閑話 母の心子知らず 2
「万能吸血鬼リズ先生のほっこり弟子育成日記」「永遠のパラレルライン」2作品が第4回Web小説大賞一次選考通過☆
完結済作品「連鎖~月下の約束~」公開中。エルフの天才少女が繰り広げる復讐譚&頭脳戦ファンタジー。ぜひに。
少女の用事を手伝ったあと、アンジェリカは二人で街なかを散策していた。
「あ、そう言えばまだ名乗ってなかったね。私はアンジェリカ。あなたは?」
「わ、私はメルシーといいます」
メルシーと名乗る少女がおずおずと口を開く。
「メルシーね。ずっとここに住んでるの?」
「は、はい」
一瞬、メルシーの顔が曇ったのをアンジェリカは見逃さなかった。
「どうしたの?」
「あう……」
メルシーによると、彼女はこの土地で大きな力をもつ豪商の屋敷に住みこんで働いているとのこと。彼女の両親が豪商から多額の借金をしており、返済のために一人で住みこんで働いているらしい。
「そうだったんだ」
「はい……」
「家族のもとに、帰りたいって思う?」
「……はい」
瞳に涙を浮かべるメルシーを見て、アンジェリカは軽く首を傾げた。
うーん、そんなに家族っていいものかな? ママなんて厳しいし口うるさいし、折檻までするし。まあいいや。
アンジェリカはおもむろにアイテムボックスを展開すると、両手をつっこんでゴソゴソと何かを探しはじめた。
「ねえ、メルシー。血を吸わせてもらうんだから、これもお礼にあげるよ」
彼女が取りだしたのは、さまざまな貴金属で装飾が施されたブレスレット。どれほど価値があるのかわからないアクセサリーをポンと手渡され、メルシーは思わず息を呑んだ。
「え……!? こ、こんな高そうなものを……!?」
「昔、人間がパパに献上したものなんだって。いらないからって私にくれたんだ。でも私の好みじゃないし。売れば大金が手に入ると思うし、それなら両親の借金も返せて家族のもとにも戻れるんじゃない?」
「ほ、本当に……いいの……?」
「うん。だから血、お願いね」
感激して打ち震えるメルシーに、アンジェリカがパチッとウインクする。何度もお礼の言葉を口にするメルシーの手をとったアンジェリカは、そのまま人の少ない街外れまで転移した。
「さて、じゃあ血を吸わせてもらうね」
「は、はい……!」
緊張のあまり、メルシーの声が上ずる。
「大丈夫だよ、痛くしないから」
アンジェリカはそっとメルシーの後頭部に手をまわし、その細い首もとへ口を近づけた。そして――
「……っ!」
アンジェリカの鋭い牙が、メルシーの首にプツッと突き立てられる。じゅるじゅると音をたてながらメルシーの血を堪能するアンジェリカ。
二人の息遣いが次第に荒くなる。血を飲み終えたアンジェリカが、そっとメルシーから離れた。
「ふぅ……ありがとうね、メルシー。お、おおお……?」
口もとを手で拭っていたアンジェリカの体が光に包まれる。眩しそうに顔を覆っていたメルシーだったが、次の瞬間驚愕の表情を浮かべた。
「え……!?」
何と、アンジェリカの体は大人の姿に成長していた。
「おお……! すごい! これなら絶対にママに勝てそう!」
全身からみなぎる魔力に、アンジェリカは思わずにんまりとする。
「よし……! 待ってろよママめ!」
呆気にとられるメルシーを尻目に、アンジェリカは紅い瞳を爛々と輝かせた。そして、「それじゃあね、メルシー! ありがとう!」と感謝の言葉をかけると、そのまま天高く舞いあがり、すさまじい速さでどこかへ飛び去った。
取り残されたメルシーが、そっと首もとに手を触れる。そして、アンジェリカが飛び去ったほうへ向かい頭を下げると、プレゼントされたブレスレットを換金すべく、街のほうへ駆けていった。
――居城の一室で膝を突き合わせていたサイファとメグ。そこへ、執事のエピフォンが慌てた様子で飛びこんできた。
「ご、ご当主様、奥方様! 大変です!」
エピフォンの様子に怪訝な表情を浮かべるサイファとは対照的に、メグの顔色はほとんど変わらない。
「な、何があった……? む!?」
何かに気づいたようにサイファが立ちあがる。
「な、何だ……? このとんでもない魔力は……?」
「はぁ……アンジェに決まってるでしょ。やっと戻ってきたみたいね」
ため息をつきながら立ちあがったメグは、「ちょっと行ってくるわね」と口にすると、そのままどこかへ転移した。
彼女が転移したのは、居城から少し離れた先の上空。視線の先には、えげつない魔力をまき散らしながらフワフワと宙に浮く娘の姿があった。
にんまりとした笑みを浮かべるアンジェリカに、メグは刺すような視線を向けた。
「まあ、そんなことだろうとは思ってたわ。アンジェ」
「ふっふっふー! どう、ママ? 娘の成長した姿は? 魔力も身体能力も、今の私はすっごいんだから! これなら絶対にママにも負けないんだから!」
腰に両手をあてて、自信満々に宣言するアンジェリカに、メグは冷ややかな視線を浴びせる。
「吸血で力を解放したところで、オツムがそのままじゃあね。まあいいわ。相手してあげるからかかってきなさいな」
「ふ、ふんっ。強がっちゃって。あとで謝っても知らな――」
刹那、メグの姿がアンジェリカの前から消えた。
「反応が遅い」
背後からゾクリとするような声が聞こえ振り返った瞬間、目の前に母の拳が飛んできた。
「わ、わわっ!」
かろうじてかわし、すぐさま少し離れた場所へ転移する。
「くっそー! 『展開』!」
メグを取り囲むように、十数個の魔法陣が展開する。が、メグの表情は変わらない。
アンジェの独自魔法、魔導砲。しかも、魔法陣で相手を囲んでの全方位砲撃。並大抵の者ならあっさりと消し炭にされてしまうだろう。
でも、それは当たればの話。魔法が発動した瞬間に転移すればダメージを受けることはない。が、おバカなアンジェでもそれくらいは理解しているはず。となれば……。
「えーい! 『魔導砲』!」
展開しているすべての魔法陣から一斉砲撃が開始される。が、これで仕留められるとはアンジェリカも考えてはいない。
ママならきっと転移で逃げるはず。それも、私の後ろにね! さっきと同じ手は食わないよ!
魔法を発動すると同時に、アンジェリカはサッと後ろを振り返り身構えた。が――
「あ、あれ……?」
背後には誰もいない。そして――
「ほんと、おバカね」
「えっ!?」
さっきまで向いていたほうから声が聞こえ、アンジェリカが再度振りかえろうとした瞬間。
ゴンッ、と鈍い音があたり一帯に響きわたった。
「っ……!!」
アンジェリカが頭を押さえてうずくまる。メグの強烈なゲンコツを頭に落とされたのだ。
「せっかく魔力を高めても、その程度のオツムで私に勝てるわけがないでしょ」
腕を組んだまま見下ろしてくるメグを涙目で睨みつけたアンジェリカは、再び転移して距離をとった。
「もう……もう……、絶対に許さないんだから!!」
アンジェリカの体から禍々しい魔力がゆらゆらと立ち昇る。空気がビリビリと震え、嵐のように強風が舞った。
「……ほんと、どうしようもないバカ娘ね。いいわ、私も本気で相手してあげる」
スッと目を細くしたメグの体からも、黒々とした魔力がまき散らされる。アンジェリカとメグ、双方が本気でぶつかれば、あたり一帯にどのような被害をもたらすか火を見るよりも明らかだ。
双方が魔法を放つ態勢に入ったまさにそのとき――
「……?」
「っ!?」
異変に気づき、アンジェリカとメグ、双方が動きを止める。周りを見ると、いつの間にか展開した軍の兵士たちが自分たちを取り囲んでいた。しかもとんでもない数である。
「奥方様、お嬢様、どうかお鎮まりください」
一歩前に出て声をかけてきた男。アリアの父であり、北方方面軍の指揮官であるグレン・バートンである。さらに――
「は、母上様! そのまま戦えば周りへ甚大な被害をもたらします! ここはどうか穏便に……!」
泣きそうな顔で訴えるのは、南方方面軍の指揮官であり、アンジェリカの兄でもあるヘルガ。
「ヘルガ様の仰る通りです。ここはお引きくだされ」
精悍な顔立ちの男は、西方方面軍を率いるデルヒ。名門コアブレイド家の当主であり、リズの父である。
「左様。このままでは大変なことになってしまいます」
東方方面軍の指揮官であり、長兄でもあるキョウが沈痛な表情を浮かべる。
各軍団長へジロリと視線を這わせたメグだったが、「はぁ」と大きくため息をついた。
「……私も大人げなかったわね」
メグの体から立ち昇っていた黒々しい魔力が引いていく。一方、アンジェリカはいまだ納得がいかないような顔で「ぐぬぬ」と唸っていた。
「アンジェ。あなたもここは引きなさい。ここで引けないようなら、あなたはやっぱり頭の悪い子どもよ」
「ぐぬぬ……」
「私も少し言いすぎたところはあるわ。それは反省する。だから、ちょっと二人で話しあいましょ」
さすがに、母親からそこまで言われてはどうしようもない。アンジェリカは戦闘態勢を解くと、メグと一緒に城へと戻っていった。
そして、話しあいという名目の、とてつもなく長い説教が始まるのであった。
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