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第百七十七話 ねちねち

「はい、それでは今日の授業はこれで終わりです。気をつけて帰ってくださいね」


リンドル学園の初等部特級クラス。担任の教師、ヴィニルの言葉にパールたち生徒が「はーい」と元気よく返事をする。


「ん~……! 終わった~……!」


大きく伸びをしたパールは、スクールバッグへ教科書を次々と詰めてゆく。と、そこへ――


「パールちゃん、お疲れ~」


声をかけてきたのはクラスメイトのジェリー。金髪ツインテールがトレードマークの元気はつらつガールだ。


「お疲れ、ジェリーちゃん」


「パールちゃん、今日は冒険者ギルドへ寄る予定?」


「うん、そのつもりだよ?」


「じゃあ一緒に行こ! ねえ、オーラも行くでしょ?」


パールの隣席に座るオーラが、帰り支度の手を止めてジェリーに目を向ける。ふんわりとした雰囲気の、どこか掴みどころがない美少女だが、これでもエルミア教の教皇、ソフィア・ラインハルトの姪っ子だ。


「はい、私もそのつもりだったのです」


「じゃあ決まり!」


そんなこんなで、すっかり学園中に認知された仲良し三人娘はきゃいきゃいとお喋りしながら教室を出てゆくのであった。




「あ、そうだ! パールちゃん、ラディック王国の王都へ遊びに行ったんでしょ? どうだった?」


ギルドへの道すがら、興味津々といった様子で目を輝かせながら質問してくるジェリー。オーラもラディック王国へは行ったことがないらしく、ジェリー同様興味がありそうである。


「楽しかったよー。て言っても、私たちが行ったのは王都の中心地から少し離れたところにある、ジャスナス湖って観光地だけどね」


「ジャスナス湖! めちゃくちゃ有名な観光地じゃない!」


想像以上の反応を示すジェリーに、パールのほうが思わず目をぱちくりとさせてしまう。え、あの湖ってそんなに有名だったの? まあ、たしかに人たくさんいたけど。


「ジャスナス湖は、ラディック王国でもっとも人気の観光地なのです。いろいろな国の人が足を運んでいるみたいなのです」


「へ~……そうなんだ。人気なのは分かるな~……湖はめちゃくちゃキレイだったし、景色もよかったし」


「いいな、いいなー! 私もそのうち行ってみたいかも、ジャスナス湖。もう少し大きくなったら、三人で行ってみない?」


賛成なのです、と返事をするオーラとは対照的にパールの表情はやや暗い。この三人だけで行くとすると、必然的に馬車を使うしかない。パールにとって、馬車は乗り物ではなくお尻を破壊するだけの拷問器具という認識だ。


「そ、そうだね……。もう少し大きくなったら、三人で行ってみたいね……馬車以外の交通手段で」


最後の「馬車以外の~」は聞こえないほど小声で口にしたパール。あ、そうか。ジェリーちゃんやオーラちゃんも、私みたいに飛翔魔法覚えればいいんじゃないの? うん、そうだよ! それなら馬車乗らなくていいじゃん!


実際のところ、飛翔魔法は超がつくほどの高等魔法である。本来、パールのような子どもが使いこなせるような魔法ではない。が、パールはすっかりそのつもりである。


ママたちにも協力してもらって、ジェリーちゃんたちにも飛翔魔法覚えてもらおーっと。と、お気楽なことを考えながらギルドへの道を歩んでいたのだが――



「――!? ジェリーちゃん、オーラちゃん! 私から離れないで!」


咄嗟に二人の腕を掴んでそばへ引き寄せたパールは、両手を天に掲げると素早く魔法盾(マジックシールド)を展開させた。同時に、空からいくつもの光の矢がパールたちのもとへ降り注ぐ。


「きゃああああああ!! い、いったい何なの!?」


「ま、魔法による攻撃なのです!」


市街地の真ん中でいきなり始まった戦闘に、人々は慌てふためきその場を離れてゆく。少し前に、悪魔族が侵攻してきたときのことを思い出したのかもしれない。


降り注いできた魔法を防いだパールが、素早く周囲へ視線を巡らせる。建物の陰や屋根の上から、自分たちへ敵意を向ける者の存在を確認した。フードを被った怪しい者が、パールたちを囲むように展開している。一人、二人、三人……四、五、六……? 私たちみたいな子ども相手に六人も? てゆーか、いったい何者?


八歳にしてすでに数多くの戦闘経験があるパールにとって、このような状況は特別慌てるようなことではない。ジェリーやオーラも最初こそ戸惑いがあったが、今は冷静に状況の把握に努めようとしていた。


「ねえ、パールちゃん。あいつらって、間違いなく私たちを狙ってるわよね……?」


「そうみたいだね。全然心当たりはないんだけど」


「うう……いったい何者なのです~? あ! また来ます!」


オーラが叫んだと同時に、再度魔法が放たれる。しかも、今度はさまざまな方角から強力な魔法が放たれた。


「『魔法盾・改』!」


詠唱と同時に、眩い光がパールたちをすっぽりと包み込む。あらゆる方向から撃ち込まれた魔法は、あっさりと堅牢な魔法盾に阻まれてしまった。


さすがに想定外だったのか、パールたちとの距離を詰めようと迫りくる襲撃者たち。が――


「あまり長引かせちゃうと街の被害が大きくなっちゃいそうだから。『展開(デプロイ)』」


魔法盾が消失するのと同時に、六つの魔法陣がパールたちを囲むように宙へ展開する。驚愕したのか、たたらを踏んで立ち止まる襲撃者。


「んーー『魔導砲(キャノン)』!!」


魔法陣から放たれたいくつもの閃光が、襲撃者たちへ襲いかかる。かろうじてかわした者もいたが、追尾型ゆえに逃げても意味はない。パールが放った魔導砲は、敵を捕らえるまでどこまでも追尾してゆく。


屋根から地上へ転げ落ちる者、地面の上でのたうち回る者。またたく間に、周囲には死屍累々の光景が広がった。


「ふー……。全員やっつけたかな?」


腰に両手をあてて、大きく息を吐くパール。うん、近くに魔力は……感じないよね。


「ふわぁ……知ってたけど、やっぱりパールちゃん凄いわ……」


「です、です……。やっぱり規格外なのです……」


久々に見るパールの強力な魔法に、あんぐりと口を開けて驚きを隠せないジェリーとオーラ。自分たちも、いつかこの頼れる友人くらい強くなりたい。そう心から思ったのであった。


「さて、と。とりあえず全員縛ってから、冒険者ギルドへ報告に行こうか」


フード付きのローブという怪しさしかない装いで地面に転がる襲撃者のもとへ、パールたちがそろそろと歩みを寄せる。ぴくりとも動かないことを確認したパールが、フードに手をかけようとしたそのとき――


「――!? え!?」


何と、パールたちの目の前で、襲撃者たちの姿が消えたのである。一瞬、光が体を包んだかと思うと、あっという間に消えてしまった。あとに残されたのは、襲撃者たちが着用していたフード付きのローブ。


「ど、どういうこと……?」


「み、みんな消えちゃったのです……」


ジェリーとオーラも驚きを隠せないようだ。いったい、何だったんだろう。自分たちを狙ったのは間違いないと思うんだけど、消えるってどういうこと?


目の前で起きたことがいま一つ信じられないパール。しばらく唸っていたが、答えはきっと出ないだろうとの結論にいたり、とりあえずは冒険者ギルドへ報告に行くことにした。



――パールたちが戦闘を繰り広げていた場所から遥か上空。キョウ、シーラ、ヘルガの三兄弟は、一様に眉間へシワを寄せて地上を見下ろしていた。


「……まさか、アンジェの独自魔法である魔導砲(キャノン)をあそこまで使いこなすとは」


「アンジェが指導したのだろうが、それにしても、あの年齢であの強さは異常だ」


「もはや、あの少女が『天命の聖女』であることを疑う余地はない。一刻も早く手を打たねば……」


ローブを回収して、何事もなかったかのように道を歩いてゆく金髪の少女に厳しい視線を向ける三兄弟。


「……念のために『自動消滅(オートバニッシュ)』をかけておいて正解だったな」


キョウの言葉に、シーラとヘルガが静かに頷く。襲撃者の正体は、キョウたちが用意した下級吸血鬼だ。捕獲されてしまうと、勘の鋭いアンジェリカに気づかれるおそれがある。


そこで、三兄弟は事前に下級吸血鬼たちへ自動消滅の魔法をかけた。行動不能に陥ったとき、魔法が発動するよう設定したうえで。


「アンジェの警戒心は高まるであろうが、我々の関与には気づくまい。あの娘の力もだいたいは把握できた。準備をして出直すぞ」


転移魔法を発動させて姿を消したキョウを追いかけるように、シーラとヘルガもその場から姿を消した。



――夜。アンジェリカ邸。


「はあああああああああっ!? リンドルの街で襲撃された!? しかも子どもたちだけのときに!?」


屋敷の中に、アンジェリカの叫び声が響きわたる。その声色には、明らかな怒気が込められていた。


「う、うん。でも、大丈夫だったよ? そんなに強くなかったし」


リビングのソファに腰かけ向き合う母娘。アンジェリカが明らかに怒っていることを察知し、パールは内心ドキドキしていた。


「……リンドルの治安はいったいどうなってるのよ。小さな女の子たちが、街なかでいきなり襲撃されるなんてありえないわ……!」


ローテーブルに両手をついて、身を乗り出しながら全身をワナワナと震わすアンジェリカ。華奢な体から凶悪な魔力と殺気がじわじわと漏れ出し、リビングの窓もカタカタと揺れ始める。


「お、落ち着いて、ママ。私はほら、この通り大丈夫だったんだし。ジェリーちゃんやオーラちゃんも――」


「そういう問題じゃないわ」


あ、ヤバ。これは割と本気で怒ってるやつだ。こめかみにくっきりと浮き出た血管を目の当たりにし、戦々恐々とするパール。


一方、アンジェリカには気になることもあった。襲撃者の体が消えたという話である。まさか、自動消滅? でも、六名も同時に? 険しい顔つきのまま、しばし考えこむアンジェリカ。そして出した結論は──


「こうなったらもう、明日から学園への行き帰りは私がついていくわ。授業中も近くで見守る。それなら何が起きても安心よ」


とんでもない提案に、思わずぎょっとしてしまうパール。


「い、いやいや。ママ、落ち着いてよ。常にママがそばにいたら、私の友達とか学園の先生とかも緊張しちゃうよ」


「でも……」


「とにかく、私は大丈夫だから。私、ママの娘なんだよ? そんなに弱くないよ?」


ちょっぴり唇を尖らせ拗ねた素振りを見せるパールに、アンジェリカは思わず卒倒しそうになる。ヤバい。マジかわいい。娘しか勝たん。


「コホン……分かったわ。私がついていくのは諦める」


「分かってくれたなら……って、『私がついていくのは』ってどういうこと?」


「こういうこと」


ソファから立ちあがったアンジェリカは、リビングからテラスへ出ると、薄暗い庭へ目を向けた。


「アルディアス! いる?」


アンジェリカが声をかけると、暗がりのなかからのそりのそりと巨大なフェンリルがこちらへ向かって歩いてきた。


『妾を呼んだかえ、アンジェリカ』


「ええ。ちょっとあなたにお願いがあるの」


パールが街中で襲撃されたことをアルディアスへ説明するアンジェリカ。


「だからね。明日から、パールの登下校にあなたについてほしいのよ。体、もう少し小さくできるでしょ?」


『ふむ……それはまったく構わぬのだが。それにしても、パールを襲撃か……。何か心あたりはないのか?』


「パールを襲撃するような輩に心あたりがあるのなら、とっくの昔に私が殺しているわよ」


フンと鼻を鳴らすアンジェリカに、アルディアスが呆れたような目を向ける。


「まあ、そんなわけでお願いよ、アルディアス。今までは森の出入口までお供してくれていたみたいだけど、明日からは学園までよろしくね」


『うむ、承知し――』


「ちょおおおっっと待ったああ! ママ! 私抜きで勝手に話を進めないでよ!」


プンプン、といった感じのパールが、アンジェリカを見上げながら頬を膨らませる。が、このような様子はアンジェリカにとってただのご褒美でしかない。


「尊い……じゃなくて。パール、これはもう決定事項よ。私がついていっちゃダメなら、代わりにアルディアスにあなたの護衛をしてもらうわ」


「ダ、ダメだよ、そんなの! 街の人もびっくりするだろうし、先生からも叱られちゃうよ!?」


「そんなこと、絶対にさせないわ」


そう口にすると、アンジェリカは唐突にその場から姿を消した。


「あっ! ママ!?」


あとに残されたパールは、アルディアスと顔を見合わせたあと、とてもとても長いため息をつくのであった。



――数分後。アンジェリカがやってきたのは、ランドールの最高意思決定機関で議長を務めるバッカスの屋敷。


自宅の書斎で仕事中だったバッカスを半ば無理やりソファへ座らせたアンジェリカは、娘が街中で何者かに襲撃されたことを説明した。


そのうえで、リンドルの治安はどうなっているのか、リンドルは日中に小さな女の子が安心して歩くこともできないのか、と静かな口調で責め立てたのである。


ねちねちとした抗議は約一時間にも及んだ。終始、凶悪な殺気と魔力を漏らしながらねちねちと抗議され続け、バッカスは精神と頭がどうにかなりそうだった。


半泣きになりながらひたすらアンジェリカに謝罪するバッカス。街の治安を強化すると約束したものの、それだけでは足りぬ、明日から娘にはフェンリルと一緒に登下校させるから、住人と学園へ根回ししておきなさい、ときつく言い含められてしまった。


こうして、一晩のうちに街中には「フェンリルに(またが)る少女を見ても慌てたり指をさしたりしないように」との立て札がいたるところに立てられることになる。


また、街の有力者や学園の上層部、教師にも連絡し、絶対の絶対に咎めるようなことがないように、と念押しするのであった。

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