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閑話 いけない布教活動1

人通りの少ない路地裏を、男はかすかな不安を抱いたまま足早に歩いていた。


聞いた話では、この路地だったはずだ……。


日が落ちかけていることもあり、ただでさえ薄暗い路地裏が一層暗い。わずかな恐怖と高まる期待、複雑な感情を抱いたまま男は歩を進める。と、そのとき――


「……おい」


「ぎゃあっ!」


背後から突然声をかけられ、男は悲鳴をあげて跳びあがった。恐る恐る振り返った男の視界に映ったのは、フードを目深にかぶった怪しい風体の三名。


道を塞ぐように二名が横並びに立ち、その後ろにもう一名が立っていた。


「なな……何か用か……?」


「……世界でもっとも美しい宝石は?」


フードの人物が口にした言葉に、男はハッとした。そして、みるみるその顔が紅潮していった。そう、これは合言葉。


「し、真珠! 真珠だ!!」


男が興奮したように叫ぶ。


「よろしい、同志よ。では、これを」


フードの男が懐に手を入れ、一枚の紙と冊子のようなものを取りだし中年男へ差しだす。


「おお……! 何と美しい……!」


紙に描かれている絵を見て、中年男は思わず感嘆の声を漏らした。そこに描かれていたのは、白いローブをまとった金髪の少女。


「ほ、本当に金はいらないのか……?」


「ああ、もちろんだ。その代わり、あのお方の功績をもっと多くの人々に届けるのだ。そっちの冊子に、あのお方がこれまで成し遂げた素晴らしい功績を記してある」


「お、おお……! これまた素晴らしい……!」


ペラペラと冊子をめくった中年男が、目をキラキラと輝かせる。少女が描かれた紙と冊子を大切そうに胸へ抱いた中年男は、フードの男たちに何度も頭を下げると、急ぎ足でその場を立ち去った。


男が立ち去るのを見送ったフードの男が背後を振りかえる。男たちの背後に控えていたもう一人が、満足そうに口もとをしならせた。



同時刻、アンジェリカ邸――


「ひぃいいいいいっ!!」


突然、全身をぶるりと震わせながら悲鳴をあげたパールへ、その場にいた全員が驚き目を向けた。この日は休日ということもあり、パールの友人であるジェリーとオーラがやってきていた。


「ど、どうしたのパールちゃん!?」


「び、びっくりしたのです……!」


両手で肩を抱くようにして縮こまっているパールへ、ジェリーとオーラが声をかける。


「や……何か、とてつもない悪寒というか、イヤな予感がしたというか……」


両方の肩から二の腕あたりをさするパールを、ジェリーとオーラが怪訝そうに見つめる。


「何だったんだろ……めっちゃ鳥肌立ってるし……」


「もしかして、体調悪いとか?」


「いや、全然。そんなんじゃなくて……」


何か……とてつもなくイヤな予感がするのは何故だろう。それに、この不快な感じ……。「キモっ」って思わず言っちゃいそうな……。


と、パールが悶々としていたところ――


「みんなぁ~夜ご飯、できたよぉ~」


リビングに入ってきたのはルアージュ。書斎にいたアンジェリカや、部屋でくつろいでいたウィズたちも一階へ降りてきた。


「あ、うん。ありがとうルアージュちゃん」


まあいっか、と気を取り直したパールは、ジェリーとオーラを伴いダイニングへと向かった。



翌日――


アンジェリカ邸のテラスでは、アンジェリカとエルミア教の教皇ソフィアがティータイムを楽しんでいた。が、ソフィアの様子がどことなくおかしいことに、アンジェリカは気づいた。


「ねぇ、ソフィア。何かあったの?」


ソフィアの肩がビクッと跳ね、目がスーッと泳ぎ始める。


「はぅっ……どうしてわかったのですか?」


「見りゃわかるわよ」


肩をすくめるソフィアに、アンジェリカがジト目を向けた。


「いや、その……アンジェリカ様のお耳に入れるべきかどうか、迷ったのですが……」


「何を?」


「えーっと……実は最近、デュゼンバーグで新たな宗教? が流行り始めている、というか……」


「へぇ。あんたの商売敵じゃない」


「商売って言わないでほしいのです。じゃなくて、明確に宗教として活動しているわけではないというか、活動自体もよくわからないというか……正直、困惑している状態なのです」


苦笑いを浮かべたソフィアは、紅茶をひと口飲んでから「はぁ」とため息をついた。


「んん? でも、流行り始めてるんでしょ?」


「はい。ただ、宗教のようで宗教ではない、というか。信徒からお布施を募るようなこともまったくしていませんし」


「ふーん。宗教だとしたら、ずいぶんまともな宗教じゃない。どこかのぼったくり宗教とはえらい違いね」


「ひ、酷いのですアンジェリカ様! エルミア教はぼったくり宗教じゃないのです! まあ、儲かってるのはたしかですが……」


顔を真っ赤にして反論するソフィアを見て、アンジェリカはくすりと笑みを漏らした。


「でもまあ、邪魔ならさっさと潰しちゃえばいいじゃない。エルミア教は一応デュゼンバーグの国教なんだし、ほかの宗教っぽいのが流行るのはマズいんじゃないの?」


「一応とか言わないでほしいのです。れっきとした国教なのです」


「はいはい。だったらなおさらじゃない。聖騎士でも動かして、さっさと潰しちゃいなさいよ」


あっけらかんと言い放つアンジェリカの前で、ソフィアが再び大きなため息をついた。


「な、何よ。ため息なんかついて」


「……これを見てほしいのです」


ソフィアが懐に手を入れ、一枚の紙と冊子を取りだす。


「それ、何?」


「今、デュゼンバーグでひそかに出回っている絵と冊子なのです。その、宗教もどきの連中が配布しているのです。いろいろ手を尽くして入手したのです」


ソフィアが紙と冊子をガーデンテーブルの上に置く。「ふーん」と興味なさげに紙へと手を伸ばしたアンジェリカだったが、そこに描かれていた絵を見た瞬間盛大にむせ返った。


「な、な、な、な……!!」


紙に描かれているのは、一人の少女。白いローブをまとった金髪の少女が魔法陣を展開し、今にも魔法を放たんとしている様子が精細に描かれていた。


そして、アンジェリカはそこに描かれている少女をよく知っていた。


「これ……パール、よね……!?」


「そうなのです」


アンジェリカは、目を皿のようにしてまじまじと絵を眺めた。


凄い……! 丁寧なタッチに見事な配色……今にも動きだしそうな躍動感……! ほっぺたのぷにぷに感やふんわりとした髪の毛までしっかりと表現できている……。


「……じゃなくてっ!」


一人でツッコミを入れるアンジェリカ。


「まあ、何を考えていたのか何となくわかるのです」


「う、うるさいわねっ。そ、それよりこれ、どういうことっ!?」


「その冊子も読んでほしいのです」


アンジェリカは恐る恐る冊子を手にとると、先頭のページから順番に目を通し始めた。


『この世界でもっとも美しく可憐であらせられる聖女、パール様はこれまで数多くの偉大なる功績を残してきた。その一つが、ランドール共和国の首都リンドルを強襲したスカイドラゴンの討伐である。聖女パール様はスカイドラゴンが放ったブレスの前へ勇敢に立ちはだかって未熟な冒険者の命を救い、その素晴らしいお力をもってスカイドラゴンを討伐なされた。さらに……』


冊子には、こんな調子で延々とパールのことが書かれていた。スカイドラゴンの討伐のみならず、フェンリルをテイムしたこと、悪魔族との戦い、アイオンにおける聖域の攻略などについても記述されている。しかもかなりの熱量だ。


「……まるでパールの伝記じゃない」


「というより、ほぼ教典なのです」


「じ、じゃああんたがさっき言ってた、流行り始めている宗教っぽいのって……」


「このことなのです。聖女パール教、爆誕なのです」


いつのまにか、愛する娘が他国で教祖様にされて崇拝されていた件――


アンジェリカはガーデンテーブルの上に突っ伏すと、大きく息を吸ったあと盛大にため息をついた。

「天帝陛下のお役に立てるエルフになる!」学園きっての天才と呼ばれた美少女エルフのアシュリー・クライス。しかし、卒業後彼女は忽然と姿を消した。そして、再び旧友の前に現れた彼女は「天帝を殺す」と明言し、あらゆる破壊活動に手を染めてゆく。いったい何が彼女を変えてしまったのか。魔法を使えない天才エルフと、かつて恋心を抱いたドワーフのネメシア、天帝の側近であるステラ。お互いの心理と思考を読みあう高度な心理戦と頭脳戦が繰り広げられる。そして衝撃のラスト――

『連鎖~月下の約束~』完結済。ぜひに。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ幼女を崇めるに値することは…結構あった!是非もないね!!
[気になる点] 入会ナンバー、0〜10番くらいまでをアンジェリカ達に提供したら、公認してもらえたりは…無いか。 むしろ、番号順の揉め事で世界が危ないか? これからの活躍で、パールの薄い本も厚くなるん…
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