがゆるむ。とりあえず、二人は入手した情報をもとに、布教活動をしている者たちが現れるという場所へ足を運ぶことにした。
――いつもと同様の賑わいを見せる、デュゼンバーグ王都の商業地区。人々で混雑する大通りを、屈強な体つきをした一人の男が足早に歩いている。
わずかに人通りが少なくなったあたりで周りを確認した男は、人々の視線を避けるように路地裏へと入りこむと、手にしていた紙袋から取りだしたローブをまといフードを目深にかぶった。
そして、再び足早に歩き始める。いつもの場所にたどり着いた男は、そこに立つ五名の男女を見てほっとした表情を浮かべた。
「遅かったな」
「ええ。ちょっと道がいつもより混雑していたので」
声をかけてきた同志に返答しつつ、男はちらりと路地の奥を見やった。そこにいたのは、自分たち以上にフードを目深にかぶった二名の同志。どちらも、この活動を主導している中心人物だ。
屈強な体つきの男こと、ペグが同志の男に視線を戻す。
「今日は何人の同志が増えましたか?」
「二人だな。どちらも聖女様を真に敬愛してやまない者であった」
「そ、それは素敵ですね!」
「ああ。だが、そろそろこの場所も危うくなってきたから、活動場所を変えなくてはな」
同志の男、シールドが軽くため息をつく音が聞こえた。
「あ、危ういとは?」
「ああ……我々の活動は決して違法でも何でもないのだが……教会にとっては不穏に見えるだろうからな」
「エルミア教が、教会が我々の弾圧を始める、と……?」
「そこまではしないと思うが。実際のところ、本当の脅威は教会ではなく別のところにある」
「そ、それは?」
路地の壁へもたれるように立っていた長身の男へ、同志シールドが視線を向ける。その手に携えていた紙袋を見て、ペグはハッとした。
「ま、まさか……聖女様の絵や冊子を狙う者がいると……?」
「ああ。残念なことだが、すでに聖女様のお姿を描いた数枚の絵が、闇市場で法外な価格で取り引きされている。つまり、我々はいつ襲撃されるかわからぬ状況にある、ということだ」
「そんな……」
「まあ、そこまで心配するな。こっちにはあのお方もいる。ただ、大きな騒ぎを起こすといろいろ面倒になるからな」
シールドがペグの肩にポンと手を置く。と、そのとき。通りに面した方角から、路地のなかへ足を踏み入れてきた二人組の女性が目に映り、ペグとシールドは再びフードを目深にかぶり直した。
――入手した情報をもとに複数の場所へ足を運んだキラとルアージュだったが、ついに目的地へたどり着いたと内心密かに喜んだ。
「ねえ、ルアージュ。あれ、絶対にそうだよね……?」
「だと思いますぅ~……みんな同じローブを着て顔も隠していますし~。あからさまに怪しいですぅ~」
ゆっくりと歩を進める二人は、わずかに顔を寄せあってヒソヒソと言葉を交わした。
「問いただしてシラを切られたら面倒だから、とりあえずさっき言った手はずでいくよ?」
「合言葉に答えて、証拠となる物品を出させるわけですねぇ~」
「そういうこと」
ニッと口もとをしならせたキラは、かすかにこちらを警戒しているようなローブ姿の集団のもとへつかつかと歩み寄った。
「ねぇ、あなたたち。ここに来れば、イイものをいただけるって聞いたんだけど?」
「む……お前、エルフか」
「ハーフエルフよ」
わずかに眉をひそめたキラは、言葉を発した男へ挑むような視線を向けた。キラは自分がハーフエルフであることに誇りをもっているのだ。
「それより、どうなの? ハーフエルフだから、仲間に入れてくれないっていうの?」
「そうではない、が……。では、『世界でもっとも美しい宝石は?』」
「……真珠」
シールドは軽く頷くと、壁際に立つ男から何やら受けとりキラへ差し出した。例の絵と冊子だ。
「……うん。間違いないね」
背後に控えていたルアージュに、絵と冊子を見せる。軽く頷いたルアージュは、男たちの退路を断つように狭い路地に手を広げて立ちふさがった。そして――
「さて、と。残念だけど、あなたたちの活動は今日でおしまいにしてもらうわ」
ローブ姿の男たちに、キラが鋭い目を向ける。
「な……! どういうつもりだ……!?」
「どうもこうもないわ。あなたたちの活動を迷惑だと感じている人がいるってことよ。だから、活動は今日でおしまいね。わかった?」
「ふ、ふざけるな! 俺たちは、聖女様の功績を広く世に知らしめる使命があるんだっ!」
怒り心頭といった様子で、三名の男がキラへと詰め寄る。が――
「『拘束』」
キラが魔法を唱えた途端、詰め寄ろうとした男たちの足もとからいくつもの太い茎の植物が勢いよく生え、彼らの体を拘束した。
「なっ……! くそっ、何だこりゃっ!!」
「魔法とはズルいぞ!!」
拘束されたまま喚く男のもとへ近寄ったキラが、その顔を覗き込む。
「面倒くさいから何度も言わせないで。活動は絶対に今日でやめること、わかった?」
「……!!」
「あのねぇ。意地張ってたら、本当に五体満足で帰れないよ? そこにいる子は私よりもっと物騒だから、しつこいようだと全身斬り刻まれちゃうかもよ」
視界の端に映りこむ、儚げな雰囲気をまとった少女の口もとがしなやかに弧を描いたのを見て、男たちが震えあがった。
「わかったわね? とりあえず、そこにある絵と冊子も全部没収するか――」
紙袋をとろうとした刹那、薄暗い路地の奥で何かがキラリと光ったかと思うと、強大な魔力の塊が勢いよくこちらへ向かってくる様子がキラの目に映った。
「なっ……!」
魔法……!? しかも、強い……!
咄嗟に魔法盾を展開したためダメージは受けなかったものの、キラは明らかに狼狽していた。仮にもSランクの冒険者である自分が脅威を感じるほどの魔法。そのような使い手がこんなところにいたとは。
キラが思わず歯噛みした瞬間、さらに信じられない光景が視界に飛びこんできた。先ほど、拘束したはずの男たちが自由を取り戻し、一目散に路地の奥へと駆けだしたのだ。
「はぁっ!? 私の魔法を解除した……!?」
じ、冗談でしょ!? 魔力だけじゃなく、魔法技術も私を上回っているってこと!?
悔しそうな表情を浮かべるキラが向けた視線の先では、男とも女ともわからない一名の輩がこちらへ手の平を向けたまま佇んでいた。そして――
「『霧の壁』」
「えっ!?」
キラとルアージュの行く手を遮るように、濃い霧が壁となって立ちふさがった。
「うう~、周りが見えないぃ~……!」
「くそっ……! 逃げられるっ!」
霧をかきわけるように進もうとするキラだったが、どこまで行っても霧は晴れない。しかも、方向感覚を失ってしまい、数回にわたって壁にぶつかってしまった。
仕方なく、少しのあいだおとなしくして霧が晴れるのを待つことに。そして待つこと約五分。霧が晴れクリアになったキラの視界に、男たちが忘れていった紙袋が映りこんだ。
「……あいつらは逃がしたけど、とりあえず戦利品ってとこか」
紙袋のなかを覗きながらキラが言う。
「あいつら、まだ活動続ける気かな?」
「どうでしょうねぇ~……今回のことで懲りてくれたらいいんですがぁ~」
「うん……そうだね」
男たちが走り去ったほうをキラが見やる。
あいつは……いったい何者だったんだろう。あれほどの使い手は、そうそうお目にかかれるものではない。もしかすると、高名な魔導士や冒険者だったんだろうか。しかも、魔法を唱えたときの声からすると、あれは女だった気がする。
腕組みしたまま思案するキラの隣では、ルアージュもまた同じように首を捻りながら何やら考え込んでいた。
「どうしたの、ルアージュ?」
「……ん~。あの魔法を使ってきた人の声、どこかで聞いたことあるような気がしてぇ~」
「え、本当? どこで?」
「ん~……それが、まったく思いだせないんですよねぇ~」
あっけらかんと言い放ったルアージュを見て、キラは呆れたような表情を浮かべた。そして、アンジェリカにどう報告すべきかと考え、再び頭が痛くなるのであった。