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第百九十四話 母の覚悟

女子が集まると、どうしてこう騒がしくなるんだろう――


ティーカップをソーサーへ戻したアンジェリカは、女子たちの(かしま)しい笑い声が響く庭へと目を向けた。広大な庭では、パールとその友人、オーラ、ジェリー、メリーがメグたちから楽しそうに魔法の指導を受けている。


「ふわぁ……アンジェリカ様のお母様、めっちゃ凄いのです……」


「そ、そうですね……。まあ、御母堂様のお母上様なのですから、当然とは思いますが……」


目をクルクルとさせながら驚いているソフィアに、レベッカが同意するように頷く。先ほどから、メグは人間がその生涯でまず一度も目にしないであろう、超がつくほどの高位魔法を子どもたちに次々と披露していた。


「まあ……真祖だしね。しかも、私よりずっと長く生きてるんだから、あれくらいは、ね」


笑顔でメグにまとわりつくパールが視界の端に映りこみ、アンジェリカは胸のなかで「ぐぬぬ」とうめき声をあげた。


「聖女様、とても楽しそうなのです」


空気を読もうとしないソフィアの発言に、レベッカがわたわたとし始める。


「……おばあちゃんができて、嬉しいんでしょ」


拗ねたように口を開き、再度庭へ目を向けた刹那、メグが鬼のような形相でこちらを睨みつけている姿をアンジェリカの瞳がとらえる。


アンジェリカの全身に悪寒が走り、まだ殴られてもいないのに頭頂部がズキズキと痛み始めた。


パールから「大ママどうしたのー?」と聞かれたメグは、一言二言何やら伝えると、のっしのっしとウッドデッキのほうへ近づいてきた。


「アンジェ。あんた、さっき私の悪口言った?」


「いいいい、言ってません!」


「そう。ならいいけど。私のこと年寄り扱いしてたら、前よりもっと酷い目に遭わせてやろうと思ってたわ」


アンジェリカが心のなかで「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。そして、母もまたとんでもない地獄耳であることを思いだした。


メグは空いていたガーデンチェアに腰をおろすと、庭に目を向けて口もとをわずかに綻ばせた。


「それにしても、子どもは本当に元気ね。それに、みんな素直でとってもかわいいわ」


「そうですね。あ、ちなみにオーラはソフィアの姪っ子ですよ」


自分の名前を出されたことに、ソフィアがドキッとしながら背筋を伸ばす。訪問時にアンジェリカからメグのことは軽く紹介されてはいるが、緊張しているのは明らかだ。


「へえ、そうなのね。あの子、なかなか筋がいいわよ」


「ほ、本当なのですか? だとしたら、それはアンジェリカ様のおかげなのです。オーラはアンジェリカ様に指導を仰いでいましたから」


「そうみたいね。やるじゃない、アンジェ」


にんまりとした笑みを浮かべるメグに、アンジェがジト目を向ける。何となくバカにされているような気がしたのだ。


テーブルへと向き直ったメグは、頬杖をついてソフィアの顔をじっと見つめた。


「ど、ど、どうされたのですか、メグ様……?」


高位の吸血鬼である証、そして親愛なるアンジェリカと同じ紅い瞳でじっと見つめられたソフィアが思わずたじろぐ。


まるで、すべてを見透かすような紅い瞳。何かを推し量ろうとするような視線に、ソフィアは急に落ち着かなくなった。


「お母様……?」


「ん……何でもないわ。エルミア教の教皇なんて、大変な仕事ねって思っただけよ」


母の言動にアンジェリカが眉根を寄せながら首を捻る。


「てゆーか……アンジェ。この子、あなたの愛人でしょ?」


「はぁっ!?」


いきなりとんでもないことをメグが口にし、アンジェリカの声が裏返った。あながち間違いではないのだが。


「だって、この子めちゃくちゃあなた好みじゃない」


口をパクパクとさせるアンジェリカの向かいでは、ソフィアが顔を赤くして俯いていた。その隣で、すっとぼけた表情で斜め上を見つめるレベッカ。


「隠すことないじゃない、別に。あなたもいい年なんだし。まあ、男っ気がまったくないのは親として気になるけど」


ニヤニヤとするメグを、アンジェリカが「ぐぬぬ」と睨みつける。と、そのとき――


「きゃあっ!!」


庭で悲鳴があがり、アンジェリカたちは弾けるように庭へ目を向けた。どうやら、声の主はジェリーのようだ。尻もちをついており、パールやオーラたちが慌てた様子で駆け寄ろうとしている。


「わ、私ちょっと行ってきます!」


チェアから腰をあげたアンジェリカが、急いで庭へと駆けてゆく。


「な、何があったのでしょうか?」


「んー……魔法の模擬戦でパールが威力の高い魔法を放って、ジェリーが受けきれなかった……ってところかしら? ケガは……していないみたいだけど」


ソフィアがチェアから腰を浮かせたまま庭へ目を向ける。というか、この距離でケガの有無までわかるとか、やっぱり真祖すごい、とソフィアが心のなかで思っていたのはここだけの話。


パールたちの輪に加わった娘、アンジェリカの姿をメグはじっと見やった。瞳と耳に神経を集中させる。


メグが先ほどソフィアに言った通り、パールが高威力の魔法を放ったことが原因だったようだ。パールの前ではいつもデレデレしているアンジェリカの表情がややこわばっている。


パールと向き合ったアンジェリカが、やや厳しめの口調で説教を始めた。模擬戦とはいえ、あまりにも高威力の魔法を使えばどうなるかはわかるはず、友達をむやみに傷つけることになったらどうするの? と。


肩を落として俯くパールに、アンジェリカは淡々と説教を続けた。その様子を、メグはテラスからじっと見つめ続ける。


慈しんで愛でるだけでなく、ときに厳しい顔も見せるアンジェリカを目にして、「いい母親だ」とメグは感じた。


あのアンジェが、母親か……。どうしようもなくわがままで強気で気分屋で、他者のことなんかまったく気にかけなかったアンジェが。


パールを見ていればわかる。アンジェがどれほど深い愛情を注いできたのか。あの子にとって、間違いなく今一番大切な存在はパールだ。


ひとしきり説教が終わったのか、アンジェリカは優しい表情を浮かべると、うなだれたままのパールの頭をそっと撫でた。その光景を見て、メグもかすかに頬を緩ませる。


あの子は……間違いなく成長した。私たちと一緒に暮らしていたころとは比べものにならないほど。


昔のように、感情にまかせて暴走するようなことは、おそらくないはずだ。それでも……やはり()()を伝えるのは、相当な覚悟がいる。伝える覚悟、そして、それを聞くアンジェの覚悟も。


どうするべきか。大抵の事なら感情を抑制できても、ことは愛する娘に関係することだ。親にとって……特に母親にとって、子どもは何よりも大切な存在。


真実を知ったとき、あの子がどのような行動に出ようとするかは、同じ母親として容易に想像できる。


それでも……それでも、やはり伝えなくてはいけない。可能性や希望がまったくないわけではないのだ。このままいたずらに時間を浪費するよりも、先に進むべきなのだ。明るい未来に向かって。


あの子は一人じゃない。古くから信頼しているアリアとフェルナンデス以外にも、今はあの子を慕う者がたくさんいる。


それに、私もすべてをかけてアンジェを手助けする。だから、覚悟を決めるのよ、私。


「はぁ……まったく、あの子ったら……」


やや疲れたような表情を浮かべたアンジェリカが、ぶつくさ呟きながらテラスへ戻ってきた。


「お母様がむやみに高位の魔法なんて教えるからですよ……って。ど、どうしたんですか、お母様?」


眉をひそめたまま顔を伏せているメグに、アンジェリカが怪訝そうな目を向ける。


「お、お母様。もしかして具合でも――」


「アンジェ。今夜、あなたに大事な話があるわ」


アンジェリカの言葉を遮り、メグが真剣な目を向ける。これまで見たことない、切羽詰まったような母の表情を見て、アンジェリカの心臓がドクンと大きく跳ねた。

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[一言] とうとうこの時が来てしまったのか… 次回ドキドキッッ
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