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第百八十六話 来るべきとき

2024年1月15日、小説第2巻とコミックス第1巻発売です♪よろしくお願いします。

突然の出来事に、キョウら三兄弟が一斉に顔をあげる。


「なっ!? 魔法禁域(アンチマジックエリア)が破られただと!?」


建物を覆っていた魔法禁域が砕け散り、屋根にぽっかりと空いた穴から日光と瓦礫が降り注ぐ。三名は腕で顔を覆いつつ瓦礫をかわそうとした。そのとき──


「むっ!?」


三兄弟の視界に、ぽっかりと空いた穴から二つの影が建物内部へ飛び込んでくる様子が映り込む。が、太陽の光と粉塵のせいではっきりと姿を捉えられない。


刹那、三兄弟のもとへいくつもの閃光が迫った。慌てて魔法盾(マジックシールド)を展開するヘルガたちの顔が驚愕に歪む。かろうじて受け止めたものの、それはヘルガたち三兄弟がよく知る魔法だった。


「バカな……! これは魔導砲(キャノン)……!」


「まさか、アンジェ……!?」


「いや……!」


ヘルガが戸惑いつつ目を凝らしたそのとき。風を切り裂くように接近した影が、ヘルガの顔面に強力な拳打を叩き込んだ。


「がぁっ!!」


堪らず地面を転がるヘルガ。さらに、影がキョウとシーラにも襲いかかる。


「くっ……! いったい何者──!?」


側頭部へと迫った蹴り足を何とか防御したキョウの目に飛び込んできたもの。それは、メイド服を纏った美しい少女だった。


一瞬ハッとしたキョウが、少女の足首を掴み引きちぎる。が、少女は表情をいっさい変えることなく、手刀でキョウの首を薙ごうとした。


さらに──


キョウの見ている前で、引きちぎったはずの足首がまたたく間に再生する。


「まさか……、報告にあったゴーレムか……!」


メイド姿の少女がキョウを真っ直ぐに見据える。感情がないはずのゴーレムだが、そのガラス玉のような瞳にはかすかな怒りの色が見てとれた。


「アリア……様の敵……殺します……」


かつて聖域の守護者と呼ばれ、現在はアンジェリカ邸の門番であるノアが再び風を巻いて襲いかかる。


「ぬお……っ! ヘルガ、シーラ! こいつには魔法も効かん! 全員でバラバラに破壊して魔核を取り出すん──」


ノアの猛攻をかろうじて凌いでいたキョウが視線を向けた先。先ほどまで舞っていた粉塵が収まり、もう一つの影の正体がキョウの視界へ映り込む。


アリアのそばへしゃがみ込み治癒魔法をかけるツインテールの少女。それは、三兄弟全員がよく知る身内だった。



「アリアさん! アリアさん! しっかりしてくださいな!」


「あ……う……リ、リズさ……ん……?」


リズが思わず歯噛みする。治癒魔法はかけたものの意識を失いかけている。早々に撤退しなくては。


激しい戦闘を繰り広げる三兄弟とノアをちらりと見やる。正直、状況はまったくわからない。が、ここは自分の直感を信じるしかない。


「リズ……さ……ん、なぜ……ここへ……?」


アリアがリズへ虚ろな目を向ける。


「カフェでお茶していたら、小さな女の子があなたが危ないと教えにきてくれましたの! まあそれは置いといて、さっさとズらかりますわよ! ノアさん!」


リズがノアに撤退の合図を出す。三兄弟全員を相手に獅子奮迅の戦いをしていたノアが、くるくると華麗に宙返りしながらリズとアリアのもとへ戻った。


逃げられる、と踏んだシーラが再び魔法禁域を展開しようとした刹那、ノアが足元に落ちていた拳大の瓦礫を掴みシーラへ投げつけた。


「ぐふぉっ!!」


豪速で投げられた瓦礫を腹部に受けたシーラが体をくの字に折る。リズがすかさずノアの手を掴み、転移魔法を発動しようとした。


「ま、待て! リズ!!」


「リズ!!」


もちろんリズに待つ気はない。キョウにシーラ、ヘルガは幼いころからよく知る従兄弟ではあるが、親愛なる従姉妹(お姉さま)の大事な眷族を傷つけるのなら、それは自分にとっても敵同然だ。


「待ちません! お兄様方、事情はわかりませんが、この代償はきっと高くつきますわよ?」


それだけ言い残したリズは転移を発動させ、アリア、ノアを伴い廃墟の教会から消え去った。そして再び訪れる静謐。


渾身の作戦が失敗に終わったことを痛感し、キョウが天を見上げた。


「……まさか、リズまでアンジェのそばにいたとは」


「あの子は……昔からアンジェを姉と慕っていましたからね……」


「まさか……リズだけでなくコアブレイド家がまるまるアンジェにつき従っている、という可能性は……?」


シーラがおずおずと口を開く。リズ・ライア・コアブレイド。リズの一族は限りなく真祖に血が近い一族である。


「それはあるまい。リズは一族を飛び出したアンジェを追いかけて一人出て行っただけだ」


キョウの言葉に、ヘルガとシーラが小さく頷く。


「いずれにしても、状況は最悪だ。我々がしたことは間違いなくアンジェに伝わる。いよいよ……手段を選んでいる場合ではなくなった」


「そう、ですね……」


これから起こりうることを想像したヘルガとシーラが、沈痛な面持ちで唇を噛む。


「……一度戻るぞ。父上様に報告のうえ、行動に移す」



──激しい戦闘の現場となった旧教会の周りには、すでに野次馬たちも集まっていた。


市街地の郊外にある廃墟とはいえ、あれほど派手に屋根を吹き飛ばしたのだから目立たないはずはない。


集まった野次馬たちは新たな娯楽を見つけたかのように、何があったのかを口々に推理しあっている。


「はぁ……来るべきときがきたというか……」


野次馬に混じって廃墟を眺めていた少女が独りごちた。このままでは、本当に()()()の思うがままだ。


あの女の考えは理解できなくもない。だが、だからといってここまで干渉するのは越権行為と言わざるをえない。


あの女を断罪するためにも、もう少しこちらで情報を集めなくては。とにかく、自分の目と耳でたしかめる。ことを起こすのはそれからでいい。


少女は小さく息を吐くと、野次馬たちからそっと離れ、おさげにした栗色の髪を揺らしながらその場をあとにした。



──風を切る音が室内に虚しく響く。つま先から冷えていくようなこの寒さが、窓だった場所から侵入してくる風によるものなのか、それとも屋敷の主人によるものなのか。おそらくは後者であろうとフェルナンデスは考えた。


建物の外では、急ぎ集めたドワーフたちが賑やかに屋敷の修復作業を進めている。主人の怒りによって、リビングの窓ガラスはすべて砕け散り、壁にはいくつもの亀裂が入った。


リズとノアが血まみれのアリアを伴い帰ってきたのが二時間ほど前。リズから事情を聞いたアンジェリカは激怒し、撒き散らかした魔力によってリビングは大破してしまった。


アリアの意識はまだ戻らず、彼女の寝室でリズとパール、ウィズたちがつきそっている。そしてアンジェリカは、廃墟になりかけたリビングのソファへ一人腰かけたまま、怒気を含んだ目で長いこと一点を見つめ続けていた。と、そのとき──


「……フェルナンデス」


「……は」


「戦争の準備をしなさい」


フェルナンデスが愕然とした表情を浮かべ、拳を強く握りしめる。


「お嬢様……」


「……聞こえなかったの?」


底冷えするような声が直接頭のなかに響いたような錯覚に陥り、フェルナンデスは立ちくらみを起こしそうになった。


だが、こればかりは簡単に「わかりました」とは言えない。アリアを襲撃したのは皇子たちとのこと。つまり、お嬢様は自身の一族と戦争をする気なのだ。


「お嬢様……」


「フェルナンデス!!」


背を向けたまま怒鳴りつけてくるアンジェリカに、フェルナンデスはじっと腰を折ったまま微動だにしない。


「お嬢様……! このフェルナンデス、お嬢様の命令とあらば、たとえ真祖の一族であろうと敵にまわしましょう。ですが……」


苦渋の表情を浮かべるフェルナンデスの拳から、鮮血が滴り落ちる。


「お嬢様、古くから真祖の一族、そしてお嬢様に長くお仕えしてきた老骨の言葉をどうか……どうかお聞きくださいませんか……?」


静かに怒り狂っているアンジェリカに物申すことなど普通はできない。へたしたら、今この場であっさりと首を刎ねられる可能性すらあるのだ。


しかし、それでもフェルナンデスは物申さずにはいられなかった。


「フェルナンデス……アリアは……アリアは私にとってただのメイドではないわ……」


「承知しています……もちろん承知していますとも……!」


「アリアは……私にとって姉であり親友であり、血をわけた眷族でもある……とても、とても大切な存在なのよ」


「はい……!」


「そのアリアを……あんな目に遭わされて、報復をするなとあなたは言うのかしら……?」


アンジェリカの体から禍々しい魔力が漏れ始める。これは本当に処刑されるかもしれない。フェルナンデスは息苦しさを覚えつつも、再び口を開いた。


「お嬢様のお気持ちは……痛いほど理解しています。ですが、そのうえでどうかご一考を……そもそも、皇子様たちがアリアを襲撃する理由がまったくわかりません。何か事情があるに──」


「事情があれば私のアリアをあんな目に遭わせてもいいと?」


「お嬢様……!」


ダメだ。もうこうなってはお嬢様を止める術はない。しかし、真祖の一族同士で争うなどあってはならないことだ。


それに、どう考えても皇子様たちがアリアを襲撃する理由がわからない。このまま怒りに任せて戦争に突入すると、取り返しがつかなくなるおそれがある。


「お嬢様……、この私に、皇子様たちのもとへ向かう許可をいただけないでしょうか? ひとまず話を聞きたいのです」


「……」


「そのうえで、納得できる理由を答えていただけないのなら……、この私が責任をもって皇子たちを抹殺します」


アンジェリカの肩がかすかに跳ねた。


「お嬢さ──」


「その必要はないわ」


アンジェリカがすっくと立ち上がる。フェルナンデスも、ハッとしたように外へ目を向けた。


「どうやら、あちらから来てくれたみたいね」


刹那、屋敷を取り囲むように展開していた強力な結界が、パリンッ、と大きな音を立てて一瞬で崩れ去る音が聞こえた。

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