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第百九十八話 きっと気のせい

「子離れできない困ったパパは世界最強の魔王です!」連載中☆

「うーん……やっぱり細かい部分は難しいなぁ……」


スケッチブックへ走らせていた筆を止め、パールがぶつぶつと呟く。


「どうした、パール? 何ならもう少しこっちを向かせようか?」


「うん、おじい様。そうしてもらおうかな」


パールの手もとを覗き込んでいたサイファが、少し離れたところにいるモデルへ向き直る。


「おい。もう少しこっちを向いてくれ。あと、翼も少し広げてくれると描きやすいかもしれん」


『う、うむ……』


低い声を発したモデルが、戸惑いながらもゆっくりと体を動かす。


「あ、そんな感じで!」


「よし、止まれ」


サイファの言葉を聞いたモデルが、ぴたっと動きを止めた。


「うん、いいね。ありがとう~、古竜(エンシェントドラゴン)さ~ん!」


筆をもった手を無邪気に振るパールが視線を向ける先。そこには、地面に巨体を横たえた古竜がいた。再び真剣な表情になったパールが、スケッチブックに筆を走らせていく。


ここは、ランドール共和国から遥か遠くにあるシャズナ山脈。長きにわたり、空の支配者として君臨してきた古竜が棲みついている山としても知られている。


「おじい様、本当にありがとう。学園で写生の課題を出されたんだけど、せっかくならみんながビックリするようなものを描きたいなって思ったから」


昨日、パールからその話を聞かされたサイファは、すぐさま配下の吸血鬼に古竜の居場所を突き止めさせた。


そして、パールの課題をお手伝いするため、二人で遠く離れたこの場所へ足を運んだのである。


「気にするでない。何だったら、捕まえてアイテムボックスに入れて屋敷の庭へ持ち帰ってもよかったんだがな」


「あはは。それはきっとママやアルディアスちゃんたちがビックリしちゃうよ」


物騒な会話が耳に届き、古竜は生きた心地がしなかった。かつて世界のほとんどを支配した最強の吸血鬼、真祖が人間の女の子と一緒に現れたと思ったら、有無を言わさず絵のモデルになれと言われ今にいたる。


通常、そのような要求を古竜が飲むはずはない。が、相手は世界でもっとも強き真祖の一族。しかもその当主である。


血のように紅い瞳で軽く睨まれただけで、古竜は震えあがりすぐさま地面へひれ伏した。


「よし……うん、できた! おじい様、どうかな?」


「うむ……パールは賢いだけじゃなくて絵も上手なんだな。よく特徴をつかんで描けておる」


「ほんとっ?」


「ああ」


満面の笑みを浮かべるパールの頭を、サイファが優しくなでる。その様子を見た古竜は、どこかほっとしたように大きく息を吐いた。


「古竜よ、いきなりすまなかったな。孫娘のためだから仕方がなかったのだ」


何が仕方がなかった、だ。と古竜が心のなかで毒づく。


『まあ……別にかまわんがな。最初は、ワシを殺しに来たのかと大いに焦ったが……』


「むやみに他種族を襲うようなことはせんよ」


『そう、じゃったな。むしろ、最近は人間のほうがおっかないわい』


「人間が? なぜだ?」


古竜の口から意外な言葉を聞き、サイファが眉根を寄せる。その隣ではパールも首を傾げていた。


『半年ほど前から、竜種を中心に狩っている人間の冒険者がおるのじゃ』


「ほう……人間が竜種を。それはなかなか豪気なことだな」


『すでに、何体ものドラゴンが骸にされておる。いつかはワシのところにも来るのではないかの』


「竜種を一人で倒せる人間、か。なかなか興味深いな」


サイファがパールをちらりと見やる。


そういえば、たしかパールもドラゴンスレイヤーだったな。


『そうそう……興味深いと言えば、その冒険者は聖女の関係者らしいぞよ』


思わぬ言葉に、パールが目をぱちくりとさせる。


「聖女の……? どういうことだ?」


『運よく難を逃れたドラゴンから聞いただけじゃがの。戦いを始める前の口上で、「俺は聖女様の忠実なしもべ」といったことを口にしていたらしい』


パールの全身に電流が走る。と同時に全身を駆け巡る悪寒。


え……いや、ウソでしょ? そんな気持ち悪いこと言う人、一人しか心あたりないんだけど。


そう、かつてリンドルで冒険者として活動していたサドウスキーだ。パールに求婚まがいの言葉を述べ、ギルドの受付嬢から冒険者たちにまで、変態扱いされた痛い冒険者。


アンジェリカにも詰められ、もっと強くなって帰ってくると修業の旅に出たサドウスキー。だが、パールは解せなかった。


いやいや、きっと人違いだよね。だって、あの人そんなに強くないし。いくら修業の旅に出たとはいえ、一人でドラゴンを倒せるほど強くなっているはずは……。


「どうした、パール? 顔色がよくないが……」


「う、ううん! 何でもないよっ!」


あは、あはははは、と乾いた笑みをこぼすパールを、サイファは不思議そうに眺めるのであった。



――アンジェリカ邸のテラスでは、アンジェリカとメグ、兄たちがティータイムをすごしていた。


「で、お兄様方。今日はいったい何の用なんですか?」


あたりまえのようにガーデンチェアへ腰かけ、優雅に紅茶を飲む三人の兄たちへアンジェリカの冷たい視線が突き刺さる。


「い、いや。ちょっとアンジェの顔を見に、な」


「そ、そうそう。アンジェは元気かな、と」


「そそそ、その通り」


挙動不審な兄たちを前に、アンジェリカがこれ見よがしにため息をつく。


「正直に、パールに会いにきたって言えばいいじゃないですか」


三兄弟の目が一斉に泳ぎ始めた。わかりやすい連中である。


「残念ですけど、パールならお父様と一緒にお出かけしてますよ」


「なっ……! 父上様はそんなこと一言も……」


「言ったらお兄様たちもついてくると思ったのでは? 二人でお出かけしたかったんでしょうよ」


はぁ、と再びため息をついたアンジェリカを見て、メグが苦笑いを浮かべた。


「あんたたちもそうだけど、サイファもずいぶんとパールを気に入っちゃったわね」


「う……母上様だってそうじゃないですか」


「まあね。もう一人娘ができた気分だわ。誰かさんと違って、パールはとっても素直で優しくてかわいいし」


ふふん、と笑うメグへアンジェリカがジト目を向ける。


「まあ……パールをかわいがってくれるのはいいですけどね。ただ、お父様やお兄様たちはパールに甘すぎます。たまには厳しく接してくれないと、あの子のためになりませんから気をつけてくださいね」


「いやー、でも嫌われたくないしな」


「同じく。口うるさいおじさんだと思われたくない」


「同じく思われたくない」


キョウとシーラ、ヘルガが口をそろえて言う。


「だから、厳しくするのは母であるアンジェに任せるよ。代わりに俺たちは精いっぱいパールを甘やかすから」


「ぶん殴りますよ、ヘルガお兄様?」


ギロッ、と睨まれヘルガが肩をすくめる。と、そこへ――


「お。皆さんおそろいで」


テラスへ入ってきたのはダークエルフのウィズ。


「あら、ウィズ。今日はどこへ行ってたの?」


「リンドルの冒険者ギルドですよ。何かおもしろい依頼ないかなーって」


メグの隣へ腰をおろしながらウィズが言う。


「で、何かおもしろそうな依頼はあった?」


「んー、なかったですね。でも、ちょっと気になる話は聞けました」


「気になる話?」


「ええ。ここ最近、あちこちでドラゴンを中心に討伐している冒険者がいるらしいんです」


「へえ。それはなかなか……命知らずというか無謀というか……」


Sランク冒険者でも一人でドラゴンを討伐するのは困難だ。ヘタしたら、ブレスの一撃で骨も残さず消し炭にされてしまう。


「しかも、その冒険者。もともとリンドルで活動していたみたいなんです。もしかしたら、アンジェリカ姐さんやお嬢は知っている人かもしれませんね」


「ふーん……何て名前?」


「ええっと……何だったかな。サディスト……サウスポー……ウイスキー……んんー……ダメだ、忘れちゃった。何かそんな感じの名前だった気がします」


何だそれ、といった表情を浮かべるアンジェリカ。


サディスト、サウスポー、ウイスキー……言われてみると、そんな名前聞いたことがあるような、ないような……? 


いや、でも一人でドラゴンを討伐できるほどの強者なら、私が知らないはずないしな。うん、気のせいね。


首を軽く左右に振ったアンジェリカは、再びぬるくなりかけた紅茶のカップに手を伸ばした。

完結作品「連鎖~月下の約束~」。エルフの天才少女アシュリーが頭脳を駆使して巨悪に立ち向かう。衝撃の結末に感動必至(多分)笑

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