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第百九十二話 気になる少女

午後の昼下がり。晴れわたる青空のもと、リンドル学園の校庭では魔法の実技授業が行われていた。授業を受けているのは、パールも在籍している特級クラスの生徒たちである。


これまで、数多くの実技授業を受けてきた生徒たちだが、今日に限っては全員が一様に緊張した表情を浮かべている。


「い、いきます!」


顔をこわばらせたまま魔法を発動させる態勢に入ったのは、ツインテールがトレードマークのジェリー。パールの友人であり、冒険者としても活動している勝ち気な女の子だ。ほかのクラスメイトと同様、彼女が顔をこわばらせている理由。それは――


『うむ。いつでもよいぞよ』


ジェリーが視線を向ける先にいるのは、パールの護衛も務めるアルディアス。神獣フェンリルである。


「『雷槍(ライトニングランス)』!」


前方に突き出した両手のひらが輝きを帯びる。次の瞬間、顕現した雷の槍が凄まじい速さでアルディアスへと迫った。


『ふむ……アンジェリカから指導を受けていただけのことはある。が……』


その巨体を貫かんとばかりにぐんぐんと雷槍が迫るも、アルディアスが焦る様子はない。そのまま魔法が直撃するのでは、と生徒たちが息を呑んだ刹那――


美しい銀白の尾が目にも止まらぬ速さで動きだし、迫りくる雷槍を()いでかき消した。


「そ、そんな……!」


呆気にとられるジェリー。もっとも自信があった魔法をあっさりとかき消され、かわいらしい顔に悔しさが滲む。


『落ち込む必要はないぞよ。その魔法は(わらわ)以外の相手なら相当な脅威となるはずじゃ。ただ、もう少し魔力を練って、素早く発動させられるようになるとよいぞよ』


「は、はい! アルディアス先生、ありがとうございました!」


一瞬落ち込んだジェリーだったが、素直に頭をぺこりと下げてもとの場所へ戻っていく。そう、今日の実技授業はアルディアスが講師を務めているのだ。


ここしばらく、アルディアスはパールの護衛として登下校をともにしている。彼女が授業を受けているあいだ、ずっと校庭の片隅で退屈していたのもあり、自分から講師を申し出たのだ。


当初、神獣であるアルディアスにそのようなことをさせてよいのかと、学園の上層部もかなり焦ったようだが、パールの口添えもあって今にいたっている。


「よーし、アルディアスちゃん。次、私やっていい!?」


元気に手を挙げたのはパール。その発言に、授業を見守っていた教師と全クラスメイトがギョッとした。


『む。さすがにそれはマズいじゃろう。パールが全力で放つ魔法は妾でも完全には防げぬ。避けたら校庭どころか校舎も破壊されつくすかもしれんぞよ』


「パパパ、パールちゃん! ダメですよ!?」


魔法担当の教師が途端に慌て始める。一方のパールはというと、「え~」とつまらなさそうな顔をしていた。


パールが諦めたところで授業が再開し、アルディアスは順番に生徒たちからの魔法を受け続けては的確に助言をしていった。アルディアスの指導は生徒からも好評で、魔法担当の教師も一緒になって学んでいるほどだった。



――すべての授業を終え、帰り支度を始めるパール。そこへ、ジェリーとオーラ、メリーがやってきた。教室を出て、お喋りに華を咲かせつつ正面玄関へと向かう。


「それにしても、アルディアス先生すごかったね」


「そうですね~。私なんか、アルディアス先生を前にして足がすくんじゃったのです」


オーラがトホホとため息をつく。


「うう……私なんか魔法が届きすらしなかった……」


そう嘆くのは、ブラウンの髪を三つ編みのおさげにしたメリー。


「あはは。メリーはもっと魔法の基本を練習しなきゃね」


「だね……パール、今度教えてよ」


「いいよ。そうだ、そのうちみんなでお泊り会しようよ。うちで。それなら、ママとかお姉ちゃんとか、アルディアスちゃんにも魔法を教えてもらえるよ!」


パールの提案に、三人が「おおっ」と声をあげる。


「何か、めちゃくちゃ贅沢だよね」


「パールちゃんの家には、アンジェリカ様やアリア様以外にも、Sランカーのキラさんやダークエルフのウィズさん、吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターのルアージュさんもいますしね。パールちゃんが自然と強くなるのも納得なのです」


オーラの言葉に、ジェリーとメリーが「うんうん」と頷く。


「あ。そう言えば、また家族が増えたって言ってなかった?」


ジェリーが思いだしたように言う。


「ああ。おばあちゃんも一緒に暮らし始めたんだっけ?」


「そうそう、ママのママ」


メリーが「おばあちゃん」と口にしたことに、パールは思わず笑いそうになった。


お泊り会の前に、大ママのことおばあちゃんって呼ばないように言っておかなくちゃ。ママが「おばあちゃんって呼んであげなさい」って言ったときの大ママ、めちゃくちゃ怖い顔してたし。


「わー、アンジェリカ様のお母様かぁ……どんな方なんだろう」


「め、めちゃくちゃ気になるのです」


「ママに似て、めっちゃくちゃ美人だよ。それに、ママよりも強いんだー」


その言葉に、ジェリーとオーラが「は!?」と驚愕する。二人とも、アンジェリカからしばらく魔法の指導を受けていたため、アンジェリカの凄さを嫌というほど思い知っている。


「ほ、本当に……? そんなこと、あるの……?」


「し、信じられないのです……」


絶句する二人に、パールは先日アンジェリカとメグが模擬戦をしたときの様子を説明してあげた。終始興奮した様子で話を聞いていたジェリーとオーラが、「早く会ってみたい!」と口にする。


そんなことを話しつつ歩いていると、いつの間にか校門を出てしまったため、そこでパールたちは別れた。


「さて、と。アルディアスちゃん、今日もよろしくね。あ、授業もありがとう!」


アルディアスのモフモフとした背中にまたがり、パールは感謝の言葉を述べた。


『クックッ。よいよい。妾も楽しめたしのぅ』


「クラスの子たち、みんな喜んでたよ! あ、先生も! また授業してほしいって」


『ふむ。妾は別にかまわんぞよ』


「やったー! 授業してて、気になる子とかいた? 魔法の才能がありそうな子とか」


『む……そうじゃな。ジェリーとオーラは、アンジェリカから指導を受けていただけあって、なかなか筋がよい。今でも大人相手に引けはとらぬであろうな』


「さっすが、ジェリーちゃんとオーラちゃんだね」


友達のことを褒められ、パールが「えっへん」と胸を張る。


『あと、気になったと言えば、メリーかの』


「へ? メリー?」


パールが目をぱちくりとさせる。メリーの魔法の成績は決して悪くはないものの、ジェリーやオーラに比べると目だったよさはない。実際、今日の実技授業でも、発動した魔法がアルディアスに届く前に消滅してしまったくらいだ。


『うむ。何となくじゃが、あの娘、今日の授業ではわざと手を抜いているように見えたんじゃがの』


「そ、そうなの……?」


『よくわからんがの。身にまとう雰囲気にも何となく違和感があったというか……うん、やはりよくわからん。妾の気のせいかもしれぬ』


「そ、そう」


アルディアスの背中で揺られながら、パールが首を捻る。


うーん、もしかしてメリーって、もの凄い魔法の才能があるとか? 私は全然そんなふうに感じないんだけど……。まあ、たしかに不思議な雰囲気はあるような……気がする。


ん……? あれ? そう言えば、さっきメリー「おばあちゃんと一緒に暮らし始めたんだっけ?」って言ったよね? 


私、家族が増えたとは言ったけど、大ママのこと喋ったかな? 


『どうしたのじゃ、パール?』


背中の上で「うーんうーん」と唸るパールにアルディアスが声をかける。


「……んーん。何でもないよ」


何となくモヤモヤしたものを感じつつ、パールが背後を振り返る。すでに小さくなったメリーの背中を見て、再びパールは首を傾げるのであった。

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