第百九十話 偉大なる母の力
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ズドンッ、と腹に響くような鈍い音がアンジェリカ邸の庭に響きわたる。まるで空から星が墜ちてきたと勘違いしそうな爆音と地鳴りに、邸内にいたアリアやフェルナンデス、ウィズたちが慌てて庭へ飛び出してきた。
「い、いったい何事!?」
アリアが視線を向ける先では、主人たるアンジェリカとその母メグが一定の距離を置いて向かいあっていた。先ほどの音は、どうやらどちらかが魔法を放った音らしい。アリアが思わず頭を抱える。
「ああもう……お嬢様ったら……! メグ様まで……!」
アンジェリカが幼いころからメイドとして仕えるアリアは、二人の母娘ゲンカを何度も目にしたことがある。真祖の母娘によるケンカは規模も半端なく大きく、ときには軍まで出動して母娘ゲンカを止めたくらいだ。
「どうしたの、アンジェ。遠慮はいらないわよ。もっとちゃんと狙ったらどう?」
焦げた地面がブスブスと鳴き細い煙が立ち昇るなか、メグはほのかに赤い唇を弓のようにしならせた。
「……お母様、魔法の無効化できないじゃないですか。あたったら、本当にただじゃすみませんよ?」
あらゆる攻撃魔法の無効化はアンジェリカの生まれもった能力である。とはいえ、メグも魔法への強力な耐性はあるが、アンジェリカが本気で放った魔法が直撃したとなるとどうなるかはわからない。
「あら、母親のことを心配できるようになったなんて、本当に成長したのね。ふふ、でもそんな心配は無用よ。だって、あなたの魔法なんて絶対にあたらないんだから」
アンジェリカのこめかみに浮き上がった蜘蛛の巣のような血管がぴくぴくと波打つ。
「忠告はしましたからね……『展開』」
アンジェリカの前に展開した十数個の魔法陣が輝きを帯び始めた。それを見て再びにんまりとするメグ。
「ふふ……魔法陣の数はそれだけで十分なの? 文字列の記述にも問題はない? 大きさと配置もそれでいいの?」
「……お母様。私はもう子どもではないんです。あのころと同じだと思ってるんなら、本当にどうなっても知りませんからね」
「まあ、生意気ね。私から見れば、あなたなんてまだまだお尻の青いお子ちゃまよ。体だって貧相なままじゃない。主に胸が」
母から嫌味ったらしい口撃を受け続け、アンジェリカの全身が怒りでワナワナと震え始める。特に、気にしている胸のことに触れられたことで、怒りは頂点に達した。
「……残念ですお母様。久しぶりに会えたのにこれでさよならだなんて。では、ごきげんよう。『魔導砲』!!!」
展開したすべての魔法陣による一斉砲撃が始まる。凄まじい出力の閃光がいくつもメグに迫るが、当の本人は相変わらず涼やかな笑みを浮かべたまま動かない。まさか、避けるつもりがないのでは、とアンジェリカがわずかに動揺した刹那――
「『魔法反射』」
メグの足元から光の壁が顕現し彼女を守るように取り囲む。そして、光の壁に直撃した魔導砲は勢いよく弾き返され、魔法の発動者であるアンジェリカを強襲した。
「な……!?」
魔法を無効化できるためダメージこそ負っていないが、自慢の独自魔法をあっさりとすべて跳ね返され、アンジェリカは思わず唇を噛んだ。悔しがる娘を気にすることなく、メグがスッとアンジェリカの足元を指さす。
「『血の鎖』」
「え……!?」
地面から顕現した真っ赤な鎖が、ジャラジャラと音をたてながらアンジェリカの腰や足にまとわりつく。さらに。
「スピアンヌ! おいでなさい!」
待ってましたと言わんばかりに、テラスの壁に立てかけていた魔槍スピアンヌが風を巻いて飛来した。スピアンヌを手に取ったメグは魔槍を思いきり振りかぶり、アンジェリカへと投げつける。
「ちょ……!!」
魔法無効化によって血の鎖は粉々に砕け散ったものの、回避行動が遅れたアンジェリカの細い体へ魔槍スピアンヌが直撃した。パリンッ、と甲高い音が庭に響く。
アンジェリカの体に常時張られている複数の対物理攻撃結界。魔槍スピアンヌの一撃によってそれが複数枚同時に破壊された。
黒々とした槍の穂先でぎょろぎょろと動く不気味な目が、攻撃の成果を確かめるようにわずかなあいだアンジェリカの様子を窺い、そして再びメグのもとへと戻っていった。
「さすがにかったいわね。どう、スピアンヌ?」
『は。さすがアンジェリカお嬢様です。この私の一撃でも体に傷一つつけられぬとは』
「ふふ。まあ私の娘だしね」
にんまりと嬉しそうな笑みを浮かべたメグがスピアンヌを肩にかつぐ。その様子をアンジェリカは「ぐぬぬ」と唸りながら睨みつけていた。
「ち、ちょっと、お母様! 魔法を見てあげるなんて言っておきながら、魔槍で攻撃するなんて酷いじゃないですか!!」
「あ、それもそうね。じゃあスピアンヌは使わないであげるわ」
パッと手を放されたスピアンヌはふわりと宙に浮くと、そのまま自ら地面に穂先を突き刺した。ほっと安堵するアンジェリカ。
「ふふ……せっかくアンジェが自慢の魔法を見せてくれたんだから、私もとっておきを見せてあげようかしら」
「え……?」
不敵な笑みをこぼすメグにアンジェリカが怪訝そうな目を向ける。
お母様のとっておきの魔法……? どんな魔法? いや、そう言えば私、お母様がどのような魔法使えるのかあまり知らない気が……。魔法はお父様やお兄様に教わることがほとんどだったし……。何て言うか……そこはかとなく嫌な予感がする。
「先に言っておくけど、この魔法はあなたの能力でも無効化できないわよ。そういう魔法だから」
アンジェリカがギョッとしたように目を見開く。
「な、何をバカな……そんな魔法、あるわけがありません……!」
そう、あるはずがない。これまで生きてきたなかで、魔法によるダメージを受けたことなど一度もないのだ。ハッタリに決まっている。
嫌な予感がしつつも、アンジェリカは自身の魔法無効化能力に絶対の自信をもっていた。
「それがあるのよね。今から見せてあげるわ……」
そう口にしたメグの体から黒々とした魔力が立ち昇り始める。あまり見たことがない母の真剣な様子に、思わずアンジェリカも身構えた。
が、突然メグが何かに驚いたように口を開いた。
「え、あれって……!」
驚愕するように目を見開いたメグが、震える指でアンジェリカの背後を指さした。母のただ事ではない様子に、アンジェリカも弾けるように背後を振り返る。が、次の瞬間――
ズシンッ、と鈍い音がアンジェリカ邸の庭にこだました。瞬時にアンジェリカの背後へ転移したメグが、彼女の頭に思いきりゲンコツを喰らわせたのだ。とんでもなく姑息な不意打ちに、アンジェリカは堪らず頭を抱えて地面へうずくまる。
「っ……!!」
どうやら、痛くて声も出ないようだ。
「ふふ、どう? 私の独自魔法『偉大なる母の鉄槌』は」
自慢げにふふんと鼻を鳴らす母を恨めしそうに見上げるアンジェリカ。相当痛かったのか、瞳には涙が浮かんでいる。
「た……ただのゲンコツじゃないですか……!」
「違うわよ。『偉大なる母の鉄槌』よ」
「だ、だから、それを世間ではゲンコツと――」
母が再び拳をそっと掲げたため、アンジェリカは反射的に両手でサッと頭を庇った。
「というかあなた、あんな手に引っかかるとかまだまだね。修行が足りないんじゃない?」
「うう……ずるいよマ……お母様……」
少し離れた場所で見守っていた全員が「ママって言いそうになった」と心のなかでツッコんだ。と、そんな二人のもとへ満面の笑みを浮かべたパールが駆け寄る。
「大ママ、凄い! 本当にママより強いんだ!」
「ふふ、母は強いものなのよパール」
笑顔でメグに話しかけるパールの様子に、アンジェリカが泣きそうな顔になる。
「うう……パール、ママのことを心配してほしいんだけど……」
「あ、そうだ! ママ、頭大丈夫?」
「そ、その言い方だと私の頭がおかしいみたいに聞こえるからやめてほしい……」
「そ、そうだね、大丈夫? 痛くない? 私の力使おうか?」
まだ頭をさすっている母親に、パールが心配そうな目を向けた。
「ん、大丈夫よ。ママは……強いんだから」
にんまりと口角をあげるメグにジト目を向けながらアンジェリカが言う。そうこうしているうちに、アリアやフェルナンデス、ウィズ、ルアージュたちも集まってきた。
ウィズとルアージュも、メグの魔法と老獪な戦術に感銘を受けたのか、興奮したようにいろいろと質問し始めた。そんな彼女たちの様子を遠目から眺めていたアルディアスは、伏せていた耳を立てると「やっと終わったか」と安堵したように地面へ巨体を横たえた。