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第百七十八話 竜人族

さあ、どうするべきか――


アンジェリカの兄、ヘルガ・ブラド・クインシーはベッドと椅子に腰かける二人の兄へちらりと視線を向けた。三兄弟が集まっているのは、彼らが愛してやまない妹、アンジェリカがもともと使っていた部屋である。


アンジェリカが城を出て一族と距離を置いてからも、兄たちは事あるごとに彼女の元自室へ足を運んでいた。彼女がいつ戻ってきてもいいように、メイドへ掃除を命じたり家具を入れ替えたりと、三兄弟全員が極度のシスコンぶりを発揮している。


もっとも、アンジェリカ本人は戻るつもりなど毛頭ないのだが。


「それで、次の一手はどうする?」


ベッドに腰をおろして足を組んでいるキョウが、シーラからヘルガへと視線を巡らせる。まずは弟たちの考えを聞こうとするのは昔から変わらない。


「……もう、先日のような生半可な襲撃では意味をなさないだろうな。娘を襲撃されたアンジェは必ず何か手を打つはず」


「私もそう思います。もしかすると、アンジェ自ら護衛につく、といったことも考えられます」


二人の意見を聞いたキョウが深く頷く。


「アンジェが護衛についた場合、我々三名でも押さえるのは難しい。それに、弱者をいくら送り込んだところであの子の相手になるはずがない」


「では、どうします?」


「情報収集にあたらせている配下からの報告書があるが、見るか?」


キョウは懐から取りだした書類の束を、ベッドの上へポンと投げた。ベッドのそばへ近づいてきたシーラとヘルガが、興味深そうに書類を広げていく。


「ほう……これはなかなか……」


「短期間でよくぞここまで……」


シーラとヘルガが嘆息する。すき間がないほどびっしりと文字で埋め尽くされた文書。そこには、アンジェリカ邸とその周辺の様子や、屋敷で暮らす者たちの情報まで事細かに書き込まれていた。


「ふむ……屋敷にはアンジェとアリア、フェルナンデス、聖女パールだけでなく、冒険者のハーフエルフやダークエルフ、吸血鬼ハンターを生業とする人間の少女まで一緒に暮らしている……?」


「なかなか賑やかそうな屋敷ですね。それに、庭には神獣フェンリル。蝙蝠から報告は受けていたものの、改めて報告されると実感が湧きます。あと、人間でも吸血鬼でもないメイドが、常に門前に立っていると書かれていますね」


「門前のメイドはよく分からぬが、アンジェだけでも手に余るというのにアリアやフェルナンデス、ハーフエルフ、ダークエルフの小娘、フェンリルまでいるとなると事はうまく進まぬであろう」


同意するかのように、シーラとヘルガが頷く。


「それに、問題はアンジェに我々の企みを知られることだ。もし、アンジェが大切にしている存在を我々が襲撃し、亡き者にせんとしていることを知られたとしよう。そのとき、どうなると思う?」


「アンジェは……激怒するでしょうね」


「そんなもので済むはずがない。苛烈なあの子のことだ。知られた瞬間、我々は問答無用でアンジェの敵として認識される。ヘタをすると一族を相手に戦争さえ始めかねない」


ごくりと喉を鳴らすシーラとヘルガ。愛する妹がどのような性格なのか、それは兄である自分たちがもっともよく理解している。彼女に敵意や悪意を向け、敵と認識された者がどのような末路をたどってきたのかも。


「だから、我々が直接手を出すのはもう少し先だ。最終的にアンジェと敵対する可能性はあるが、できればそれは最終段階にしたい」


「では、どのように?」


「実は、竜人族(ドラゴニュート)に動いてもらおうと考えている」


眉根を寄せるシーラに苦々しげな表情を浮かべるヘルガ。竜の血を引く竜人族はやたらとプライドが高いため、シーラやヘルガはあまり好きではない。もっとも、真祖との力の差は十分わきまえているため、これまで敵対や争いに発展したことはないのだが。


「キョウ兄上、なぜそこで竜人族が出てくるのです?」


やや非難めいた口調で質問するヘルガに対し、キョウは苦笑いを浮かべた顔を向ける。


「いや、奴らから言い寄ってきたのだ。どうやら、ここ最近父上様や我々が派手に動いていたため、どこかの種族と大掛かりな戦争を始めようとしていると思ったらしい」


「はあ……?」


「規模の大きな戦争になったら奴らの領土もただでは済まない。それを危惧して陳情に訪れたのだ。『我々は真祖に味方するので何とか領土の保証を』といった感じだな」


「なるほど。何とも浅ましいトカゲどもですな」


フンと鼻を鳴らしたシーラが、手にもっていた書類をひらひらとベッドの上へ落とす。


「で、兄上。竜人族に動いてもらうとは?」


「…‥領土を保証する代わりに刺客働きをしてほしい、とな。奴らはあれでも屈強な種族だ。しかも数が多い。当代の族長は勇猛かつ血気盛んな者だから、先だっての下級吸血鬼を使った襲撃のようなことにはならないだろう」


「なるほど」


「もちろん、何があっても我々のことは他言するなと言い含めてある」


「ふむ……トカゲどもの手を借りるのは癪だが、ここはひとつお手並み拝見といくか」


三兄弟は個々の意思を確認するように顔を見合わせると、静かに小さく頷いた。



──アンジェリカから、アルディアスと一緒に通学するようきつく言い含められたパールは、渋々ながらも言われた通りにした。


何でも、すでにいろいろな大人とは話がついているらしい。てゆーか、何したんだよママ。まあ、何となく想像はつくけど。ほんとママの行動力って……。はぁ、と小さくため息を吐く。


『どうしたのじゃ? パール?』


背中の上で揺られるパールに、アルディアスが声をかける。


「んーん。何でもないよー」


『クックッ。おそらくアンジェリカのことであろう』


くつくつと笑うアルディアスの背上で、パールは再度ため息を大きく吐いた。


「まぁね〜……ほんっと、ママは心配性だなぁって」


『それだけパールのことを大切に思っているのじゃよ。多少は大目に見てやらんとのぅ』


「多少、ね……」


リンドル学園へと続く中央通りを、フェンリルの背に跨ったままゆっくり進んでゆく。バッカスたちが首都の住人へ急いで周知させたため、パールがアルディアスと街中へ現れても大きな騒ぎにはならなかった。


むしろ、フェンリルであるアルディアスや、その背に跨るパールに対し好意的な態度を示す者が大半だったのである。


まさに今も、道沿いからパールを見上げつつ羨望の眼差しを向ける者が何人もいる。手を振ってくる者もいるので、気づいたときはパールも振り返すようにしていた。


リンドルの住人たちは知っていた。以前、悪魔族が攻めてきたとき、フェンリルに跨った少女が文字通り体を張って街を守ったことを。


パールたちがアルディアスと協力しながら悪魔族を殲滅していた様子は、多くの住人に見られていた。だからこそ、今回のようなことがあってもあっさりと受け入れてもらえたのである。


ちなみに、学園でもアルディアスは大人気だ。神獣ということもあり、最初は緊張していた生徒たちだったが、最近では一礼してから尻尾を軽くモフモフする者があとを絶たない。


礼儀正しい子どもたちをアルディアスも好ましく感じているのか、特に嫌そうな表情を見せることもない。


「さてと、じゃあアルディアスちゃん。私は授業に行くね!」


『うむ。頑張るのじゃぞ』


「はーい!」


手を振り駆けてゆくパールを見送ったアルディアスは、校庭の一角に寝そべるとあくびをし、そのまま体を丸めて目を閉じた。



「パール! おっはー!」


背後から元気よく声をかけられ振り返るパール。


「メリー! おはよ!」


ブラウンの髪を三つ編みにまとめた少女が、パールの隣に並んで歩き出す。


彼女の名はメリー。クラスメイトの一人だ。これまであまり話したことはなかったが、アルディアスのモフモフの虜になってからというもの、急速にパールとも仲良くなった。


ちなみに、活発で元気が良く気も強いため、似た性格のジェリーとはときどきケンカになることも。なお、ジェリー曰く、以前はもっとおとなしい子だったのだとか。


「パール、宿題終わってる?」


「もちのろーん」


「うわ、さっすが……」


「メリー、もしかして……」


そそくさと目をそらすメリーにパールはジト目を向ける。


「うう……パール、見せておくれ〜」


わざとらしく嘘泣きを始めるクラスメイトに若干呆れつつ、「はいはい」と返事をする。そんなやりとりをしながら歩いていると、いつのまにかジェリーやオーラとも合流し、きゃいきゃいと姦しくしながら少女たちは教室へと入っていった。

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