第百八十二話 ルアージュ姐さん
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ルアージュを心配するウィズの提案、というより懇願で彼女を尾行することになったアリアたち一行。バレないようルアージュと一定の距離を保ちつつ、薄暗い森のなかを進んでゆく。
「……ねえ。あの子歩くの速くない?」
「そうなんですよ。それもあって毎回巻かれるんです」
木の影に身を隠しながらルアージュの後ろ姿を見やったアリアが、感心したかのような表情を浮かべる。考えてみれば、ルアージュは妹の仇を討つため幼い頃から修行に明け暮れていたんだった。
おっとりとしているが、体力も運動能力もその辺の冒険者とは比べものにならない。そんなことを考えていると──
「……ん?」
遥か前方を歩くルアージュか突然立ち止まり、後ろを振り返った。驚き弾けるように木の影へ隠れるウィズにアリア、リズ、ノア。
「ん〜……? 何か気配感じるんだけどなぁ〜……?」
不思議そうに首を傾げたルアージュだったが、小さく息を吐くと「気のせいかぁ〜」と呟き再び歩き始めた。その様子を目にし、ホッと胸を撫でおろすウィズ。
「び、びっくりした……めちゃくちゃ勘が鋭いんだよな姐さん……」
「まあ、あれでも幾度となく修羅場を潜ってきた吸血鬼ハンターだからね」
「そう言えばそうでしたわね」
「……」
顔を寄せひそひそと小声で話すと、四人は今まで以上に慎重な足取りでルアージュのあとを追い始める。今日のルアージュは、いつものメイド服姿でも軽武装姿でもなく、どこにでもいそうな「女の子」の恰好をしていた。
「あの子があんな服装で出かけるの、珍しいわね」
「でしょ? 絶対に悪い虫にたぶらかされてますよ」
眉間にシワを寄せフンと鼻を鳴らすウィズに、アリアとリズが苦笑いする。そんなことを話しつつ、ルアージュの速いペースにあわせて歩き続けたため、一時間も経たずに森を出ることに成功した。が、ここからが問題である。
森の出口から首都リンドルまではそれほど離れていないが、街までの道のりには遮蔽物があまりないのだ。
「どうします? アリア姐さん」
「そうね……見つかったら元も子もないから、とりあえずあの子が街に入るまでは蝙蝠を張りつかせておこうか」
アリアが小声でボソリと何やら呟くと、宙に小さな魔法陣が展開し、複数の蝙蝠が飛び出した。アリアの命を受け、蝙蝠たちがルアージュのあとを追うように飛び去る。
「ルアージュが街に入ったと報告がきたら、こっちも動きましょ」
――そして待つこと約二十分。
森の出口で待つアリアたちのもとへ蝙蝠が戻ってきた。パタパタとせわしなく翼を動かし続ける蝙蝠が、アリアの耳元へ小さな体を寄せる。
最初の一羽が報告を終えると、入れ替わりに二羽の蝙蝠が飛来しアリアへ報告を始めた。
「ご苦労様。ふむふむ……うん……うん……んん!?」
蝙蝠からの報告を聞いていたアリアが突然驚いたような声をあげた。その様子にウィズとリズが怪訝な表情を浮かべる。
「アリアさん、どうなさいましたの?」
「アリアの姐さん?」
蝙蝠から報告を受けたアリアの顔には、やや困惑の色が浮かんでいた。
「ええと……ルアージュなんだけど……」
何やら不穏な予感がしつつ、ウィズはアリアの次の言葉を待つ。
「街の入り口で男と合流して、二人でレストランバーに入っていったって……」
「やっぱり!!」
ほら言わんことか、と言わんばかりに鼻息を荒くするウィズ。
「私の言ったとおり、悪い虫がついたんですよ! そうと分かりゃこんなとこでのんびりなんてしてられないです! 早く行きましょう!」
「ちょっと落ち着きなさいな。本当に悪い虫かどうかなんて分からないのではなくて?」
「リズさんの言うとおりよ。まあ、まさか本当に男と会ってたなんて思わなかったから驚いたけど……」
アリアとしては、ルアージュが街へ出かけてるのはただの気分転換だろうと思っていた。美形でスタイルもそこそこいいルアージュはたしかにモテそうではあるものの、どうしても恋愛している姿が想像できない。
「いや、絶対にろくでもない奴に決まってますって!」
頑なに意見を曲げないウィズに、アリアとリズが大きくため息を吐く。
「だーかーらー。なぜそう断言できるんですの? ろくでもない男が大勢いるのは私も理解していますが、ルアージュさんが会っている男もそうとは限らないですわよ?」
「うん。それに、ろくでもない男だとしても、あの子が本当にそいつを好きなら私たちがどうこうできることではないわ」
「ぐ……!」
ぐうの音も出ないほどの正論を浴びせられ、ウィズは言葉に詰まる。が。
「……なら、私の目で確かめます」
絞り出すように呟いたウィズに、アリアとリズが再び呆れたような目を向ける。
「はぁ……あんた、どんだけルアージュのこと好きなのよ」
「というより、ちょっと怖いですわ」
「う……」
再び言葉に詰まるウィズ。
「まあいいわ。ここまで来たなら最後までつきあうわよ。とりあえず、私たちもそのレストランバーの近くへ向かいましょ」
──カフェで美味しいスイーツを堪能したアンジェリカとパールは、その足で冒険者ギルドへと向かい、騒ぎについてギブソンに報告した。
その際に、アンジェリカは修繕費としていくらかの金貨をギブソンへ手渡した。街のど真ん中で怒りにまかせ魔力を開放したことにより、数軒の家屋に被害を出してしまっている。それらの修繕にかかる費用と詫び料だ。
「おかえりなさいませ、お嬢様。パールお嬢」
屋敷へ戻ってきたアンジェリカとパールをエントランスで出迎えるフェルナンデス。
「ええ、ただいま……ってアリアは?」
アリアの姿が見当たらないことにアンジェリカが疑問を抱く。普段、外出から戻ったときはアリアとフェルナンデスが二人で出迎えてくれているのだ。
「アリアなら、リズ様やウィズ、ノアと外出しています」
「あら。リズが来ていたの?」
「はい。しばらくテラスで茶会に興じていましたが、ルアージュが出かけたのとほぼ同じタイミングで、アリアたちと一緒に外出してしまわれました」
「ふうん……」
何とも奇妙な組み合わせね。そう言えば、ルアージュが最近よく外出してるってウィズが言ってたっけ。もしかして、みんなであとをつけてる?
「はぁ……何やってんだか」
「どしたの、ママ?」
呆れた顔でため息を吐くアンジェリカを、パールが不思議そうに見上げる。
「んーん、何でもないわ」
やれやれ、と思いつつアンジェリカはパールの頭を優しく撫でた。
──ルアージュが男と入ったというお店のそばで待つこと約二十分。物陰から鋭い視線を飛ばすウィズの視界に、よく知る顔が映った。
「あ、出てきた!」
シックな外観が印象的なレストランバーからルアージュが出てきた。蝙蝠の報告どおり、彼女の隣には端整な顔立ちをした男が付き添うように立っている。
「あいつか……! ルアージュの姐さんをたぶらかしているろくでなしは……!」
ギリギリと歯噛みしながら突き刺すような視線を飛ばし続けるウィズ。今にも飛び出すんじゃないかと、アリアとリズは冷や冷やしていた。一方、静かに怒りを燃やすウィズとは対照的に、ルアージュは笑顔で楽しそうに男へ話しかけている。
「……ちょっと、いい感じなんじゃない?」
「ええ。そう思いますわ」
普段あまり目にすることがない、明るい笑顔のルアージュを見てアリアは率直にそう思った。リズも賛同するように頷く。ウィズはというと、二人の言葉が聞こえないよう両手で耳を塞いでいる。実に頑なだ。
「それにしても、これからどこへ向かいますのでしょう?」
「うーん、逢引きなら連れ込み宿とかですかね」
アリアの言葉にウィズがぎょっとした表情を浮かべる。ウィズとて、連れ込み宿がどのような場所なのかは理解している。
「まあ、若い人間の男女ですもの。食欲を満たしたあとは性欲も満たしたくなるのは当然のことですわ」
ノアを除くと、このなかでもっとも幼い顔立ちをしたリズが特に表情を変えることなく呟く。そのリズの視界には、相変わらず楽しそうに男と会話しながら歩くルアージュの姿が。
うーん、このまま尾行を続けたところで意味はないような気がしますわ。ウィズはいったいどうしたいのかしら。
ちらりと横目でウィズを見やると、相変わらず今にも噛みつきそうな顔のまま前方を歩く男の背中を睨みつけている。と、ルアージュと男が通りから細い路地に入ってゆく様子が目に映った。見失っては一大事、とウィズが先頭を切って走りだし、アリアたちもそそくさとそれに続く。
二人並んで歩くのが精いっぱいの、薄暗く細い路地のなか身を寄せあうようにして歩くルアージュと男。二人が裏路地を左に折れたところで接近し、壁際からそっと顔を出して様子を窺う。
すると、左折して少し歩いたところで、男が急に立ち止まった。そのままルアージュのほうへ向き直ると、そのしなやかな腰と頭のうしろへ手をまわして抱きしめる。その様子を眺めていたアリアとリズは心のなかで「おおー!」と叫び、ウィズは茫然としたあと憤怒の表情を浮かべ、ノアはまったくの無表情だった。
目を閉じて少し顎をあげたルアージュに、男の顔が少しずつ近づいてゆく。ドキドキしながら見守るアリアとリズに、怒気しか湧かないウィズ。ルアージュと男の唇が重なるかと思ったまさにそのとき。アリアたちの視界に驚愕の光景が映りこんだ。
「ぎゃあああああああ!!」
突然、男が腹を抱えるようにして地面を転げまわり始めた。着用していた白いシャツに、どんどん血が滲んでゆく。あまりにも突然の出来事に思わず呆然としたウィズやアリアだったが、ハッとしたように物陰から飛び出した。
「ルアージュ!」
「姐さん!」
いきなり背後から声をかけられたルアージュが、弾けるように振り返る。
「え、ええぇ~~!? みんな、何しているのぉ~~??」
凄惨な殺人現場に似つかわしくない、のほほんとした声が響く。驚きの色を浮かべるルアージュの右手には、血が滴るナイフが握られていた。
「ま、まあそれはあとで説明するけど。それよりルアージュ、どうしてその男を……?」
理解不能なルアージュの行動にやや混乱しつつも、アリアが努めて冷静に口を開く。
「あ、ああぁ~。ええと、こういうことですよぉ~」
呻き声をあげる男のそばにしゃがみこんだルアージュが、その胸へナイフの鋭い刃を勢いよく突き立てた。再び驚愕する一同。
「ちょ、ちょっと、姐さん! いくら悪い虫だからって何も殺さなくても……!」
「んん~? 悪い虫? 何のことかよく分からないけどぉ~……まあこういうことぉ~」
すっくと立ち上がり悶絶する男を指さすルアージュ。すると――
「あ、ああっ!?」
「ええ!?」
何と、ナイフで胸を抉られた男の体が、サラサラと灰になり消えてしまった。驚愕しつつも、ルアージュが右手に握るナイフを見やったウィズは、それが銀製であることに気づいた。
「ま、まさか……吸血鬼……?」
絞りだすように言葉を吐いたウィズが、あとに残された灰を凝視する。
「そ、そんな……吸血鬼なら私とリズさんが気づかないはずが……」
「ええ、そのとおりですわ。いったいどういうことなのですの?」
アリアとリズが、同胞である吸血鬼の存在を気づけないはずはない。だが、実際のところ、尾行しているあいだも男が吸血鬼だとはまったく気づかなかった。
「うん~。かなり念入りに吸血鬼のニオイを消していたからぁ~。人間からも吸血鬼からもバレないようにしていたみたいぃ~。多分純血の吸血鬼だと思うけど、ニオイを消すために特殊な魔法でほとんどの力を封じてたみたいねぇ〜」
アリアとリズが思わず目を剥く。同胞でさえ気づけなかったのに見抜くとは、さすが歴戦の吸血鬼ハンターといったところか。だが、アリアにはまだ大きな疑問があった。
「ええと……ルアージュ。どうしてこいつを手にかけたの? 吸血鬼だったから?」
「違いますよぉ~。吸血鬼だからといって手当たり次第に狩るようなことはしません~。こいつは、少し前からリンドルで不穏な行動をとっていたんですぅ~」
「どういうこと?」
「少し前に、ハンター仲間から人間のふりをして活動している吸血鬼がリンドルにいると聞きましたぁ~。それ自体は別に問題ではないのですが、ちょっと気になる話を耳にしましてぇ~」
「気になること?」
「……こいつ、情報収集をしていたようなんですぅ~。しかも、アンジェリカ様やパールちゃんのことを~。その過程で、情報源の冒険者を数名手にかけていたようなので、放置はできないなぁ〜と」
その言葉に、ノアを除く全員の目が驚きに見開かれた。
「……どういうこと? なぜお嬢様やパールのことを吸血鬼が……?」
吸血鬼の頂点に君臨する真祖を、一介の吸血鬼がこそこそと嗅ぎまわるなど到底許されることではない。それに、普通はそんなこと考えるはずもない。
「それは分かりません~。まあ、こいつの拠点は調べがついているんで、そこを調べれば分かるかもしれませんけどぉ~」
「……そう。ちなみに、ルアージュはどうやってこいつに近づいたの?」
「こいつがよく行くお店で、こちらから声をかけてぇ~。逆ナン? っていうんでしょうかぁ~? 多分私がハンターなのも調べられていたと思うんですが、吸血鬼のニオイを完全に消していたんでぇ、バレていないと思ったみたいですねぇ~。こいつも、私から情報を引き出すつもりだったのかもしれません~」
「なるほど……このタイミングで手にかけた理由は?」
「さっき、口づけするフリして私の首筋に噛みつこうとしていましたからぁ~」
そうだったのか! と驚愕する一同。ドキドキ、怒気怒気しながら見ていたので、誰一人気づかなかったようだ。おっとりとした熟練吸血鬼ハンターの凄みを見せつけられ、呆気にとられるウィズやアリアたちであった。