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閑話 教皇ソフィアの華麗なる日常 1

寒くて猫が手放せない季節になりました。皆様体調にはお気をつけて。

長い歴史を持つ聖デュゼンバーグ王国は、エルミア教を国教とする宗教国家である。国民の大半が熱心な信徒であるこの国では教会の権力と存在感がとにかく強い。そして、教会の頂点に君臨する教皇は国王に匹敵する権力を有していた。


いまいちだった──


読んでいた本をパタンと閉じると、ソフィアは大きく息を吐いた。枢機卿のジルコニアから「おすすめ」と勧められた本だったが、ソフィアの好みではなかった。


椅子に腰かけたまま大きく伸びをし、窓の外へそっと目を向ける。燦々と降り注ぐ日光を浴びた木々の葉が、やわらかな風を受けて気持ちよさげに揺らいでいた。


あーあ。こんなにいい天気なのに遊びに行けないなんて。せっかく大きな行事もなくて自由にできる時間があるのに。こんなときに限ってあの方が忙しくしてるんだもの。


あの方とは、もちろんアンジェリカ様のことだ。吸血鬼の頂点に君臨する真祖、アンジェリカ・ブラド・クインシー様。私がこの世でもっとも敬愛するお方。


何でも、ご令嬢である聖女、パール様を連れてドワーフの里へ遊びに行っているらしい。いいなぁ……私も誘ってほしかった! まあ、さすがに遠出はジルに止められるだろうけど。


はぁ……何しようかな。何でもいいから楽しいことがしたい。だって私、とても退屈してるんだもの。と、そんなことを考えていると、コンコンと扉をノックする音が殺風景な執務室に響いた。


教会内にある教皇の執務室へ訪れることのできる者は限られている。幼馴染であり枢機卿のジルコニアと、護衛の聖騎士団長レベッカの二人だ。


「はーい……」


だらしなく執務机へ突っ伏したまま気のない返事をしたソフィアの耳に、ガチャっと扉が開く音が聞こえた。


「ジルー? それともレベッカ? 何かあったのー?」


「……何だい、だらしないねぇ」


ジルコニアともレベッカとも異なるダミ声が耳に届き、ソフィアはガバッと弾けるように机から顔を上げた。そこにあったのは、長年見続けてきた馴染み深い顔。


「げ、猊下!?」


「どあほう。猊下はお前さんだろ」


呆れたような表情を浮かべる初老の女性。エルミア教で長きにわたり教皇を務めてきた先代、シーナ・デュラハムである。


「あ……そうか、じゃなくて! いったいどうしたんですか?」


椅子から立ち上がったソフィアがシーナにソファを勧め、自身もシーナの向かいにちょこんと腰かけた。


「ちょっと近くまで来たもんでね。久しぶりにお前さんの顔でも見ておこうと思ったのさ」


「なるほど……。猊下……じゃなくてシーナさん、お元気そうでよかったです」


「まあね。引退して今は悠々自適な毎日さ。お前さんに引導を渡してもらってよかったよ」


くっくっ、とおかしげに笑うシーナにソフィアがジト目を向ける。二十代にして教皇選挙に立候補したソフィアは、大半の大司教から支持を得て新たな教皇の座についた。これだけ聞くと、若者が老齢の聖職者に引導を渡したように聞こえるかもしれない。が──


「何を言ってるんですか。もともと私に教皇の座を譲るつもりで、自ら大司教たちに根回ししたくせに」


「さあて、何のことやら」


「またとぼけて……まさか本当に忘れたわけじゃないですよね? ボケが始まったとか?」


「生意気言うんじゃないよ小娘が」


ジロリと三白眼を向けられ思わず肩をすくめる。いくつになってもこの人の前では小娘のままだ。思い返せば、司祭や司教時代にはよく叱られたな。


「で、今日は何してたんだい? ずいぶん暇そうじゃないか」


「大きな行事もないですからね。閑散期ってやつですかね」


「宗教にんなもんあるかい」


「実際暇なんですよー。もう退屈で退屈で」


ソファの背もたれに体をあずけ、天井を仰ぐソフィア。その様子にシーナがため息をつく。


「まったく……まあ、普段が激務なんだからたまには暇な時間を持て余すのもいいかもねぇ。お前さんがやるときゃやる子ってことはよく分かってるし」


「そうなんです。やるときはやる子なんです」


「自分で言うんじゃないよ。ああ、暇ならたまには信徒の告解でも聞いてみりゃどうだい?」


「告解……ですか。懐かしいですね」


告解とは、罪を告白して赦しを得る行為、儀式である。教会の一角には告解室があり、信徒はそこで司祭に罪を告白するのだ。なお、告解室はお互いの顔が見れないように間仕切りが設けられている。


「私も現役時代、暇なときには司祭のふりして告解を聞いたもんさね。たまには初心に戻るのもいいもんだよ」


「なるほどー……」


たしかに、面白いかもしれない。時間もある。何より私は退屈だ。そのようなことを考えつつ、少しのあいだお互いの近況や国内の情勢などについて会話に華を咲かせた。



「さて、じゃあお前さんの顔も見れたことだし、そろそろ行くかね。次来るときは、美味しい紅茶でも淹れておくれよ」


突然の来訪に慌てたとは言え、お茶も出していなかったことに気づきソフィアが赤面した。


「そういうちょっと抜けたところも変わっちゃいないねぇ。それじゃあね」


くつくつと笑いながら部屋から出て行く先代の背中を、「ぐぬぬ」と唸りつつ見送るソフィア。パタン、と音を立てて扉が閉じると、大きく息を吐いた。


「もう……いきなり来るんだもん。びっくりしちゃった。でもまあ、元気そうでよかった」


ボスッ、と勢いよくソファへ腰をおろして大きく息を吐く。静かに目を閉じると、かつての日々が鮮明に蘇ってきた。


うん、叱られた記憶がほとんどだ。まあ、叱られるだけのことをしてきたんだけど。司祭のころは特に、毎日のようにゲンコツ食らってたっけ。


いかん、思い出したら何となく頭のてっぺんがズキズキしてきた。それにしても告解かぁ。ほんとに久しぶりだ。


こういう時期じゃないとなかなかできないしね。よし、そうと決まればさっそく準備しようそうしよう。


少し楽しくなってきたソフィアは、執務室を出て自室へと向かった。なお、教皇の住まいは教会本部の最奥にある。


その場所を知る者はごくごく一部であり、超がつくほどの機密情報だ。通路はいくつもの扉で仕切られ、各扉ごとに護衛の聖騎士が配置されている。


「えーと、一応服は着替えたほうがいいよね?」


告解室の内部は壁で仕切られており、一部に会話をするための小さな穴がいくつかあいているだけだ。そのため、別に着替えずとも信徒に見られてしまう心配はない。


とは言っても教皇服や私服はまずいよね。やっぱり司祭服が無難かな。万が一誰かに見られたときも誤魔化せるし。


自室に戻ったソフィアはクローゼットの扉を開けると、着なくなった服をまとめて収納している箱を取り出した。お、あっあった。懐かしいなー! 十代のころに着用していた司祭服を手に取り、懐かしさのあまり目を輝かせるソフィア。


さっそく着ていた服を脱いでソファの上へ投げ捨て、懐かしの司祭服を身に纏い鏡の前に立つ。うん、いいね! まだまだイけてんじゃないの、私? これなら十代って言ってもバレないかも。ご満悦の表情を浮かべて鏡の前でクルクルと回転する様子は、本当に十代の小娘のようである。


それにサイズもピッタリ。よかったよかった……って、ん? サイズがピッタリ……? 鏡に写る自分の姿を見ながら、しばし立ち尽くす。そう、十代のころに着ていた司祭服が、二十代半ばの今でもジャストフィットしている事実。


え。ちょっと待って。もしかして私の体、まったく成長していない……? いや、そんなはずは……うん、胸のあたりはわずかにきついし。うん、わずかに。残酷な現実を目の当たりにしたソフィアが大きく息を吐いた。


ま、まあいいや。体があまり成長していなくても何も困ってないし。むしろ、体型がほとんど変わってないって凄くない? うん、そうだそうに決まってる。


無理やり自分に言い聞かせたもののまだ納得しきれないのか、ソフィアはブツブツと何事か呟きながら部屋を出た。



教会本部の告解室は、礼拝の間の一角に設置されている。教会本部には常時何人もの司祭や司教が詰めており、司祭が日替わりで告解室で信徒からの告解を聞いていた。


「……告解室の周りには……うん、誰もいないわね」


すでに礼拝の間では、十人近くの信徒が祈りを捧げていたが、告解室の周りには誰もいなかった。そそくさと顔を隠すようにして告解室へと近づくソフィア。


一般の信徒が教皇であるソフィアの顔を知る由もないが、なかには例外もいる。王族や貴族、豪商、行政機関上層部などのなかには、ソフィアの顔を知る者もいる。


そうした連中にこの姿を見られるのはマズイ。司祭服を着て若いころに思いを馳せている痛い教皇、などと思われたくはない。


足早に告解室へと近づいたソフィアが勢いよく扉を開けると、待機していた司祭が一瞬肩をびくっと跳ねさせた。一瞬、「驚かせやがって」といった表情を浮かべた中年の男性司祭だったが、部屋に入ってきた者を見てまたたく間に顔が青ざめた。


「き、教皇猊――!?」


「しいいいいいいーーーー!!」


人差し指を唇の前で立て、声を出すなと威嚇する。司祭も「あ!」と慌てたように両手で口を塞いだ。


「げ、猊下……いったい何をしておられるのですか……?」


混乱した司祭が恐る恐る尋ねた。エルミア教の頂点に立つ教皇が、司祭服を纏って告解室に乱入してきたのだから当然である。


「うん、たまには私自ら信徒の告解を聞こうと思ってね」


さすがに「退屈だから」とは言えない。


「そ、そうなのですか……いや、しかし猊下がわざわざ……?」


「エルミア教の教皇として、信徒たちがどのような罪を告白しに来るのか知っておくのも大切だと思ってね。それが信徒たちのことを深く知るきっかけにもなると思うし」


「おお……! さすが教皇猊下です!」


「あ、でもこのことは絶対に他言無用ね?」


「はい、わかりました!」


「もし他言したら神罰がくだるからね? いや、エルミア様が罰をくださずともこの私が罰をくだすわ」


およそ聖職者とは思えぬような脅しに、司祭が「ヒッ」と小さく声を漏らす。コクコクと何度も頷くと、周りを警戒しながらそそくさと告解室から出ていった。


うん、これでよし。あとは信徒が告解しに来るのを待つだけね。さあ、信徒たち。退屈なこの私を楽しませるおもしろい話を聞かせてちょうだい! 


期待に胸を高鳴らせながら、ソフィアはドッカと椅子に腰をおろした。

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