第百九十三話 お泊り女子会
「そ、それで、そのあといったいどうなったんですか!?」
「んー、そのときの私はずっと~、ある吸血鬼を追いかけていたからぁ~、その男の子とは結局何もなかったよぉ~」
目を輝かせるジェリーの向かいに座るルアージュが、のんびりと口を開く。
「え~、もったいなーい! ルアージュさんそんなにかわいいのにー!」
ジェリーの隣に座るオーラが「うんうん」と頷き、ベッドの上であぐらをかいていたウィズは「さすが姐さん」と口もとをにんまりとさせた。
「ルアージュは文句なしに美少女だもんね。近づいてくる男もそりゃ多かったでしょうね」
「わかるー。ルアージュちゃん、おっとりしてて女の子らしいし」
頬に手を添えながら口を開いたアリアの隣でパールが同意する。
「いいなー、ルアージュ。私なんて、ルアージュよりずっと長く生きてるのに男から言い寄られた経験ほとんどないんだけど」
「えー! キラさんそんなに美人さんなのに……!」
唇を尖らせるキラをまじまじと見ながら、メリーが驚いたような表情を浮かべた。
ここはアンジェリカ邸の二階にあるウィズの自室。以前、パールからお泊り女子会をしようと提案されたことを受け、朝からジェリーとオーラ、メリーの三人がやってきていた。
午前中は、アンジェリカとアリア、ウィズ、アルディアス、さらにはメグまで加わっての魔法指導。アンジェリカの母であり真祖でもあるメグと初対面のジェリーたちは、当初カチコチに緊張していたが、優しいお姉さん(?)とわかりすぐに仲良くなった。
みんなで昼食をとったあと、少しのあいだ自由時間に。というわけで、なぜか女子全員がウィズの部屋に集まり少し早い女子会を開いているのである。
なお、途中ソフィアがレベッカを伴いやってきたので、アンジェリカはテラスでティータイム、メグは書庫で読書をしている。
「ウィズはそういう恋愛関連の話ないの?」
「へ? わ、私?」
アリアから話を振られたウィズが、目をぱちくりとさせる。
「何で驚いてるのよ。あんたも長く生きてるんだし、それなりに恋愛の経験はあるんじゃないの?」
「あー……恋愛ってほどのものは、ほとんどないかも……。まあ、体目当てで近づいてくる男は腐るほどいたけど……」
自嘲気味に「はは」と乾いた笑い声を漏らしたウィズが、両手で胸をゆっさゆっさと揺らして見せる。
「す、凄い胸なのです……! オトナの魅力、なのです……!」
「う、うん……!」
「うらやまけしからん……!」
たぷんたぷんと上下に揺れる立派な果実を目の当たりにし、ジェリーとオーラ、メリーが思わず嘆息する。
「ちょっと、やめなさいよウィズ。子どもたちがいるんだから」
「そうだよウィズちゃんー! やらしいよー?」
アリアとキラから刺すような視線を向けられたうえに、パールからも「ぷんぷん」と苦言を呈されてしまい、ウィズは「はーい」とお手上げのポーズをする。
と、そこへ――
「やっほー。私もお邪魔していいかしら?」
ノックもせずに部屋へ入ってきたのは、アンジェリカの母であり真祖、メグ・ブラド・クインシー。
「あ、大ママ!」
「みんな楽しそうだなって思って。私も混ぜてもらっていい?」
にこやかな笑みを携えたメグが、ベッドの端に腰をおろす。すっかり仲よくなったジェリーたちも「大ママ先生だー」と喜んでいる。
「もちろんですよメグ姐様! あ、そうだ。メグ姐様、アンジェリカ姐さんの面白い恋愛話とかあります?」
ウィズが興味津々な様子でメグに目を向ける。
「アンジェの? そんなのいっぱいあるわよ。そうねぇ……財と名声のためにアンジェと政略結婚しようと企んでいた吸血鬼にアンジェが惚れちゃったけど、その男にはほかに女がいて、アンジェのことはこれっぽっちも想ってなくて、最終的にアリアに殺されて骨も残さず消し炭にされちゃった話でも聞く?」
ギョッとした様子のアリアを除く全員が「聞きたい!!」と口をそろえたので、メグは楽しそうに当時を思い返しながら語り始めるのであった。
――テラスでは、アンジェリカとソフィア、レベッカの三人がガーデンテーブルを囲んでお喋りに華を咲かせていた。が。
「……っくしゅんっ!!」
「ア、アンジェリカ様、お風邪ですか?」
ソフィアが心配そうにアンジェリカの顔を覗き込む。
「風邪、なんかひいたことないわ。でも、何となく悪寒はするわね……」
「は、はぁ……」
よくわからない、といった様子でソフィアが首を傾げたそのとき、二階からドッと笑うような声が聞こえてきた。
「おお……聖女様たち、ずいぶんと盛りあがっているようなのです」
「そうね。あの調子だと、お母様も参加しているような気がするわ」
「アンジェリカ様のお母様であり真祖のメグ様、万能メイドのアリアさん、ダークエルフのウィズさん、Sランク冒険者のキラさん、吸血鬼ハンターのルアージュさん、それに聖女様……。めちゃくちゃ豪華な女子会なのです。お金とれるレベルなのです」
ソフィアが目をクルクルとさせる様子に、アンジェリカが苦笑いを浮かべる。
「まったく、アリアまで参加するなんて……どうせならフェルナンデスも誘ってあげなさいよね」
アンジェリカが庭に目を向ける。広大な庭では、芝生の上でフェルナンデスとノアがアルディアスの子たちにブラッシングをしていた。とても微笑ましい光景ではある。
「うーん、あのメンバーのなかに男性が一人で混ざるのは、かなり勇気がいるのです。多分フェルナンデスさんも困ってしまうのです」
「まあ、それもそうか」
きゃいきゃいと姦しく恋バナに華を咲かせる女子たちに挟まれ、小さくなっているフェルナンデスを想像し、アンジェリカは思わず口もとを綻ばせた。
「それにしても、聖女様のご友人たちはとても贅沢ですね。アンジェリカ様やそのお母様、キラさんたちにまで稽古をつけてもらえるなんて。これも絶対にお金とれるのです」
「あんた、最近やけにお金にうるさいわね。もしかして、教会の運営がうまくいってないとか言わないわよね?」
「そ、そんなことあるはずがないのです! 世界中に信徒がいるエルミア教なのですよ!? そりゃもう、がっぽがっぽなのです!」
「いや、その表現はどうなのよ……」
ジト目を向けるアンジェリカに、こめかみを揉みながらため息をつくレベッカ。
「でもたしかに、贅沢、というか羨ましいですね。子どもたちにとっては絶対によい経験ですし、素晴らしい人材に育つと思います。ランドールの未来は明るいですね」
「まあ、ジェリーやオーラが強くなることで、周りも刺激を受けるだろうしね。ランドールの未来が明るいかどうかは知らないけど」
聖騎士団長、レベッカの言葉に「ふふ」とアンジェリカが笑みをこぼす。
「我が国も子どもたちの育成に力を入れないといけませんね、猊下」
「そうね。まあ、こっちにも規格外な子どもたちはいるんだけど」
ソフィアがアゴに指をあててにんまりとする。
「ああ、ユイちゃんたちのこと?」
「そうなのです。それと、これは魔法女学園の上層部から聞いた話なのですが、どうやらリズさんを魔法の講師として招こうという動きがあるみたいなのです」
ティーカップに口をつけたアンジェリカが、思わず「ぶふぉっ!」と噴き出しそうになる。
「ほ、本気で言ってるの? 吸血鬼を……しかも真祖に連なる血族を講師として招くって……なかなかぶっ飛んでるわね」
「はいなのです。以前、魔法競技会でリンドル学園に負けてからというもの、あそこの学園長はかなりイケイケなのです」
「まあ、教皇がぶっ飛んでるから仕方ないわよね」
「ひ、酷いですアンジェリカ様っ! 私は別にぶっ飛んでないのです!」
「あー、はいはい」
手をひらひらとさせながら、アンジェリカは再度ティーカップを口もとへ運ぶ。
アンジェリカの頭のなかに、自分を追いかけて国を飛びだしてきたかわいい妹分の顔が浮かびあがった。
あの子が学園の講師、ねぇ……。人間の女の子を弟子にしただけでも意外すぎたのに。大丈夫なのかしら。まあ、ユイちゃんたちを見る限り、リズの指導力はたしかなものだけど。
ただ、あの子って私よりも短気だからなぁ。ときどき冗談を真に受けてぶち切れたりするし。弟子をとってから大人になったとは思うけど。
と、そんなことを考えていると、賑やかな話し声とともに複数人がドタドタと階段を降りてくる音が耳に届いた。
「あ。聖女様たち降りてきたみたいですね」
「みたいね。今からまた魔法の練習するのかしら」
二階から降りてきた面々はそのまま玄関へと向かい、庭のほうへ出てきた。
「ママ―! ソフィアさーん!」
庭に出てきたパールが、アンジェリカとソフィアへ元気に手を振る。
「聖女様、めっちゃ元気なのです」
笑みを携えながらソフィアが手を振り返した。と、そのとき。パールのすぐそばにいる、栗色の髪をおさげにした女の子を見て、ソフィアが首を捻った。
「んん……? アンジェリカ様、聖女様のお友達にあんな女の子いましたっけ?」
「ん? ああ、メリーね。学校のクラスメイトで、最近仲がいいみたい」
「へー……そうなのですか」
ソフィアが再びメリーへと目を向ける。と、メリーも視線を感じたのかソフィアのほうへ顔を向けた。が、一瞬ギョッとしたような表情を浮かべたあと、メリーはサッと目をそらしてしまった。
「……??」
そのままアルディアスたちのもとへ駆けてゆくメリーの後ろ姿を、ソフィアは首を傾げたまま眺め続けた。