閑話 教皇ソフィアの華麗なる日常 2
読モJKと天才JSによるミステリー&ハートフルな物語に興味がある方は昨日アップロードした「永遠のパラレルライン」もぜひ読んでみてください⭐︎
https://ncode.syosetu.com/n1572io/
「つまらない……」
げんなりとした表情を浮かべたソフィアが、はぁ~っと大きくため息をつく。一時間のあいだ、告解に訪れた信徒の数は三名。刺激的な話を聞けると思っていたソフィアだったが、どれもこれも退屈でつまらない話ばかりだった。
妻に不倫がバレた夫や落ちていたお金を拾ってネコババした青年、子どもを叱るときに思わず手をあげてしまった母親。どれもこれも、司祭時代に何度も聞いた話ばかりだ。目新しさも何もない。
ていうか、不倫がバレて教会へ告解に来るってどういうこと? あんたがまず謝罪して許しを得るべきは神様でなくて奥さんでしょうが。ほんと男って……。
先ほどのやり取りを思い出し若干イラッとしたソフィアが、気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸を始める。と、そこへ――
「あ、あの……司祭様。僕の告解を聞いてもらえるでしょうか……?」
告解を申し出る子どもの声が耳に届く。気を抜いていたところに間仕切りの向こうから話しかけられ、ソフィアは思わず跳びあがりそうになった。
「あ、ええと、うむ! 話してみたまえ!」
驚きから思わず言葉遣いが変になる。相手からは見えていないが、ソフィアの頬が恥ずかしさで微かに紅潮していた。
「は、はい……あの、実は僕、王立デュゼンバーグ神育学園に通っているのですが……」
王立デュゼンバーグ神育学園はエルミア教の教義を中心とした授業が行われる学園である。エルミア教の未来を担う聖職者を育成するために設置された教育機関であり、教会本部も運営に大きく関わっている。
「ふむ……それで?」
「先日、他校と魔法の合同授業があり、対戦形式で実技訓練が行われたんです」
ふむふむ。神育学園ではエルミア教の教義だけでなく、一般的な学問から魔法、剣術の指導もしているしね。最近では他校とも積極的に交流しつつ、生徒同士が切磋琢磨しているようだ。
「そこで、僕は自分より年下の女の子と魔法の対戦をしたのですが……手も足も出ずあっさりと負けてしまったんです!」
「ふむ……」
ん? それが告解? 他校の生徒、もしくは女の子に魔法の勝負で負けたから、神に許しを得たいってこと?
「し、少年よ……世のなか上には上がいるのです。現状に満足せず日々精進なさい。さすれば……」
「あ、ええと。まだ話には続きがあるんです」
あるんかい。
「僕はこれでも魔法には自信があったんです。学園の初等部では常に上位の成績を収めていましたし……それが、あんなにあっさり負けたことで、僕の自信は粉々に打ち砕かれてしまいました……!」
いや、長いな。結論はよ。
「負けたことに納得がいかず、とにかく悔しかった僕は、授業が終わったあとその女の子にとんでもないことをしてしまいました……」
「な、何をしたのですか?」
何となく不穏な気配を感じ、ごくりと喉を鳴らす。
「……みんなの見ている前で、その子のスカートをめくってしまったのです」
…………。
ああ。そういうことね。ため息をつきそうなのを我慢したソフィアの顔に広がる呆れた表情。
女子に勝てない男子が腹いせにスカートめくりをする。実によくあることだ。自分自身も学生のころよくやられた。もちろんただでは済まさなかったが。
「そ、それで?」
「ぼっこぼこに殴られました」
うん、そりゃそうなるわ。
「魔法で負けて腕力でも負け……僕は自分を許せません……!」
まあ……気持ちはわからんでもないけど。
「司祭様……、僕は、僕はいったいどうしたらもっと強くなれるのでしょうか!?」
「は!?」
いやいや、ここは神に罪を告白して赦しを得る場所なんだが。なんか子ども相談室みたいになってないか?
「や、それは……心を入れ直して日々研鑽を──」
言いかけたソフィアの脳内に電流が走った。これは……もしかしていい退屈しのぎができるかも!
「あ、あ、ああああっ!」
「ど、どうしたんですか、司祭様!?」
突然の大声に少年が思わず椅子ごと転びそうになる。
「今……神からお言葉がおりてきました……」
「え、ええ!?」
「少年……。神があなたを鍛えてあげると仰っています。今晩、家族が寝静まったあと教会裏手の聖騎士訓練場へ一人でおいでなさい。神の使いがあなたに直接指導します……と、神は仰っています」
「ほ、ほんとですか!?」
「神はウソつきません。夜、聖騎士をあなたの家のそばまで迎えに行かせましょう。もちろん、この件は誰にも内緒ですよ?」
「も、もちろんです!」
少年の元気な返事を聞き、ソフィアの口角がにんまりと吊り上がる。レイニーと名乗った少年は興奮した様子で自宅の場所を伝えると、弾むような足取りで帰っていった。
よしよし。ちょっと楽しくなってきた。あとで夜に備えて準備しよっと。ジルにバレたら面倒そうだからそこだけは気をつけないとな。
──そして夜。
教会裏手にある聖騎士団の訓練場にソフィアは立っていた。万が一にも教皇とバレる心配はないだろうが、念のために私服の真っ黒なワンピースドレスを着用し、顔には白い仮面をつけた。はっきり言って見た目はかなり怪しい。と、そこへ──
「猊……じゃなくて神の御使い様。レイニー少年を連れてきました」
訓練場の扉が開き、聖騎士団長のレベッカが入ってきた。その背後には、めちゃくちゃに緊張した面持ちのレイニー少年の姿。
「うむ。よく来たなレイニー少年。私は神の御使い……ソフィーである」
あまりにも安直すぎる偽名にレベッカの頰が引き攣る。
「は……はじめまして! レイニーです! よ、よろしくお願いします!」
「うむ。時間が惜しいから余計な挨拶は不要だ。さっそくだが、お前の魔法を見せてみろ」
ぺこぺこと頭を下げるレイニーに、ソフィーもといソフィアが威厳たっぷりに言う。
「は、はい!」
姿勢を正したレイニーが魔力を練り始める。そして──
「『炎矢!』」
レイニーの手から放たれた細い炎の矢が一直線にソフィアへと向かう。が。
「『聖なる盾』」
魔法を唱えたソフィアの体が光に包まれ、炎矢は吸い込まれるように消えた。レイニーの顔が驚愕に染まる。
「え……! い、今のは……聖魔法!?」
「よく勉強しているようだな。その通り。ほかにこんなこともできるぞ。『聖なる鎖』」
レイニーの足元からいくつもの白い鎖が顕現したかと思うと、あっという間にその小さな体を縛りあげてしまった。
「わ、わわ……! 凄い……! さすが神の御使い様……!」
仮面の下でにんまりと笑みを浮かべたソフィアがパチンと指を鳴らすと、レイニーを縛っていた白い鎖がバラバラに砕けて消えた。
ソフィアが二十代半ばで教皇へ就任できたのは、決してコネでも何でもなく、ひとえにその実力を評価されてのことである。
稀少な聖魔法の使い手であり、かつては国内でのさばっていたエルフの犯罪組織に単身乗り込み、聖魔法で一網打尽にしたこともある。
「ふふ。お前の魔法も子どもにしてはなかなかだ。威力、精度ともに申し分ない。魔法の発動までにやや時間がかかりすぎだが、成長段階であることを考えると許容範囲内だろう」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ」
ソフィアが口にしたことは本心だ。レイニーは自ら魔法に自信があると言っていたが、たしかに自信をもってもいい実力だとソフィアは感じた。むしろ、この実力ある少年に勝てた女の子がいることに少々驚いてしまう。
「とりあえず、お前がやるべきは魔法の発動時間短縮だ。厳しく指導するがついてこいよ?」
「は、はい!」
感動の面持ちで元気に返事をするレイニーの様子に、ソフィアの口元が思わず綻ぶ。
そこから約二時間。ソフィアからみっちりとしごかれたレイニーは、訓練場の床へ大の字に寝転び胸を上下させていた。
「ふむ……まあ、まだまだではあるが、最初に比べるとかなり改善したな」
「はぁ……はぁ……あ、ありがとう……ございます……」
よろよろと立ち上がったレイニーがていねいに腰を折る。
「魔法は日々の鍛錬が大切だ。今日教えたことを忘れずに日々努力するように」
「わかりました!」
こうして、短時間の修行を終えたレイニーは何度もソフィアへ頭を下げると、レベッカに付き添われ訓練場をあとにした。
扉が閉まるのを確認したソフィアが「ん〜……!」と大きく伸びをする。
久しぶりに魔法使ってちょっとスッキリしたー! まだまだサビついちゃいないね。さっすが私。それに、とてもいいことをした気分。
魔法で負けたという女の子にも、これでおそらく勝てるだろう。負けた女の子は悔しくて、再び勝てるように努力しようとするはず。そうやって子ども同士が高めあっていけば、この国の未来も明るいよね。
国の行く末にも少し思いを馳せたソフィアは、鼻歌を歌いながら弾むような足取りで訓練場をあとにするのであった。
そして二日後。
再び教会の告解室にレイニー少年がやってきた。しかもシクシクと泣きながら。いったい何があった?
ちなみに、枢機卿時代のソフィアがエルフの犯罪組織にのりこみ聖魔法を使って活躍する様子は、1月15日発売の小説第2巻、電子書籍版書き下ろし特典「永遠にあなたの牙になりて」に収録されています。