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閑話 教皇ソフィアの華麗なる日常 3

「ど、どうしたのですか? レイニー少年」


壁で隔てられているため表情こそ見えないが、泣いていることは明白だった。


「うう……実は……」


すすり泣きながら、何があったのかをとつとつと話し始めるレイニー。


要約するとこうだ。神の御使いから指導を受け自信を取り戻したレイニーは、以前負けた女の子に再び魔法の勝負を挑んだらしい。


わざわざその女の子の通っている学校まで押しかけ、教師やクラスメイトたち立ち会いのもと勝負したとのこと。で、またまたあっさりと負けたらしい。


そして、案の定負けた悔しさでまたスカートめくりに及び、再びぼっこぼこに殴られたとのこと。いや、男子って学習能力ないん?


それにしても驚いた。レイニー少年は決して弱くないし、あの夜の修行で課題もずいぶん改善できた。にもかかわらずあっさり返り討ちにしてしまうとは。


「うう……司祭様! もう一度……もう一度神の御使い様に修行をつけていただけないでしょうか!?」


「あう……んー……」


「だ、だめでしょうか? それとも……神の御使い様でも、僕を強くすることはできないのでしょうか……?」


「むむ……あ、ああーーっ! また神の言葉がおりてきました。今夜またあなたに修行をつけてやると御使い様は仰ってます」


「ほんとですか!?」


「ええ。乗りかかった船だと仰っています。また夜に聖騎士を迎えにやりましょう」


ソフィアの言葉を聞いてすっかり元気になったレイニーは、何度もお礼の言葉を述べて帰っていった。


まあ……仕方ないか。一度引き受けちゃった以上は責任もたないとね。今のうちに練習メニューでも考えるか。と、そのとき──


「あの……司祭様。告解をお願いします」


かわいらしい女の子の声が聞こえ、ソフィアは背筋を伸ばした。


「はい。何があったのですか?」


「実は……先日男子から……その、スカートをめくられてしまったんです」


一日に二回もそのワードを聞くことになるとは。てか、スカートめくり流行ってんの? まあとりあえず続きを聞いてみよう。


「その男子は他校の生徒で……魔法の合同授業で私に負けた腹いせにスカートをめくってきました……それも二回も」


んん? んん? どこかで聞いたことあるような。


「それで……私頭にきてしまって……男子をぼっこぼこに殴っちゃったんです。二回も」


いや、レイニーのことやないかい。まさか、女の子のほうまで告解に訪れるとは。


「司祭様……頭にきたとはいえ、自分より弱い男子をぼこぼこに殴ってしまった私を神は赦してくれるでしょうか?」


うん、赦す。とりあえず私が赦す。だって悪いのレイニーだし。って伝えるわけにはいかないか。


「そうですね、暴力はよくありませんね。でも、あなたがきちんと反省しているのなら、きっと神はお赦しになってくれますよ」


「あ……ありがとうございます!」


かわいらしい声でお礼を述べ、女の子は帰っていった。


うーん……レイニーはきっとまたあの子に挑むんだろうな。んで負けたらスカートめくってまたぼこぼこにされる、と。


この悪循環を断ち切るには、やっぱレイニーを強くしてあげるしかないか。それにしても……、さっきの女の子の声、どこかで聞き覚えがあるような……。気のせいかな?


ふぅ、と小さく息を吐いたソフィアは、腕組みをしたまま夜の練習メニューを考え始めた。



──その日の夜。


再びレイニーがレベッカに連れられてやってきた。その顔にくっきりと残るいくつかのアザ。うん、ずいぶん手痛くやられたようだ。自業自得だけど。


「よく来たな、レイニー少年」


「は、はい! 御使い様、不甲斐ない僕のために時間を割いてくださりありがとうございます!」


感謝の言葉を述べるレイニーの顔が、どことなく寂しそうというか、哀しそうに見え、ソフィアは首を捻った。


気になったが、とりあえず時間もないため特訓を開始することに。今回も二時間たっぷりとしごいてやった。


大人でも音をあげるくらい厳しく指導したつもりだが、レイニー少年は歯を食いしばって何とかのりきった。向上心と根性は素晴らしい。


「ふむ……今回は戦術面も指導したし、次こそはその女の子に勝てるのではないか?」


肩で息をしていたレイニーの顔がかすかに曇る。


「はい……でも……」


「何かあったのか?」


「……今日、告解へ訪れたあと、たまたま街でその女の子と出くわしたんです。そのとき、もうあんたとは勝負しないと言われてしまいまして」


なるほど、とソフィアは思った。勝負しなければ勝敗はつかないし、スカートめくりにも発展せずレイニーをぼこぼこにする必要もない。あの女の子なりの解決策というわけだ。


はっきり言ってレイニーよりはずっと賢いとソフィアは思ってしまった。


「それなら、仕方ないな。もう勝負は諦め──」


「御使い様、お願いします! 最後に、僕たちの勝負を見届けてくれませんか!? 神の御使い様の言葉なら、きっとあの子も最後の勝負に応じてくれると思うんです!」


ええ〜……まだ諦めないの? まあ、負けたままってのが嫌って気持ちは理解できなくはないけど……。


仕方ない。私の前で勝負つけさせて、それでお互い恨みっこなしで仲直り、ってふうにもっていけばいいか。女の子を夜に連れ出すのは問題だから、保護者の許可がおりれば、だけど。


「そうだな……では、相手の保護者が同伴するならよしとしよう。女の子を夜にこんなところへ連れ出すのは問題だからな。その女の子に確認して、承諾してくれたなら明日の夜ここへ来ればいい。お前のところへは聖騎士を迎えに寄越すから、承諾を得られなかったときはその旨を伝えてくれ」


「わ、わかりました!」


パァッと顔を輝かせたレイニーが直立不動で返事をする。そして翌日──



相手の女の子にことの次第を伝えたところ、これが最後と条件つきで承諾を得られたらしく、レイニーはレベッカに連れられ一足早く訓練場へ訪れていた。


「自信のほどはどうだ、レイニー少年?」


「も、もちろんあります! 僕を二回もぼこぼこにしてくれたあの生意気な女の子を、ギッタギタにしてやりますよ!」


自信をのぞかせるレイニーに対し、ソフィアは胸のなかで「原因はあんたのスカートめくりでしょうが」とツッコむ。


と、そのとき。訓練場の扉がギギィッと音を立てて開き、小さな女の子が入ってきた。その女の子を見たソフィアが思わず目を見開く。


ポニーテールにした髪の毛を揺らしながらこちらへ足早にやってくる女の子。


え? あの子ってたしか、王立魔法女学園のユイちゃん……よね? 


以前、教師から理不尽な扱いを受けた友達を思い、涙ながらに教会で祈りを捧げていた少女。リンドル学園で行われた魔法競技会での見事な戦いぶりは今でもはっきり覚えている。


そっか……ユイちゃんがお相手だったのか。告解のときどこかで聞いたことある声だと思った……って、ちょっと待って。たしか、この子の師匠って……。


「ちょっとユイ、置いていかないでくださいな。急ぎすぎると転んでしまいますわよ?」


またまた聞き覚えのある、鈴のようにコロコロとした声が訓練場に響き、ソフィアの全身から一気に脂汗が噴き出した。


ユイのあとに続いて訓練場へと入ってきた小柄な少女。ツインテールにまとめたグレーの髪にはゆるくウェーブがかかり、燃えるような紅い瞳は爛々と輝いていた。


リ、リ、リ、リズさん!!!!


ソフィアは心の内で悲鳴をあげた。ユイの保護者として現れた紅い瞳の少女こそ、敬愛するアンジェリカの従姉妹であり、ユイやモア、メルの魔法の師匠、リズ・ライア・コアブレイドである。


そしてアンジェリカのそばにいる女の子あるある、もれなく美少女。


ユイのそばに立ったリズが、仮面姿のソフィアをじっと見やった。


「あなたが神の御使い様とやらなのですの? 私には変態っぽい仮面をかぶった人間にしか見えないのですが」


「ななな……何を言う。私こそ神の御使いソフィーである」


全身からダラダラと脂汗を垂れ流しながらソフィアが言う。


「……まあどうでもいいですわ。ユイ、さっさと終わらせて帰りますわよ?」


「はい、リズ先生!」


にっこりと笑みを浮かべたユイがすぐさま魔力を練り始める。即座にソフィアは「あ、これはダメだ」と直感した。


限りなく真祖に近い血筋であるリズが、手取り足取り愛情を注いで指導している愛弟子がユイ、モア、メルの三人娘である。


そこいらの多少魔法が得意な子どもが勝てる要素などまずない。案の定、勝負はまたたく間についた。


素早く展開した魔法陣によって威力を増したさまざまな魔法を撃ち込まれ、レイニーはあっけなく訓練場の床を舐めることになった。


「はぁ……その程度の腕でよくユイと勝負しようなどと思いましたわね。無謀にもほどがありますわ」


床に倒れたレイニーへリズが治癒魔法をかける。ぱちっと目を開いたレイニーはしばし呆然としたかと思うと、おもむろにソフィアのもとへ駆け寄り足元へ抱きついた。


「ち、ちょっ──!!」


「御使い様! このままでは御使い様やエルミア神様までバカにされてしまいます! どうか、どうか僕の仇をとってください!」


どういうこと!? 意味わからんのだが!?


「お、落ち着くのだ、レイニー少年……、さすがに私とあの少女では力に差がありすぎる」


その言葉を聞いたユイがムッとしたような表情を浮かべる。


「あの、私は別に勝負してもいいんですけど?」


「ユイ、相手にするんじゃありませんの。用事は済んだし帰りますわよ」


まだ不満そうなユイの手をとり踵を返すリズ。ソフィアは内心「やった!!」と小躍りしながら叫んでいた。が──


「なら、あの女の人はどうですか!? あの子の魔法の師匠らしいので──」


「落ち着け少年。神の御使いである私が本気で戦ったら誰であろうとただでは済まぬ。私は無益な殺生はしたくないのだ」


その言葉に、出口へ向かっていたリズの足がピタリと止まる。そしてゆっくりと振り返り、血のように紅い瞳でソフィアをジロリと睨みつけた。


「……おもしろいことを仰りますわね。どうただでは済まなくなるのか、試してごらんなさいな」


リズの小さな体から禍々しい魔力が立ち昇り始める。


「や、その……! そういう意味では……!」


しどろもどろになるソフィアへ、レイニーはキラキラとした目を向ける。いや、そんな目で見るのやめて! ムリムリムリ、アンジェリカ様の同族と戦うなんてとんでもない!


ソフィアは必死に頭を回転させた。もちろん、この場をうまくかわすアイデアを捻り出すためだ。どうしよう、土下座でもしようか。何せ土下座には慣れている。そんなことを考えていた矢先──


「『展開(デプロイ)』」


ぼそりと呟いたリズの前に五つの魔法陣が展開された。ソフィアの顔がサーッと青くなる。あ、これ死んだかも。


「……ではごきげんよう。『魔導砲(キャノン)』」


魔法陣から放たれた閃光が一斉にソフィアへと襲いかかる。が──


「『聖なる盾(ホーリーシールド)』!!」


「……!?」


ソフィアを覆った眩い光に魔導砲が吸い込まれるように消え失せた。リズの顔が思わず驚愕の色に染まる。


「……どうやら、ただの変態仮面ではないようですわね」


一方、防御に成功したソフィアは仮面の下で焦りまくっていた。ウソでしょ!? 防御にめちゃくちゃ魔力もってかれたんだけど!!


こ、こんなのあと一回でも食らったら間違いなく骨も残さず死んじゃう! それはヤだ!! どうする? どうするどうする?


焦りまくるソフィアに対し、リズは再び魔導砲を撃ち込んでゆく。


「ひゃっ……!」


思わず変な声を出しつつも、何とか回避に成功。やば、ちょっとちびったかも。


強力な魔導砲が訓練場の床を抉り、舞いあがった埃が視界を奪った。次の瞬間、一瞬にして距離を詰めたリズがソフィアの腕を掴んだ。


「捕まえましたわよ」


紅い瞳で睨まれ震えあがるソフィア。そして──


「ご、ごめんなさいなのです!」


うっかりアンジェリカと話すときの口調に戻ってしまい、リズがキョトンとした表情を浮かべる。


「あ……あなた、もしかしてソフィ──」


「しいいいっ! そうなのです、ソフィアなのです! でも、ここではソフィーなのです! リズさん、お願いします、あとで何でも言うことききますから、ここは私に話をあわせてほしいのです!」


声を押し殺しながら早口でまくしたてるソフィアに、リズは何が何だかわからず眉根を寄せた。幸いまだ訓練場のなかは埃が舞っており、ユイやレイニーから二人の姿ははっきりと見えていない。


「……まったく意味がわかりませんが、まあいいですわ。さっきの約束、覚えておきますわよ」


コクコクと頷くソフィアを尻目にリズがそっと距離をとる。やがて舞っていた埃がおさまり視界も晴れた。


一定の距離を保ったまま睨みあいを続けるソフィアとリズ。傍目には「とてもいい勝負」をしているように見えた。あくまでそう見えるだけではあるが。


「ふふ……やるではないか。だが、このまま我々が戦い続けると、このあたり一帯が焦土と化すかもしれぬ。ここは痛みわけとしておこうか」


「……仕方ありませんわね。それでいいですわ。ユイ、帰りますわよ」


ソフィアの意図を汲みとったリズはユイの手をとるとサッと踵を返し、今度は足を止めることなく出口へと向かう。


「え〜、先生やっちゃおーよー」と不満げなユイを嗜めつつ離れてゆくリズの背中を眺めながら、ソフィアは胸のなかで「よっっっしゃあああ!!」と渾身のガッツポーズを決めた。


そして、呆然としているレイニーへと向き直りそばへ近寄ると、その頭へそっと手を置く。


「不本意かもしれんが、これでよかったのだ。私がお前の仇をとったところで何の意味もない。明日からまた精進し、あの少女や私に勝てるよう強くなるのだ、レイニー少年」


「は……はい!」


涙ぐむレイニーの頭を優しく撫でたソフィアの頬が緩む。一方、離れたところからことの顛末を見守っていたレベッカは「めっちゃ強引にまとめた」と、敬愛するソフィアの豪腕ぶりに内心苦笑するのであった。



この日以降、レイニー少年がユイに勝負を挑むことはなくなった。ソフィアに言われたように日々修行に励み、魔法だけでなく剣術でも非凡な才能を発揮するようになる。


やがて成長した彼は教会の聖騎士団へと入団。献身的に聖騎士としての務めを果たし、ついには副団長へとのぼりつめ、ソフィアが教皇を引退するまでそばで支え続けるのだがそれはまた別のお話。


なお、悩めるレイニー少年に教会での告解を勧めたのは、先代教皇のシーナだったらしい。どうやら、レイニー少年の祖母とお茶友達らしく、孫が悩んでいるようだと相談をもちかけられたのだとか。


つまり、あの日シーナが突然やってきたのも、告解を聞くよう勧めたのもすべて計画通りだったわけだ。常識に捉われないソフィアなら、何とかしてくれるのではないかと考えたのかもしれない。



「ほんっと……あの人には敵わないなぁ……」


執務室にこもり書類に目を通していたソフィアが苦笑いを浮かべる。でもいい退屈しのぎができた。それに楽しい土産話も。


さっそくアンジェリカ様にお話ししたい! よし、アンジェリカ様のとこへ行こう。うんそうしよう。椅子から立ちあがろうとした刹那──


「失礼します、猊下。少々お話しがあるのですが?」


ノックして返事も聞かずに執務室へ入ってきたのは、枢機卿のジルコニア。いつも柔和な表情を浮かべている彼女だが、こめかみには血管が浮きあがり、頰がぴくぴくと痙攣していた。


あ、ヤバいかも。


結局すべてバレてしまい、めちゃくちゃに説教されてしまうソフィアであった。

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[気になる点] スカートめくりそのものをやめろとは言わないのか……
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